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朝陽が昇る前のまだ外が暗い時間にいつものように目を覚ました。

明かりもない暗い大きな部屋。

ここで50人ほどの子供たちと寝起きしている。

ベットはなく大きな布団を数枚床に敷き詰め、全員で雑魚寝をしている。

薄汚れた服を着た私たちのここでの立場は、奴隷である。

広い屋敷に住んでいるのは大半が子供。

大人は執事長・メイド長・料理長・医師しかおらず、彼らは家族を人質に取られて無理やり働かされているらしい。

この屋敷のご主人様である辺境伯は奴隷業を生業にしている。

毎年どこからともなく子供が連れて来られては、数人が売られていく。

その中から自分の好みの子供は教育のためと数人、屋敷で囲っている。

お気に入りの子供たちのほとんどは15歳になるころには飽きられ売られる。

でも、私は今年で16歳になるがまだここにいる。

15歳以下の幼い子供が好みのご主人様は、今までも15歳を過ぎても傍に置いていた子もいたらしいが、外見が大人びてくると売られていった。

私は10歳の頃には成長を始め、今では見事に大人の女の体に成長した。

それでも傍に置き続けられている。

窓がなく光が入らないこの部屋の暗さに目が慣れてきたころ、私の背中を誰かがつつく感覚がした。

振り向くとそこにはいたのは、ディオとアルクだった。

二人はたぶん双子で、透き通るようなきれいな瞳は雲一つない澄み渡った空のように綺麗な水色で、紫がかったピンクの髪と顔がそっくりだ。

どこかの山賊が誘拐してきたこの子たちは、流れ流れて辿り着いてきたので、正確なことは分からない。

連れてこられたときは、生まれたばかりに見えたので、多分今年で12歳。


「おはよう」

「「おはようございます」」


息の合った二人の挨拶。

頭を撫でててあげると、嬉しそうに笑う。


「みんなを起こしてくれる?」


2人とも力強く頭を縦に振る。

息の合った二人の動作に自然と笑みが零れる。

2人はすぐ近くの子から体を揺すり起こし始める。

私は子供たちに注意しながら、扉に向かう。

扉を開けると、廊下の窓から差し込んでいた月明かりが部屋に入ってきた。

窓の外を見ると、境界線が少し明るい色になっていた。

再度部屋に目をやると、ほとんどの子供たちが起き始めていた。

起きた子から順番に目をこすりながら、部屋から出てくる。

私が歩き始めると、その後を順番に一列になってついてくる。

少し歩いたところで廊下の端に辿り着く。

外に続く扉を開けると、春の少し暖かい風が吹いていた。

扉のすぐ横に置かれた桶を持って、少し歩いた所にある井戸に向かう。

井戸から水をくみ上げて、桶に移していく。

桶に水が溜まると、扉の所に戻る。

扉の前で、私を見ながら待っている子供たちの前に桶を置く。

子供たちは順番に顔を洗うと、屋敷の奥に戻る。

身支度が終わった子から自分たちの持ち場に向かっていく。

全ての子供たちが顔を洗い終わる頃には日が昇り始めていた。

私は一番最後に顔と足を洗い、屋敷に戻る。

私は持ち場に向かう前に、さっきまで寝ていた部屋とはまた別の部屋に向かった。

ご主人様は辺境伯でありながら、王都近くに住んでいる伯爵位の方のお屋敷の3倍の広さのこの屋敷に住んでいる。

お客様から聞いた話では、この屋敷の広さは侯爵家以上の位を持つ家が一般的だとか。

しばらく歩いて目的の部屋に辿り着く。

部屋の扉の叩くと、少しして扉が開く。

