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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第六章 サファイア共和国と天才魔導士
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ネーレ=ヴォーダー

 私とソリッドは別室への移動を促された。先程の執務室と違い、大人数が入れる会議室である。


 しかし、室内に多くの人が居る訳ではない。先に居たのはセイレン大統領に、その娘のネーレの二人。


 そして、私とソリッドに、案内役の秘書さんの三人が追加。だだっ広い会議室の中には、たったの五人しか存在していなかった。


 秘書さんは私とソリッドに、壁際の上質な椅子を勧める。そして、私達が腰を下ろすのを確認すると、反対側の壁際へと小走りで向かった。


 秘書さんはセイレン大統領に二、三程の言葉を交わすと、私達に向かって良く通る声で伝えて来た。


「それでは、パッフェル様、ソリッド様と、ネーレお嬢様の顔合わせを、改めて開始致します。進行はセイレン大統領の秘書であるこの私、ライザ=ニュートラルが務めさせて頂きます」


 ペコリと頭を下げるライザさん。引き攣った顔でセイレン大統領が拍手するので、私とソリッドもそれに倣って拍手を送る。


 ライザさんは顔を上げるとニコリと笑う。そして、私達に向けて状況を説明してくれる。


「まずはお二方へ状況を説明させて頂きます。現状は大きく混乱されていると思いますので」


「ええ、そうね。説明して貰えると助かるわ」


 私とソリッドにとって、今の状況は本当に意味不明なのだ。今って顔合わせとかより、クラーケン対策を話し合うべき状況だと思うんだよね。


 それを差し置いてまで、娘の顔合わせが必要なのだろうか? 私にはセイレン大統領の考えが、まったく理解出来なかった。


「まず、ネーレお嬢様は我が侭です。一度言い出したら人の話を聞かないので、この顔合わせを優先せざるを得ませんでした」


「――ちょっ……?! 何を言っているの、ライザ!」


 ネーレが激高し、座っていた椅子から立ち上がる。当然とは思うけれど、ライザの物言いには不満があるみたいだ。


 しかし、ライザが冷たい視線でギロリと睨む。すると、ネーレは視線を逸らして、渋々と席へと腰を下ろした。


「そして、セイレン大統領は娘に激甘です。ネーレお嬢様からのお願いは、基本的に断れない性分なのです」


「いやぁ、お恥ずかしい……」


 パッと見はイケオジなセイレン大統領だが、バツが悪そうな表情で頭を搔いている。本人も自覚しており、娘には甘いという事なのだろう。


 それはさて置き、私はズバズバと物言うライザさんに興味を惹かれる。そして、改めて彼女の姿を再確認する。


 年齢は恐らく二十代後半。ショートカットのブロンドヘアーに、落ち着き有る青い瞳。


 グレーのスーツとパンツ姿で、一目で秘書と分かる美人さん。一見すると何の変哲も無い人物に思えるが、隣のソリッドが私の耳元で囁いた。


「パッフェルも気付いたか……。あれは訓練を受けた者の動き……。彼女は只の秘書ではないな……」


「……ふむ?」


 いや、全然気付いていませんが? 訓練された動きってどの辺りが?


 ただ、ソリッドが言うなら間違い無いはず。こと戦闘方面において、ソリッドが相手の力量を見誤る事なんて滅多に無いのだから。


 とりあえず、彼女は要注意人物と言うことだ。そう納得した所で、ライザさんが説明を再開させる。どうも、私とソリッドの密談を待ってくれていたらしい。


「そして、ネーレお嬢様が顔合わせを熱望されたのは、ざっくり言えば悔しいからです。本来ならばこの国の危機は、ヴォーダー家の実力だけで片付けたい。けれど、それが出来ずにセイレン大統領が頭を下げる状況が、ネーレお嬢様には我慢出来ないのです」


「だから、ライザっ……?! 何でそういう言い方をっ……!」


 再び立ち上がるネーレ。そして、再び睨まれて沈黙するネーレ。


 涙目で恨みがましく、私を睨まないで欲しい。私は関係無いし、二人の関係も良くわからないのだから。


 しかし、今の説明で何となく察しは付いた。私からしたら、完全にとばっちりだけどね……。


 それと言うのも、セイレンさんが大統領に選ばれたのは、こういう国難への対処の為である。にも拘らず、他国へ救援要請を出したでは立場が無いのだろう。


 無論、領域守護者なんて災害以外の何物でもない。対処出来なくても、国民も怒りはしないだろう。


 だけど、裏で陰口を叩く人はいるし、当の本人やその家族は、それを気にせずにはいられないって訳だ。


 それで私に八つ当たりは、どうかとも思うけどね。そして、それを止められないセイレン大統領に、ライザさんも思う所があるんだろうね……。


「まあ、普段であれば私からガツンと言って、大統領共々へこませるのですがね。今回に限っては……」


「いやいや、ガツンと言えちゃうの……?! 秘書ってそういう立場だっけ……?!」


 ズバズバ物言うってレベルじゃなくない? この秘書さん、大統領より立場が上なの?


