白神教対策会議
私の名はローラ=ホーネスト。巷では聖女等と敬われております。しかし、今の私はとある会議室で身を小さくしていたりします。
なお、場所はパッフェル商会のツヴァイタウン支店。参加者は私、パッフェル、ソリッドの三人です。
パッフェルに召集された私とソリッドは、パッフェルの発言を静かに待ちます。すると、パッフェルは鋭い視線をソリッドに向けました。
「まず、始める前にだけど。ソリッドに言っておく事があるの」
「俺に言っておく事? それは何だ?」
パッフェルはピリピリした空気を纏っている。何かしらの憤りを感じているらしい。
ただ、それがソリッドに向けられているのが謎です。私とソリッドは不思議に思い、パッフェルに注目します。
「今回、ミーティアが狙われた件だけど。自分のせいだと思ってるでしょ? それで、責任を取ってパール王国を離れるつもりでしょ?」
「――なっ……! そうなのですか、ソリッド……?!」
言われてみれば、確かにその通りだ。ソリッドならば、そういう考えを持ってもおかしくない。
私とパッフェルはソリッドを注視する。すると、彼は顔を伏せて、小さく頷いた。
「……ああ、その通りだ。俺が居なければ、ミーティアは狙われなかった。やはり俺は、この国に居るべきではないのだ」
「――ふざけないでよ! そんな無責任、私は絶対に認めないからね!」
パッフェルに怒鳴られ、ソリッドが目を丸くする。私も彼と同じく、驚きでパッフェルを見つめてしまった。
国を出る事を認めたくないならわかる。しかし、どうしてソリッドの行動が、無責任だという事になるのだろうか?
「国を出て、それで責任を取ったつもりなの? それで全部解決すると思っているの? ――違うでしょ! 貴方は残して行くミーティアに、何の責任も取ってないじゃない!」
「――っ……?! そ、それは……」
パッフェルの発言に、ソリッドはハッとなる。顔を上げると、彼女へと真っ直ぐ視線を向けた。
「前に弟子が出来たって、嬉しそうに話してたでしょ? 彼女はソリッドにとって、可愛い弟子なんだよね? だったら師匠として、ちゃんと彼女の進む道を、整えないと駄目じゃない!」
「……ああ、そうだな。パッフェルの言う通りだ」
パッフェルの言葉にソリッドが頷く。真っ直ぐ彼女を見つめる瞳は、迷い無いものへと変わっていた。
それを見たパッフェルが、ふっと口元を緩める。そして、満足そうな笑みを浮かべて、ソリッドへと釘を出しました。
「良い、ソリッド? 悪いのは貴方じゃない。差別を推奨する、白神教なんだからね? 貴方は逃げるんじゃなくて、戦わないと駄目なんだよ?」
「ああ、わかった。俺はもう逃げない。ミーティアの為にも、最後まで戦い抜こう」
ソリッドの言葉に、パッフェルが微笑んだ。そして、私は彼女の動きを見逃さなかった。
隣に座る私からは、テーブル下の彼女の拳が見えた。『やった!』と言わんばかりに、握りしめた拳である。
恐らくだが、ソリッドが弟子を取った時から計略を練っていたのだ。彼が国を離れられない様に、彼女はこの状況を作り上げたのだ。
「ふぅ……」
けれど、私はそれに気づかぬ振りをします。触らぬ神に祟りなしです。パッフェルを怒らせても、良い事なんて何もないですしね。
しかし、小さな問題を回避しようとも、また別の大きな問題が現れるものなのですよね……。
「それじゃあ本題だけど。白神教どうする? 潰しちゃう?」
「お止め下さい。社会に大きな影響が出てしまいますので……」
これである。やはりパッフェルは、こういう頃を平然と口にするのだ。
白神教は幹部こそアレですけど、社会に必要な組織です。市民の治療に孤児院運営、市民や国家の祭事も取り仕切っています。
急に無くなれば社会に混乱を齎します。そう簡単に、潰して良い組織ではないのですよ。
「そういう考えが甘えを生むんでしょ? 時には荒療治も必要じゃない?」
「……市井の皆が困らぬように、寛大な処置をご検討頂けないでしょうか?」
彼女の言い分も間違ってはいない。私自身も同じ事を、常日頃から思ってるくらいだし……。
けれど、思ってもやっちゃダメ! 無関係な人に迷惑かける何て論外です!