緊張した顔で扉を開けてくれたのは黄赤の瞳と黒味が強い青紫の短く切りそろえた髪の12歳くらいの少女、アリが私の顔を見て安堵の表情を浮かべる。


「おはよう。入ってもいい?」

「うん」


返事と同時に私の手をつかみ部屋の中に引っ張る。

この部屋は私たちが寝ていた部屋より一回り大きい。

安物でも個々のベッドや大きめのクローゼットも置かれている。

ご主人様のお気に入りの子たちの部屋。

ベットは全部で8つあるが今は7人分しか使われていない。

一か月程前に一人が売られてまだ補充がされていない。


「昨日はチコだったの」


チコはアリと同じ黄赤の瞳を持つ12歳くらいの少年である。

髪の色は少し明るめの青紫である。

この部屋にいる子供たちの特徴は黄赤の瞳に色味の違う青紫の髪。

私も黄赤の瞳に青紫の髪。

私がまだここにいる理由の一つかもしれない。

ベッドの周りには心配そうにミーとイータが立っている。

私が近付くと二人は今にも泣きそうな瞳で見上げてくる。

ベッドではチコがお腹を抱えて苦しそうにもがいていた。

チコのベッドに近づく。


「アルファ姉、痛い」


私に気付くとチコは弱弱しい声で呟く。

ベッドに近づき、おでこを触る。

熱はなさそうだ。


「吐き気はある?」

「今はない」


少し見える首には赤黒いあざが見える。


「アリ、厨房に行って温かいお湯をもらってきて」

「うん!」


アリは急いで部屋を出ていく。


「他の皆は仕事に向かって。今日は客が来る日だから」

「でも……」

「私たちもここにいちゃダメ……?」

「ダーメ」


二人の言葉を否定する。

ミーとイータが私の服の裾を掴む。

しっかりと二人の目をまっすぐ見つめて、再度ダメだと伝えても二人は手を離さず、心配そうにチコを見つめる。

どう言い聞かせようか悩んでいると、


「ダメに決まってるでしょ」


さっきまで身支度をしていたライナが強い口調で二人を叱る。

そして、怒りが籠った瞳でミーとイータを睨む。

ライナと同じように身支度を整えていたシーマとタウも二人を睨むようにこちらを見ていた。

身支度を終え、キチンとした服を身に着けている三人は何も知らなければメイドや執事見習いに見える。

綺麗な服に、手入れされた肌と髪。

ご主人様のお気に入りは掛けている金や手間が違う。


「私たちが他の外れたちと違ってこうして可愛がってもらえるのは、ちゃんと仕事をするからよ。少しくらい体調の悪い子がいるからって休んでいい理由にはならないの」

「少しじゃないもん!苦しそうだもん!」

「そんな事関係ないわよ。みんな当番の次の日は苦しくても仕事をしてるの。チコだけ特別なんてダメに決まってる」

「ダメじゃないもん!苦しいのに仕事するのがおかしいいんだもん!!」


ミーとイータはこの屋敷に来て半年しか経っていない。

今までは家族で楽しく暮らしていたらしい。

けど、借金の返済が出来ず親に売られたか無理やりかは分からないがここに連れてこられた。

物心つく前からいた、ライナ・シーマ・タウは知らないこの屋敷の外の世界を知っている。

3人が小さい頃から叩き込まれた恐怖は、子供たちの反抗心や思考力を取り除くのには十分だった。

ただ決められた仕事をして、ご主人様の機嫌を取る。

それが楽しく・快適に過ごせる方法だと長い年月をかけて分かっている。

暮らしてきた状況が違うこの子たちは未だに相いれない状況が続いていた。

この部屋の子供たちの仕事はお客様の接客とご主人様のお世話。

