勇者選定基準
先程、私が皆に天啓の説明を行った。それは、パッフェル達のお母様である、マリー=アマン様からの指示であった。
そして、説明を終えた私に、マリー様が視線を向ける。ニヤニヤと笑みを浮かべ、楽しそうに話し始めた。
「とまあ、さっきのが白神教に伝わる一般常識。それで、ここから私が話すのが、白神教にも伝わっていない、隠された真実となりま~す」
「隠された、真実……?」
マリー様のお話に私は動揺する。白神教にも伝わらぬ真実。そんなものが存在すると言うのか……。
「五百年前に起きた王国崩壊の危機。これって、詳細な説明って残ってないでしょ? 実はこれって、『勇者選定基準』を作る為に、白神教が捏造しちゃったからなんだよね~」
「捏造……? それに、『勇者選定基準』とは……?」
白神教が何を捏造したと言うのだろうか? そして、初耳である『勇者選定基準』とは?
私は前のめりになり、マリー様のお話に耳を傾ける。興味無さそうなパッフェルの態度に、少なからずイラっとするものを感じながら。
「五百年前の事件は『呪いの厄災』が誕生したことで起きたのよ。これは世界に蓄積された、多くの人々の怨念が具現化したって言うのかな? 膨大な負の力を宿した人間が、パール王国に生まれてしまったのよね~」
「『呪いの厄災』ですか……?」
『厄災』と言えば、思い浮かぶのが一つ。何故かソリッドを狙う、竜人族の女性の姿。
彼女は圧倒的な力を持ち、勇者パーティー『ホープレイ』でも太刀打ち出来なかった。
Sランクと呼ばれる人類最高の戦力でも無意味。満足するまで耐え続け、彼女が帰るのを待つ事しか出来なかった存在である。
「『呪いの厄災』は人の力では傷付ける事が出来ない。その傍に居るだけで、人は誰もが呪いに感染する。どれだけの強さを持とうとも、世界への恨み、嫉みを宿す従者にされちゃうんだよね~」
「そんな、理不尽な存在が……」
傷付ける事が出来ない以上、倒す事が出来ない存在。しかも、近寄ると従者にされてしまう。
そんな存在が国を滅ぼそうとした。はっきり言って、どうしようもない状況だったであろう。
「そこで白の神ブロンシュ様が、天啓を使って伝えたわけ。世界を守護する火・水・土・風・光の精霊王の元に、選ばれた人間を連れ行く様にと。ちなみに、闇の精霊王はずっと魔王城に居るから、その時は距離があり過ぎて候補から外したみたいね~」
「え? 闇の精霊王が魔王城に?」
火・水・土・風・光の勇者なら心当たりがある。私が直接知るのはアレックスとガーネット王の二人だけど。
各精霊王を祀る神殿も知っている。ただ、闇の精霊王だけは神殿も無く、その所在も明らかにされていないはずなのだが……。
「精霊王の加護を得た精霊騎士は、『呪いの厄災』に対抗出来るわけ。呪いにも感染しないし、滅ぼす為の力も持っている。それと同時に、天啓を持つ巫女は、浄化の力も与えられていてね。その力のお陰もあって、教皇になる前は聖女様って呼ばれていたそうよ~」
「では、聖女という存在は、その時に初めて生まれたと?」
私の問いに、マリー様が頷く。どうやら、白神教で『聖女』が生まれたのは、五百年前の事件が起源みたいだ。
「と言う事は、魔王国に存在する『降り掛かる厄災』。これを滅ぼす為に、アレックスや他の四勇者が力を合わせる必要があるのですね?」
「え? 違うけど?」
え、えぇ~? 今の話って、そういう流れじゃ無かったの?