そう言いたいのだけれど、私自身も白神教の幹部クラス。この場では肩身が狭い立場な訳で……。
「……パッフェル、その辺りにしておけ。余りローラを苛めるな」
「別に苛めてる訳じゃないけど? まあでも、そろそろ建設的な話をしましょうか」
ソリッドの横槍で、パッフェルが肩を竦める。ただ、不満を私にぶつけるのは止めてくれるみたいだ。
私はほっと胸を撫で下ろす。ソリッドはいつも私を助けてくれる。彼が居るかどうかで、私の心の安定は大きく変わって来ますね。
「じゃあ、状況を整理しましょう。今の白神教の差別――上層部のやり方を変えさせる必要がある。そして、組織自体は必要だから、組織運営に影響を与えない範囲で対処が必要。ここまでは良いかしら?」
「ええ、問題ありません」
そう、問題は白神教の幹部クラスなのです。王侯貴族とも癒着しており、強い権力を持つのが厄介なのです。
それ故に、誰も何も言えない。言った所で握りつぶされるだけ。だから今の白神教は腐敗の一途を辿っている訳なのです。
「私の調査だと、教皇が絶対の権力を持ってるみたいね。他の幹部を失脚させても、余り組織への影響は無いと思う。ローラはその辺り、どう見てる?」
「ええ、間違っておりません。お爺様が健在な限り、今のやり方は変わらないでしょう」
基本、幹部達はお爺様の言いなりです。それ以外は私腹を肥やし、名声を得る事にしか興味がありません。
誰かが欠けても、同じような別人が補充されるだけ。組織は変わりなく回り続ける事でしょう。
「となると、教皇をどうにかするしかない。余りに権力が強すぎて、社会的に殺すのが難しいのよね……。かと言って、物理的に殺すのは不味いでしょうし……」
「はい、その通りです。暗殺等すれば凶悪犯罪者として、大陸中に悪名を轟かせる事になりますね」
私とパッフェルは揃ってソリッドを見る。彼は慌てた様子で、やる訳が無いと首を振る。
しかし、彼は必要と判断したらヤル人だ。そして、ヤレるだけの実力も持っている。
先程、パッフェルが釘を刺したし、大丈夫とは思うけどね。流石に弟子に迷惑掛ける真似はしないと思うのだけど……。
「となると、サクッと解決はまず無理ね。地道に白神教の力を削いで、徐々に流れを変えるしかない。凄く時間が掛かるけれど、長期戦の構えで行くしかないか……」
「はい、それが無難では無いでしょうか?」
今のパッフェルは大きな影響力を持っている。国民の意識を変えて行くのは難しくないだろう。
裏組織『死の番人』は潰したし、今の白神教に強硬手段は取れない。ならば、時間が解決するのを待つのが最善である。
それになりより、お爺様もそれなりに年だ。もう少しすれば代替わりもするだろう。
次期教皇には期待出来ないけれど、今よりは権力が弱まるだろうし……。
「――ちょっと、良いだろうか?」
「「ん……??」」
ソリッドが手を上げている。先程まで静かに聞いていたのに何だろうか?
「解決の手立てになるか不明だが、故郷に帰って母さんに相談するのはどうだろう?」
「母さんって……。いや、流石にこの件は、お母さんに相談しても仕方が無いでしょ?」
パッフェルが戸惑いの表情を見せる。そして、私も同じく戸惑いを感じている。
勇者と大魔導士の母とは言え、彼女はただの農夫の妻だ。教皇をどうにか出来るはずが無い。
しかし、ソリッドはゆっくりと首を振ると説明を続ける。
「先日、一緒に故郷に帰っただろう? そこで、村長から母さんの秘密を聞かされたのだ」
「師匠から……。それで、お母さんの秘密ってなに?」
パッフェルの顔色が変わる。確かフェイカー村の村長は、パッフェルにとって商売の師匠。それが理由なのか、真剣な表情でソリッドの言葉を待っていた。
そして、ソリッドはいつも通りの平坦な口調で、とんでもない発言を行った。
「母さんは、教皇の娘らしい。それも特別な加護――『天啓』を持っていると」
その衝撃の事実を聞かされ、私とパッフェルはポカンと口を開く事しか出来なかった。