機嫌が悪いと平気で暴力も振るうご主人様の機嫌を取るのが仕事である。

そして一番重要な仕事が夜の営みである。

世間からは非難されるような、気持ち悪い性癖を持つご主人様は機嫌が悪いほどかなり暴力的な扱いをする。

チコの様子を見るに昨日は相当機嫌が悪かったらしい。


「ライナの言う通りだよ。チコの事は大丈夫だから仕事に行きな。今日は大事なお客様が来るから機嫌を損ねると大変だよ」

「……でも……」


友人が苦しんでいれば傍にいたいと思うのは普通なのかもしれない。

なんと返すのが正しいのか言葉に困っていると、ドアが開く音がする。


「おはよぉ~~~。今日も元気かいぃ~~~~~?」


毒気を抜かれる様な気の抜けた声音の持ち主は客室にいるはずで、こんな所に現れて良い人物ではなかった。

そしてその人物は何故か私に微笑む。

毎度のことながら、理解できない人物。

いや、理解したくない人物だった。


「なぜここにいらっしゃるのですか?」

「誰も迎えてくれなかったからねぇ~~。勝手に散策しちゃったぁ〜〜」


細身の優男にしか見えないこの男は、自分の立場がどれだけ高いのか自覚していて、どう利用するのが正解かよく分かっている。

高級な白い布で作られた服で身を包んでいるこの男は一応貴族ではないらしい。

この帝国の歴史上重要な役割を果たし、今でも皇族を支える三大公爵家に並ぶ地位を持っているらしいこの男。

立場や権力の話はご主人さまも同意していたので間違いはないらしいけど、名前が会うたびに毎回変わる。

それを周りの大人は当たり前に受け入れるので、何も聞けないし本名を知らない。

知りたくもない。

本人曰く、

『精霊師の名前は神聖なんだぁ〜〜。真名を知られると危険だからねぇ〜〜』

と言って毎回ごまかされた。

その為、適当な名前を自分で決めて名乗るらしいが、名前を定期的に変え続けるこの男はかなりの変人らしい。

そもそも精霊師はかなり貴重な存在らしい。

が、この男の言葉をどこまで信用して良いのか分からない。

そもそも精霊師とはだが、皆一様に答えてくれないので良くは知らないが偉い人に分類されるらしい。

周りの大人はみな、精霊師や精霊の話を意図的に避けている。

以前に姉様たちに話を聞いているから、精霊の事は知っている。

でも、この屋敷では精霊の話は禁句になっているので子供たちは知らない。

精霊師の話も禁句の為、残念ながら教えてもらえなかった私も言葉しかしらない。


「そうですか」


そっけない言葉を返してもこの男は何を考えているか分からない笑顔で頷く。


「そもそも約束の時間はお昼なので早すぎます。誰もお迎えに伺えないのは仕方ないかと」

「別に怒ってないよぉ〜〜。初めてこの屋敷の中を自由に回れて楽しかったよぉ〜〜」

「どのような立場の方でも他人の屋敷を自由に歩き回るのは無礼にあたるのではありませんか」


責める様な私の言葉に面白そうに笑う。

ゆっくり近づいてきて、顔を覗き込む。


「君は狭い世界で生きているのにたまにとても博識だ」


いつものふざけた口調とは違う、ちゃんとした大人のような話し方。

何かを探ろうとしているのか、試されているのか分からないけれど、気持ち悪い。


「博識……ですか。私はただ思ったことを言ったまでです。本当に無礼にあたる行動なら今後謹んでください」

「は~~~~~い」


返事だけは立派だが、感情が籠ってないのは見え見えだ。

この男に興味を持たれたくないし、持ちたくもない。

できるなら今後一生関わりたくない。


