天啓(オラクル)
何故だか私はフェイカー村へと向かう事になった。それも、ドラゴンの背中に乗ってである。
空の上はとても恐ろしいものだった。落ちたら即死の高所なのだから当然だろう。
しかも、飼いならされたとは言え、ドラゴンは高ランクの魔獣なのだ。その背に平然と乗る、ソリッドとパッフェルは頭のネジが飛んでいるに違いない。
私はいつもこうだ。周りに何も言えず、気付くとトラブルに巻き込まれる。
頭のおかしい人達に、いつも振り回されるのだ。どうして私は、こんな星の元に生まれてしまったのだろうか……。
「――ローラ! しっかりしろ、ローラ!」
「――はっ……⁈ え? ここはどこ……⁈」
ソリッドに肩を揺すられ、私はハッと気付く。知らぬ間に、見知らぬ民家の居間に座らされていた。
そして、目の前には見知らぬ女性が座っている。三十歳付近と思われる、ニコニコと笑みを浮かべる謎の女性が……。
「おぉー! やっと正気に戻った! 初めまして、ローラちゃん!」
「え? あ、その……。は、初めまして、ローラ=ホーネストです」
この人は誰だろう? 急にローラちゃん呼びされてしまったけど……。
こんな気安く名前を呼ばれたのは久しぶりだ。もしかすると、私が聖女だって知らないのだろうか?
私は状況がわからず困惑する。すると、目の前の女性は豪快に笑いながら話し掛けてくる。
「あはは、いやもうビックリだったよ! 知らない女性が運び込まれるし! その子は目が死んでて、ヤバそうな状態だし! これはもしや、犯罪かって身構えちゃったよ!」
「それは、その……。ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした……」
これは私が謝る場面なのだろうか? 自分の行動が正しいのか自信が持てない……。
ただ、女性は気にした様子も無く、楽しそうに笑っているだけだ。少なくとも、気分を害している様子は無さそうだけれど……。
「それじゃあ、改めて紹介するね。この人が私のお母さん。マリー=アマンだよ」
「何かうちの子がゴメンねー! 多分、すっごく迷惑掛けちゃってるでしょ~?」
紹介を受けて、初めて気付く。私の隣にはパッフェルが座っていた。それも、すっごいにやけ面で。
そして、パッフェルと逆側から息を吐く音がする。見るとソリッドが、安堵した様子で座っていた。
「本当によかった……。あのままだったら、どうしようかと不安だったのだ……」
「だから言ったでしょ? こんなのいつもの事だし、ローラは大丈夫ってさ?」
パッフェルの物言いにはイラっとする。確かにいつもの事だけど、私がこうなる理由の半分はパッフェルにあると言うのに……。
ただ、ソリッドに心配して貰えたのは少し嬉しかった。私の身を案じてくれる人なんて、何故だか余りいないからね……。
私はその事実を再認識し、内心で大きく肩を落とす。しかし、パッフェルのお母様は気にせず、私達に対して問い掛けてくる。
「それで、今日はどうしたの? その子は聖女様でしょ? もしや、誘拐?」
「待ってくれ。誘拐な訳が無いだろ? 母さんに質問があって訪問したのだ」
ソリッドの回答に、お母様は不思議そうに首を傾げた。どうやらまだ、訪問理由を伝えていないみたいだ。
そして、説明を待つお母様に対して、ソリッドが説明を続けた。
「白神教の事で困った事があってな。その件で、母さんに相談したい事がある」
「え? どうして、私に相談に来たの?」
お母様が目をパチパチと瞬く。不思議そうにしているが、私はその口元が微かに緩んでいる事に気付く。
「先日、村長から教えて貰ったのだ。母さんが教皇の娘であり、天啓の加護を持っているとな」
「あちゃ~、村長が話したか~! まあ、知られてしまったなら、仕方が無いわね~!」
あっけらかんとした様子に、こちらの方が戸惑ってしまう。そんな軽いノリで話せる加護では無いと思うのだけれど……。
