託された想い
お爺様はお父様とプルート伯父様、レフトとラフィーナを退室させた。私とマリーさんだけに、大切な話があるらしかった。
広い礼拝堂の中、私達は静かに向き合う。そして、唐突にお爺様が涙を流した。
「済まない、二人とも……。本当に済まなかった……」
「えっ……?! お、お爺様、どうなされたのですか?」
ボロボロと涙を流す、こんな弱々しい姿は初めて見た。恐らくは、神官や信者も含めて、こんな姿を目にして動揺しない者等いないはずです。
けれど、マリーさんは違った。そっとお爺様を胸に抱き、その頭を優しく撫で始めたのだ。
「辛かったよね、パパ? ずっと一人で耐え続けるのはさ」
「ぐすっ……済まない、マリー……こんな、情けない父で……子供と孫に、苦労を掛けさせて……」
お爺様はされるがまま、マリーさんを抱きしめられる。何かに耐える様に、ただただその身を震わせながら。
マリーさんはそんなお爺様に微笑みを向ける。そして、ゆっくりと首を振って、自らの想いを伝えた。
「情けなくなんかない。パパは世界を守り続けていたんだよ? 自分の人生の全てをかけて、心を殺して……。私はそんなパパの事を、世界で一番カッコ良いって思ってるんだから」
「う、あぁ……マリー……マリー……!」
お爺様は『強欲の厄災』について、殆ど一人で対策して来たのだろう。お父様が聞かされたのも、つい最近の事だと仰っていましたし。
そして、マリーさん自身は、お爺様からは何も聞かされていない。『天啓』の能力で、全てを知っているだけなのである。
だから、お爺様は何十年も一人で活動し続けた。誰にも知られる事無く、愚かな教皇を演じ続けざるを得たなかったのだ。
その苦痛からようやく解放される。そんな思いによって、目の前の光景が生まれたのであろうが……。
「……それで、話したい事は『光の精霊王』の件だよね?」
「――っ……?! 流石はマリーだな……。全てお見通しか……」
お爺様がマリーさんから身を離す。そして、涙を拭いながら、表情を引き締め直した。
いつもの威厳ある姿が蘇った。私がそう思った所で、お爺様が難しそうに顔を歪めた。
「私の加護である『光の代行者』は『光の精霊王』から言葉を頂く事が出来るものだ。しかし、最近はその言葉が余り届かなくなった。そして、つい先日に届いた言葉が『結界がもうすぐ破られる』というものだった。恐らくだが、『強欲の厄災』が解き放たれる時が近いのだろう……」
「そ、その様な状況に……?」
お爺様の加護を始めて知った。だが今は、それ以上の危機的状況に、私は血の気が引く思いだった。
しかし、マリーさんは落ち着いた様子で、お爺様に対して予想を口にした。
「多分、『強欲の厄災』は少しずつ力を蓄えてたんでしょうね。そんでもって、もうすぐその力が『光の精霊王』を上回ってしまう。結果として『強欲の厄災』を抑えていた結界も破られてしまう、って感じかな?」
マリーさんの説明に、お爺様が僅かにたじろぐ。けれど、マリーさんの態度を見て、希望を見出した表情へと変わった。
「そこまで知っていると言う事は、対処が可能なのだな? つまり、我が孫達の力で『強欲の厄災』を打ち払えるのだな!」
「え? 出来ないけど?」
え? 出来ないの?
いやいや、そういう流れじゃなかったっけ? 『厄災』対策として、パッフェルが四大精霊王から力を貰ったって言ってたし……。
私はポカンと口を開くが、見ればお爺様も同じ感じだった。そんな私達を見て、マリーさんはカラカラと笑う。
「や、だってパッフェルの力って、全てを薙ぎ払う大魔法な訳じゃん? 国母である『強欲の厄災』は王城を離れないでしょ? いくら倒す為とはいえ、王都ごと亡ぼすのは不味いでしょ!」
「で、では、『強欲の厄災』に対する手立ては無いのか……?」
お爺様は顔を引き攣らせ、縋るような瞳でマリーさんへと問う。取り戻したはずの威厳は、早くも失われてしまった。
そして、マリーさんは顎に手を添え、難しそうな表情でお爺様の問いに答えた。
「う~ん、色々と流れが変わったみたいでね~。想定とは違うけど、何となく問題は片付きそうなのよね~。そんでもって、その流れの中心に来るのが、ローラちゃんみたいなのよ」
「「――えっ……?」」
まさかのキラーパスっ?! 私の加護じゃ無理じゃなかったっけっ?!
『星の巫女』は未来において、神様に成る可能性を秘めた能力。しかし、現状は何の意味も成さないはずである。
この能力では『強欲の厄災』を倒す事は出来ない。そういう認識なのですが、お爺様が私をキラキラした目で見つめている……。
「もしや、加護の効果がわかるのか! 神の御業への到達とは、何を意味すると言うのだ!」
「さあ、知らんけど? それは『強欲の厄災』対策とは、関係無いみたいだしね~」
……何でこう、話が真っ直ぐ進まないかなぁ~。マリーさんと真面目な話をすると、無性に疲れるのは何故なのだろうか?
お爺様も疲れた表情でぐったりしている。期待値の乱高下が激し過ぎて、きっと精神的に酔ってしまったのだろう。
私とお爺様は何とも言えない表情で見つめ合う。すると、そんな私達を見て、マリーさんが楽しそうに笑い出した。
「あははっ! まあ、詳しくは知らないけど、なる様になるって事よ! ローラちゃんは自分が思ってるより、ずっと凄い子なんだしさ!」
……全然説明になっていないです。良くわからないけど、頑張れって事ですかね?
雑なパスな割に、責任が死ぬ程思い訳なのですが……。
私が泣きたい気持ちになっていると、お爺様が慌ててフォローを入れてくれた。
「く、苦労を掛けるな、ローラ。私の方でも出来る限り協力させて貰う」
「はい、わかりました……。出来る範囲で、頑張りたいと思います……」
お爺様の優しさが染みますねぇ~。本当はこんなに思いやりのある方だったとは……。
お爺様と私が見つめ合い、優しい空間が発生する。しかし、そんな空間はマリーさんが、さくっとぶち壊してしまう。
「まあ、『強欲の厄災』なんて序の口だしね! 後に控える『大厄災』を考えたら、全然大したこと無いって!」
「「…………」」
マリーさんの爆弾発言に、お爺様は口をあんぐりと開けてらっしゃる。既に聞かされている私ですら、その言い方は流石にと思うもんね……。
「あの、もしかすると……。そちらも、私が対処する感じで?」
「うん、そうだね。ローラちゃんも大きく関わるだろうね」
マリーさんはあっけらかんとした態度で答える。何を当然の事をと言わんばかりに、不思議そうな視線を返されてしまいました……。
私はやっぱりか~と、ガックリと肩を落とす。しかし、マリーさんは私の肩をポンと叩き、ニッと笑みを浮かべて見せた。
「まあ、そちらも心配ないと思うよ? だって、その為にあの子は呼ばれたんだもの!」
「呼ばれたって……?」
誰の事を言っているのだろうか? そして、誰に呼ばれたと言うのだろうか?
不思議に思って見つめ返すが、マリーさんは静かに微笑むだけ。ただ、悪戯っぽく笑うだけで、その答えまでは教えてくれなかった。