 私のツッコミに、ライザさんは目をパチパチと瞬く。そして、くすりと笑って楽しそうに告げた。


「ああ、パッフェル様は私の事までは、調べておりませんでしたか。私は亡き奥様の魔術師としての弟子であり、それと同時にネーレお嬢様の魔術師の師匠でもあるのですよ」


「――亡き奥様って、まさか……」


 確か調べた情報の中には、セイレン大統領の妻についての記載もあった。セイレンさんが冒険者時代に、同じパーティーだった魔術師の女性についてだ。


 セイレンさんがリーダーで、亡き奥さんがサブリーダー。十年前に活躍したパーティーで、当時はこの国で唯一のAランク冒険者達。


 彼女の名前はマリリン=ヴォーダー。水属性を得意とする魔術師だった。そして、十年前にこの地で発生したスタンピートを鎮め、それと同時に亡くなった人物でもある。


「奥様が亡くなられた後は、私がセイレンさんの尻を叩き、海軍へと放り込みました。その後は国民人気が高まったので、大統領選挙にも強制参加させています。そうやって、師匠であるマリリン様に代わり、私がヴォーダー家を支え続けて来たのです」


 ライザさんは誇らしげに胸を張る。そして、ネーレに視線を向け、こう続けた。


「そして、マリリン様に代わって、私がネーレお嬢様を育てました。ですので、私がお二人にガツンと言うのは、割と日常的な事となっております」


「いやぁ、お恥ずかしい……」


 余程、ガツンと言われ続けたのだろう。セイレン大統領は、苦い表情を浮かべて項垂れていた。


 そして、ネーレも何も言えないらしく、黙って俯いている。ただ、チラチラと私に恨めしそうな視線は送り続けているけれど……。


 ひとまず、二人がライザさんに頭が上がらないのはわかった。私の直感は正しかったらしく、やはりこの人こそが最重要人物だったと言う訳である。


 私はその事実に満足する。するとライザさんは、しれっととんでもない事を告げて来た。


「それで続きとなりますが、今回は私も顔合わせが必要と判断しました。それと言うのも、ネーレお嬢様は『水の勇者』です。今回の対処において、何らかのお役に立つ必要が御座います」


「――ん? えぇっ……?!」


 それって、あれだよね? 水の勇者って、『水の精霊に愛されし者』って加護ギフト持ってる人。それで白神教に認定された人。


 確かにライザさんも、それは説明せざるを得ない。ネーレ抜きで問題解決すると、色々な方面で騒ぐ人が出てきかねない……。


 この地の白神教も黙っていないし、信徒である国民も黙っていない。何よりネーレ自身は、セイレン大統領以上に厳しい立場に立たされる事になる。


「マジかぁ……。それは、マジで厳しいなぁ……」


 領域守護者の対処なんて、只でさえ厳しい案件なのだ。その上で、ネーレにも役割を与え、活躍させる必要がある。


 そうしないと、円満な解決とならないのだ。パール王国とサファイア共和国の間に、余計な火種を残す結果となってしまう。


 そして、私は頭を抱えていると、不意にネーレと目が合う。私が困っている様子に気付き、奴はなんとニヤリと笑った。


「こいつ……。マジ、ぶっ飛ばす……」


 あんたの為に悩んでるってのに! 私が困って喜ぶって何なのよ!


 怒りが込み上げて来たが、そこで私は唐突にホールドされた。ソリッドが私を拘束し、口を塞いで顔を覗き込んでいた。


「だ、大丈夫か……? まだ、抑えられるか……?」


 いや、今のは正直危なかった。もう少しで屋敷諸共、彼等を吹き飛ばす所であった。


 しかし、ソリッドに抱きしめられ、私は冷静さを取り戻す。今は大丈夫になったので、ソリッドにはコクリと頷いて見せた。


 ホッと息を吐き、ソリッドは私の拘束を解く。私は姿勢を正して、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと天井を見上げた。


「マジで面倒なことになった……」


 長く、大きな息を吐きながら、私はガックリと項垂れるのであった……。

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