ただ、ソリッドとパッフェルは気付いていないのだろう。天啓という加護が、どれ程までに特殊であるかを……。
「まあ、相談の方は後で聞くとして、まずは加護の説明かな~? ローラちゃん、天啓がどいうものか知ってる?」
「も、勿論です。白神教の神官で、その加護を知らぬ者はおりません」
当然の事として頷いたのだが、お母様がニヤニヤとこちらを見つめ続ける。どうやら、このまま説明を続けろという事らしい。
私は軽く咳ばらいをすると、姿勢を正してその要求に応じる。
「天啓とは、神の啓示を授かる事が出来る加護です。人類が神の救いを必要とする時、神が橋渡しを行う巫女を選定し、その加護を授けると言われています」
「ふ~ん。それって凄いの?」
その凄さがわからないらしい。パッフェルは不敬にも、興味なさげな態度で問い掛けて来た。
私はイラっとしながらも、ぐっとその怒りを堪える。そして、彼女にもわかる様に説明を続ける。
「天啓がこの世に顕現したのは過去に二度。一度目は千年程前と言われ、パール王国の前身となる国が滅んだ際となります」
「何だと……? 国が滅んだ際、だと……?」
衝撃を受けた様に、ソリッドが驚きの声を漏らす。とても良いリアクションに、私は少し嬉しくなる。
「過去に愚かな王の過ちにより、一つの国が滅んだのです。その国を建て直し、人々を導くために、白の神ブロンシュ様が、巫女へと天啓を授けました」
「その崩壊には、機械文明の遺産が関わってるらしいね~。文明を破壊する巨大アーティストが目覚めて、国とか街を破壊したんだってさ~」
お母様から補足が入る。私はその説明により、彼女がお爺様の娘であると確信出来た。
今の話は教皇の一族だけが知る秘密。一般的には知られていない真実なのだから……。
「天啓を得た巫女は、神の声を人々に伝えました。人が正しく生きる道を示し、その教えが聖典となったのです。そう、巫女の言葉は後の白神教となり、彼女こそが初代教皇となったのです」
「へぇ~、何か凄いね」
か、軽いっ! パッフェルの反応が、井戸端会議なみに軽いのですが!
どうしてこうも不敬なのでしょうか? 彼女がパッフェル=アマンでなければ、少し強めの説教をする所なのですが……。
「そ、そして二人目の巫女は、五百年程前に誕生しました。彼女も神の声に従い、国の崩壊を救いました。また、その巫女も教皇となり、その時代を正しく導いた人物でもあるのです」
「五百年前にも、国が滅びかけたのか……」
ソリッドは腕を組み、難しそうな雰囲気を醸し出している。何を考えているかは、私にはいまいち読めなかったけれど。
ただ、何かしら思う所はあったのだろう。相変わらず他人事のパッフェルよりは、反応してくれる分だけ遥かにマシだ。
「世界の危機に合わせ、天啓が巫女に与えられる。そして、その者はその時代の教皇となり、人類を正しき道へと導いてくれる。それが白神教で知られる、天啓という加護なのです」
私はキリッとした表情でパッフェルへと告げる。天啓が如何に特別な加護か、その意味が伝わる事を願って。
そして、パッフェルは大きく頷く。お母様に向かって視線を向けると、彼女はこう口を開いた。
「お母さん、昔から勘が良かったもんね。それも天啓の効果なのかな?」
「そうかもね~。何でか子供の時から、ピキンって閃いちゃうんだよね~」
あははっと軽く笑い合う母娘。二人の余りに軽い会話に、私はテーブルに崩れ落ちた。
しかし、虚無感に襲われる私の耳に、隣からぽそっと囁き声が届く。
「母さんに天啓が発現している……。つまり、世界の危機ということか……? それに、まさか母さんが教皇に……?」
戸惑った様子で考え込むソリッド。その姿を見て、私はホロリと涙が零れた。
どうして彼は、いつも私の欲しい言葉をくれるのだろう? そして、どうして彼は黒目黒髪なのだろうか?
彼の見た目に問題が無ければ。或いは私が白神教の神官で無ければ。私は彼に好意を示す事が出来たと言うのに。
ままならない自分の立場と運命に、私はただ嘆く事しか出来なかった……。