「ライナ。悪いけど、お客様を客室に案内して。シーマはお茶をお出しして。タウはご主人様にお伝えして」


三人はそれぞれ返事をして、シータとタウは部屋を出て行った。

ライナも案内しようと、男に声を掛けるが、男は何故か私を見つめて動かない。

表情は笑顔なのに背中に悪寒は走る。


「まだ何か?」

「君は知れば知るほど別人だね」


それだけ言うと、手を振りながら部屋から出ていく。

あの男が寄り付かないように、塩をまいてやりたい。


「持ってきたよ」


男とすれ違うようにアリが戻ってきた。

両手でお盆を持ち、お湯の入ったポットとまだ少し煙が見えるカップを一つ乗せていた。


「ありがとう」


お盆を受け取るとベッドに腰かけポットの中身を確認する。

蓋を開けると、薬草の臭いがした。

蓋を閉じる。

アリ・ミー・イータの顔を見る。


「じゃあ、三人は仕事に向かって」

「でも……」

「チコは今日はこのまま休ませるから大丈夫。それより、もうすぐお客様が来るからお出迎えに行って」

「はい!」


三人は休ませるの単語を聞いて顔が明るくなる。

そして明るく返事をしてくれた。


「お客様が、さっきの男とは絶対に顔を合わせることがないように、気を付けてね」

「はーい」


再度元気に返事をして三人も部屋を出ていく。

それを確認してからカップに注ぐ。

それからチコの体を起こして、ゆっくり飲ませる。

起こしたことで服の隙間から見えた背中や胸は痣と傷だらけ。

薬草茶を飲む力も弱弱しい。

『もう長くは持たないだろう』

頭の中で言葉が浮かぶ。

この屋敷の子の多くは長くは生きない。

売られて死ぬか。ここで死ぬか。

どちらが幸せなのだろう。

いつもそんなことを考える。

飲ませ終わるとゆっくりとベッドに横たえる。


「本当に今日は寝てて良いの……?」

「大丈夫だよ。ゆっくり休みな」


頭を撫でてやる。

チコは瞼を閉じてゆっくり眠りに落ちていく。

眠りに落ちたことを確認して部屋を出る。

客室に向かって歩いているとエントランスにあの男が立っていた。

目が合うと、笑顔で手を振ってくる。

ワザと厭味ったらしく聞こえるようにため息をつき、近付く。


「なぜここにいらっしゃるのでしょうか」

「ここにいたらダメなのぉ~~?」

「ダメです。ご主人様にあなたが来られたことをお伝えしたので、客室にいてもらわなければ、後で使用人である私たちがお叱りを受けます」

「ロイデル辺境伯はそんな怖い人なのぉ~~?」

「お客様のおもてなしもできない使用人を叱るのは普通だと思いますが、他のお屋敷はお優しい方のみなのですね」

「本当にそれだけ?」


急に真面目な表情と声色で探るように問われる。

前からたまに探るような言動はあったが、今日に限っては直接的。

何か握り始めているのか、それとも確信を得たか。

どちらであろうと私がすることは変わらない。


「それ以外に何かあるのですか?」


何も言わずまっすぐ私の目を見つめる。

漆黒のように黒いその瞳は、なんでも飲み込んでくれそうな、不思議な魅力がある。

好青年のような顔立ちに、若葉のような黄緑の髪がこの男の魅力を引き出している。

以前いた姉様たちの中でも、この男に淡い感情を抱いていた者もいた。

黙っていれば全てをさらけ出して、助けを求めたくなる安心感さえ感じる。


「助けを求めることが出来るのは強い人間だよ」


この男は分かっているのだと理解した。