私が呆然としていると、マリー様がカラカラと笑う。そして、指を振りながら楽しそうに口を開く。
「だから言ったでしょ? 『勇者選定基準』は白神教が作ったって。事実を捏造して、白神教の権威を強める為にね」
「……それはまさか、『勇者』の選定自体が誤りであるとっ⁈」
これまで、長年に渡って『勇者』が世界を守って来た。そう世間の人々は認識している。
しかし、マリー様はアッサリと頷く。『勇者』の存在が誤りであると認めてしまった。
「世界を救った『勇者』は、千年前に降臨した黒の神の子供のこと。五百年前の厄災を滅ぼしたのは、精霊王が加護を与えた『精霊騎士』なんだよ。けれど、白神教が権威付けの為に、白の神は五人の勇者を降臨させたって嘘を付いたんだよね~」
「そんな、馬鹿な……」
それでは、これまで『勇者』を崇めていたのは? ありがたがっていたのは、何だったと言うのだ?
いや、それが呼び名の問題だけなら別に良い。問題は彼等が『厄災』と戦えるのかどうかだ。
「……改めてお聞きします。現在、『勇者』と呼ばれる者達の力で、『厄災』を滅ぼす事は出来るのでしょうか?」
「それは無理じゃない? だって、今の『勇者』君達って、精霊王からの加護を貰って無いし。彼等が貰った加護って、その配下である大精霊からの物だしね~。精々が『厄災』からの精神汚染を防げる程度かな~?」
その回答により、私の脳裏に最悪の未来が描かれる。今の私達では、あの『降り掛かる厄災』を滅ぼす事が出来ないのだと。
ただ、その言葉が正しい事も理解出来てしまう。相手はアレックスでは歯が立たなかった相手。
仮に同等の力を持つ他の四勇者が集まっても、彼女に太刀打ち出来るとは思えなかったからだ。
「――母さん。それでは、『厄災』への対抗手段は、他に存在するのか?」
「おっ、良い所に気が付いたね~!」
その問いに私は頭を跳ね上げる。そして、マリー様の肯定に心底安堵する。
見るとマリー様は、ソリッドの頭を嬉しそうに撫でまわしていた。恥ずかしそうに俯きながらも、されるがままのソリッド。
マリー様は頭を撫でながら、真剣な表情でこう告げた。
「まず、千年前のを大厄災、五百年前のを小厄災と呼ぶわね。厄災の危険度がまったく別物だから」
「ふむ、千年前の方が危険度が高いと言う事か……」
ソリッドの呟きに、マリー様が頷く。そして、手は止めずに説明を続ける。
「今回の厄災は過去最大なの。魔王国に大厄災が一つ。人族の領域に小厄災が三つ。合計で四つの厄災が誕生してしまったのよ」
「嘘……。そんな……」
五百年前の小厄災でも、この国が滅びかけた。そんな存在が三つもこの地に存在している。
幸いな事に、大厄災は魔王国と言っていた。そちらが『降り掛かる厄災』なのでしょう。
魔王国だから良いと言うつもりはないが、分散してくれていたのはせめてもの救いだろう。
「今回の厄災は規模が違う。だから、五百年前みたいに力を分散させては負ける恐れがある。そう考えた白の神ブロンシュ様は、力を一人の人間に集約させる事にしたのよ」
「かつての精霊騎士の力を、一人の人間に集約ですか……」
私はゴクリと喉を鳴らす。それならば、三つの小厄災も滅ぼす事が出来そうです。
それどころか、魔王国の大厄災にも対抗出来るかもしれない。そう期待する私に、マリー様が想定外の言葉を放った。
「火・水・土・風の精霊王。その全て加護が与えられた存在。それこそが――我が娘パッフェルなのです!」
私達の視線がパッフェルに集まる。他人事だったパッフェルは、ポカンと口を開けていた。
そして、狼狽えた様子でポツリと呟く。
「……え? どういうこと?」
それは私も同意見だ。『歩く天災』と呼ばれる彼女が、『厄災』への対抗手段ですって?
それはとても笑えない冗談としか、言いようが無いのですが……。
「ふふふ~。どう? 驚いた?」
胸を張ってドヤ顔で告げるマリー様。どうやら、冗談とかでは無いらしい。
そして、そろそろソリッドを撫でるのを止めてあげて欲しい。ソリッドがどう反応して良いか、とても困った顔をしているので……。