この屋敷の主人であるコントーバ辺境伯が営む奴隷業は、厳しい制約はあるが基本的には合法とされている。

違法とされていることの一部が、未成年の奴隷売買。

正確には15歳未満の子供を使用人以外の目的で働かせる為の売買の禁止。

ご主人様の気持ち悪い性癖のはけ口にしている子供たちへの行為は違法ではある。

が、ご主人様は法の抜け道を上手く使って楽しんでいる。

この男が何を掴もうと、この屋敷に協力者がいようとも、罰する事は難しいだろう。


「もし、私が誰かに助けをお求めるとしても、助けを求める相手は信頼できる相手です。素性も知れない、信頼関係のないに相手には求めません」

「私は信頼できない?」

「信頼できるような要素がどこにあるのですか?」

「厳しいなぁ……。君は逃げたいと思わないの?」

「私は私だけの事を考えて行動するなら、助けを求めていたでしょうね。逃げる方法も実行できたかもしれません。でも……」


出かかった言葉を急いで飲み込む。

この男に気を許した事はないのに、たまに全てをさらけ出しそうになる。

男はしばらく困ったように微笑んだ。

と思ったら、咳ばらいをする。

ワザとらしく大きく深呼吸をして


「じゃあ、部屋に戻るとするよぉ~~」

「案内いたしましょうか?」

「大丈夫だよぉ~~。迎えも来たしぃ~~」


男の視線の先にはライナがこちらに走ってくる姿が見える。

男は会った時と同じ、笑顔を浮かべて手を振りながら去っていった。

ライナが私に必死に頭を下げて、男を連れていく。

2人の背中が見えなくなってからもう一人の客人が待つ部屋に向かう。

部屋の扉の前でガタイの良いもう一人の客人である男が立っていた。

今日の客人は大人しく部屋で待つこともできない奴らばかりだ。


「そんなところで何をされているのですか?」

「さっき、ここに来る途中で面白い会話が聞こえてな。早くお前と話したくてなぁ」


不敵に笑いながら、私を見つめる。

近付くと、部屋の扉を開けてくれる。

中では子供たちが困った顔で立っていた。

私と目が合うと、ホッとした表情を浮かべる。

机の上にはまだ湯気が昇っている紅茶が一つ置かれていた。


「みんなありがとう。ここはもう大丈夫だよ」


三人は後ろの客人に軽くお辞儀をして部屋を出て行った。

男は三人が出て行ったのを確認して、ソファに座り紅茶を飲む。

男の反対のソファに座る。


「なぜ、あいつに何も言わなかった」


まるで尋問のような声色で男は尋ねる。

傭兵派遣ギルドを運営するこの男、ガルドは奴隷業の常連客である、共犯者。


「あれにも言いましたが、信頼のおけない者に私はかけたりしません」

「たまには博打でもしてみろよ。人生もっと楽しくなるぞ」

「賭け事は嫌いです。自分の人生を運や天に任せるなんで、正気の沙汰ではありません」

「ここらの賭博場全部に出禁くらう人間の発言ではないな」

「あれはイニス兄さんが無理やり連れだしていた時の話です。私自身は一度も賭け事はしてないです」

「イニス、あいつは賭けに関しちゃあ負けなしだったなぁ。当時はイカサマしてるんじゃないかって、オーナーどもは血眼になってたな」


ガルドは笑い声も漏らしながら、当時の事を語る。

いつもより上機嫌で楽しそうだ。

紅茶を一口飲み、改めて私をまっすぐ見つめる。


「皇族が動いた」


今日の本題だろう。

昨日急に、手紙を寄越した。

『至急、会いたい』とのみ書かれた手紙。


「昨日の明け方にバンコデール男爵の屋敷に、リーウィン第一皇子と近衛騎士が人目を気にするように入っていくのを確認した」

「理由は、ご主人様の事で間違いないでしょうか?」

「それだけじゃなさそうだ」


ガルドはいたずら小僧のように笑うと、ズボンのポケットからかなりしわくちゃな、古い新聞の切り抜きを取り出した。

新聞には、皇妃の死と生まれたばかりの双子の皇子の失踪に関して書かれていた。


「十中八九これだろうな。……勘繰ってはいたんだろ」

「なんのことか分かりません」

「あのガキどもを裏オークションにかけるなんていやぁ、話題性は抜群だろうな」

「そうですね。多くの方から色よいお話を頂いています」

「お前が未熟なガキを売ろうとするなんてするわけねぇのに、俺は一瞬本気にしたぜ」

「二人は未熟ではありませんよ。ディオは勉学の才がありますし、アルクは武術の才があります。そこら辺の貴族よりも今の二人の方が優れているでしょうね」

「まぁ、一旦そういうことにしとこうか」


ガルドは残っていた紅茶を一気に飲み干す。

乱暴にカップを置くと、出口に向かう。


「今日は買われて行かれませんか?」

「様子は見ていくが、今日は買わねぇよ。何人かには声を掛けさせてもらうがな」

「分かりました」

「上手くやれよ」


背中越しそれだけ言って、カルドは部屋から出て行った。

カルドが座っていた場所には小さな箱が置かれていた。

箱を開けると手紙と共にアクセサリーが二つ入っていた。


『プレゼントだ。分かるな?』


ポケットに箱を入れる。

ガルドが出て行って少ししてからミーとイータが部屋に入ってきた。

2人に部屋の清掃を頼んで、執務室に向かった。

ご主人様から与えられた、私専用の仕事部屋。

執務室に向かう途中でまた、あの精霊師とかいう男に出会う。

だんだんストーカーなのではと疑いたくなってきた。


「なんの用事でしょうか」

「用事が終わったから帰るよぉ〜〜。だから挨拶しようと思ってねぇ〜〜」

「わざわざありがとうございます。お気をつけてお帰りください」

「もっと優しく対応してほしいなぁ〜〜」

「お気をつけてお帰りください」

「冷たいぃ〜〜」


お辞儀をしてその場を離れる。

少し歩いて振り返ると、ライナに連れられてちゃんと出口に向かっていた。

一応安心して目的の場所に向かって歩く。

目的の部屋の扉を開けると、流れ込んだ風により書類の切れ端が数枚舞い上がり、熱い空気が全身を包む。

部屋を見渡すと、暖炉の前にナイルがいた。

ボサボサの茶色の髪で少し隠れた濃いオレンジの瞳と目が合う。

物心つく前に連れてこられて最近仕事を始めたいわば新入り。


「何をしているの?」


許可を出した覚えもない中、ナイルがいたことで少し警戒する。

怯えた様子も、焦っている様子もないから警戒する必要はなさそうだけれど……。

 

「そとで、おそうじしてたら、ガルドおじさんから、アルファおねえちゃんの、おへやのおそうじをしてほしいっておねがいされたから……」

「そうなんだ。ありがとう。手伝ってくれて助かるよ」


ナイルは嬉しそうに笑いながら、紙を破いては暖炉に投げ込んだ。

ナイルに近付いて、暖炉の前で並んで座った。

横に並んだ私に緊張するでもなく、お礼を言われたことですごく嬉しそうに作業を進めている。

一応最後に確認する。


「ガルドおじさんとナイルはどんなお話をしたの?」

「ええとね……、すてるかみのばしょと、かみはやぶってから、ひのなかになげこめって。そこいがいのばしょをさわると、ごしゅじんさまにおこられるからさわったらだめだよって」

「そう。ちゃんと言われた通りにできた?」

「うん!!」


誇らしげに頷くナイル。

幼い子供らしいナイルの頭を優しく撫でる。


「火はナイルが自分で着けたの?」

「ガルドおじさんがつけてくれたよ。そのとき、おじさんが、ちらかったへやだなぁっていってた」

「そっか。火は危ないから、これからも自分より大きな子に付けてもらうんだよ」

「うん!!」


元気に返事をするナイルの頭を今度は思いっきり撫でてあげる。

嬉しそうに撫でられていたナイルは、私が手を離すと寂しそうな表情をした。

立ち上がり机に向かい、残った書類がないか確認する。

机の上の書類を確認している最中にナイルの伝言を思い出す。


「他にガルドおじさんと何か話した?」


ナイルが少し考えこむ。

少し考え込んでから、小さな声で「あっ」と呟く。


「何を話したの?」

「おじちゃんが、ねずみがいるようだからきをつけるように。っていってたよ」

「ねずみ?」

「おおきなねずみさんがいるんだって。きをつけないと、かまれるぞ!っていってたよ」

「そっか……。後で対処しとくね」


ナイルは大きく頷き、作業に戻る。

机をくまなく調べると、机の中の物が少しずつ動いているようだった。

誰かが何かを探して漁った跡。

皇族の協力者が入り込んでいるとは面白い。

この屋敷の大人を懐柔したか、まさかの子供を送り込んだか。

どちらにしても、私たちに探られているのがバレる程度の相手。

問題ない。


「おわった!!!」

「お疲れ様。もうすぐご飯の時間だから食堂に向かおうか」

「うん!!!」


ナイルが立ち上がり、扉に向かった。

ナイルが扉に触れる直前に扉が開く。

ご主人様である、ロイデル辺境伯が立っていた。


「この部屋に商品を入れているのか」


濃い青茶の瞳がナイルを睨む。

このまま殺しそうな程の雰囲気を纏わせたご主人様の視線に縮みあがるナイル。

ご主人様とナイルの間に体を滑り込ませ、ご主人様の視界からナイルを隠す。


「少し、簡単な作業をさせていました」

「簡単に商品をこの部屋に入れるとは、何を考えている」

「この子は最近、仕事を教え始めたばかりです。他の子たちと違い、文字の読み書きはできません」

「それが本当に文字が読めないと言い切れるのか?」


今日はいつにも増して機嫌が悪い。


「ガルド様がナイルに指示したそうですよ」

「……それを部屋から出せ」


部屋に入ってくるご主人様と入れ違うように、足早にナイルが部屋から出る。

ご主人様はまっすぐ歩いていき、椅子に腰かける。

人の椅子に勝手に座るなよ、気持ち悪いと思いながらも表情は変えない。


「あいつが今日来るとは聞いてないが」

「バンコデール男爵の屋敷に現在、第一皇子とその近衛騎士が滞在されているそうです。ガルド様のお話では、ご主人様を捕らえに来られたのではないかと」


険しい顔で爪を噛む。

難しい問題を考えるときの、ご主人様の癖である。

一旦、ナイルの件はお咎めなしで済みそうだ。


「…………書類は全部処分したのか?」

「先程すべての作業が完了しました」


ひとまず安心したようで、笑みが浮かぶ。

悪人顔のせいで少しが笑みが邪悪に見える。


「なら、第一皇子の件はこのまま上手く対処しろ」

「それは難しいかと」

「なぜだ」

「第一皇子自らがわざわざ足を運ばれているということは、あちらも何かしらの確信を得ていらっしゃっているのでしょう。連行され、裁判にかけられる事は免れないかと」

「どうにかできないのか」

「あちらがどれほどの証拠を持っているかによりますね」


舌打ちをする。

またを噛み始めたところを見ると、何とか罪から免れる方法を考えているのだろう。

何をしようとももう手遅れな気がするが。

ご主人様は気持ち悪い笑みを浮かべる。

何を考え着いたのか分からないが、良い考えでも思いついたのだろう。

椅子から立ち上がり、こちらに近付いてくる。


「本当に証拠はないんだろうな」

「問題ありません」

「お前だけは私を裏切らない。素晴らしい子だよ」


私の肩に右手を乗せる。

肩を気持ち悪い手の動きで触ったかと思うと、空いていた左手に髪を這わせて口づけをした。

背筋に悪寒が走るが、何とか表情を崩すことなく済んだ。

視線が合い、微笑まれたのでこちらも微笑んでおく。

そのままご機嫌に部屋を出ていく。

気持ちを落ち着けるために、何度か大きく深呼吸をする。

気持ちが落ち着いたところで、机に向かい、便箋を取り出す。

『すぐに状況が動く』

それだけ書いて、便箋に入れて切手を貼る。

切手を貼った瞬間に、封筒の下に一瞬魔方陣が浮かび上がり、封筒と共に消えた。

私たちが暮らしているこの屋敷はアライヒューズ帝国の西側に位置している。

アライヒューズ帝国はツーザイン大陸の南部に位置する大陸一の領土を誇る。

大陸に中央に領土を持つ、ファラント公国は郵便配達を国営事業として行っている。

切手を貼ると、ファラント公国の各事業所のどこかに送られて、封筒自体に何も書かれていなくても手紙が届けられる。

詳しい仕組みは知らないけれど、特殊な手法で生成されているらしい。

やることはやったので、食堂に向かう。

丁度、お腹の虫が鳴り始めた。

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