規格外の救援者
黒ずくめの暗殺者集団。そのいずれも腕が立ち、私なんかでは相手にならない強さなのだろう。
しかし、彼等はただ怯え、逃げ惑うだけ。けれど、それすら許されず、次々に打ち取られて行く。
「こんな……。馬鹿、な……」
暗殺集団『死の番人』。そのリーダーであるエッジが崩れ落ちる。三十人を超える集団が、今では誰一人立ってはいなかった。
代わりに地に伏す集団の中、一人の暗殺者が静かに佇む。黒目黒髪に黒革スーツ姿。そのクールな男性は、私に向かって声を掛けた。
「間に合ったみたいだな。怪我は無いか、ミーティア?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます、師匠!」
声を掛けられ、私はたまらず師匠の元へ駆ける。すぐ傍までやって来た私に、師匠は驚いた様に目を見開いた。
ただ、私が無事とわかったからだろう。小さく頷くと、私の頭をそっと撫でた。
「無事で何よりだ。良く頑張ったな」
「い、いえ……。私は守られてただけで……」
実際、私は何もしていない。聖女様、ホルンさん、ハーゲンさん達に守られていただけだ。
そして、私は背後に視線を向ける。すると、ライトさん、レフィーナさんの姿が無く、ハーゲンさんだけがこちらに歩み寄っていた。
「流石だねぇ。S級は伊達じゃねぇって事か!」
「貴方は王都のギルドマスター? 何故、ここに?」
戸惑った様子を見せる師匠。ハーゲンさんが護衛に加わっている件は知らなかったらしい。
ハーゲンさんは師匠の肩をポンポンと軽く叩く。そして、ニッと笑うと嬉しそうに告げた。
「まあ、これも縁って奴かな? 関わった新人を、見捨てる訳にはいかねぇしよ?」
「……なるほど。俺の弟子が世話になった」
師匠はすっと右手を差し出す。ハーゲンさんは嬉しそうに笑みを浮かべ、その手をガッチリ握り締めた。
師匠として感謝の意を示し、ハーゲンさんもそれに答えたんだ。何と言うか、ベテラン同士のやり取りって感じで、ちょっとカッコ良いなと思ってしまった。
私は感動を覚えつつ、二人のやり取りを見守っていた。すると、馬車の方で誰かの動く気配があった。
「ここは、ツヴァイタウンですよね……。どうして、ソリッドがここに……?」
馬車から降りて来たのは、青い顔の聖女様であった。左右からライトさん、レフィーナさんに支えられ、何とかこちらに向かっている。
その姿に師匠は目を見開く。ゆっくり近づいて来る聖女様に、師匠は呆然としながら問い掛けた。
「そういうローラこそ、どうしてここに? 白神教での公務で忙しいはずでは?」
「パッフェルの指示よ……。ミーティアさんを、無事に貴方へ届けなさいって……」
聖女様の説明により、大体の事情を察したらしい。師匠は申し訳なさそうに、聖女様へと小さく頭を下げていた。
ただ、聖女様はそれには取り合わない。眉を寄せて、怪訝そうな表情で師匠へと再度問いかけた。
「私達は、一晩馬車を走らせ、無理してここまで来れた……。けれど、貴方は昨日までガーネット王国に居たはずでしょ? どんなに急いでも、ここまで来れるはずが無いわよね?」
そういえば、ホルンさんもそんな事を話していた。『死の番人』達も、師匠は間に合うはずが無いと考えていたみたいだし。
けれど、実際に師匠はここにいる。どんなカラクリだろうと首を傾げていると、師匠は平然とした口調でこう告げた。
「そんなことはない。丸一日、休まず走れば間に合った」
「え? 丸一日、休まず走れば? まさか自分の足で?」
それは、不眠不休で走るという事だろうか? それで間に合ってしまうものなのだろうか?
私の疑問は正しいみたいだ。聖女様は頭を抱えた後、師匠に対して詰め寄った。
「貴方、馬鹿なの? 丸一日走るとか、どんな体力お化けなのよ! そもそも、それが出来たとしても、貴方の足はスレイプニル以上の速さだって言うつもりっ!」
「そう言われてもな……。実際に出来た訳なのだが……」
スレイプニルって何だったかな? 凄く足の速い魔獣だったっけ?
けれど、師匠はそれよりも早いってこと? つまり、師匠はやっぱり凄いってことだね!
私は羨望の眼差しを師匠へ向ける。しかし、聖女様はハッとした様子で手を差し出した。
「……ねえ、ソリッド。ギルドカードを出して」
「ギルドカード? まあ、構いはしないが……」
聖女様はカードを受け取ると、自身は魔導デバイスを取り出す。そして、さっと翳して情報を読み取ったらしく、画面には師匠のステータスが表示される。
私はこっそり覗き込んで、聖女様と一緒にその表示情報を確認する。ちなみに、ハーゲンさんもこっそり覗き込んでいた。
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名前:ソリッド=アマン 種族:人間
年齢:20歳 所属:パール王国
職業:アサシン 職業Lv:80
体力:250 マナ:100
力:260 魔力:80
早さ:340 器用さ:320
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初めて会った時って、確かLv70じゃなかったっけ? あの時より更に強くなってるね。
師匠と出会って、まだ一月は経ってない。こんな短期間でも、レベルってこんなに上がるものなんだなぁ~。
流石は師匠と私は尊敬の念を強める。しかし、聖女様は私と違って、慌てた様子で師匠の腕を掴んだ。
「え、何これっ?! 何があれば、こんなことになるの!」
「……ふむ。少し前に、『降りかかる厄災』と戦ったからだろうか? いや、もしかすると、彼女の血を飲んだからか?」
何やら師匠も困惑している。師匠自身もこんなにレベルアップしてると思っていなかったらしい。
そして、『降りかかる厄災』とは何だろう? 血を飲むってのも、どんな状況だったのだろう?
困惑する二人の姿に、私も一緒に困惑する。これってやっぱり、普通では無いのだろうか?
私は判断できずにハーゲンさんに視線を移す。しかし、ハーゲンさんは何故か空を見上げていた。
「……ああ、悪いがちょっと良いか? アレ、何だと思う?」
「アレ、とは一体……?」
ハーゲンさんが空に向かって指を指す。すると、こちらに向かって飛来する、赤い影が確認出来た。
バサバサと翼を羽ばたかせている。ただ、鳥とはシルエットが違う様に見えるのだけれど……。
「……アレは、ドラゴンだな」
「「「ド、ドラゴン……?!」」」
私、聖女様、ハーゲンさんの三人は驚く。こんな所に、ドラゴン何て強大な魔獣が現れると思っていなかったからだ。
しかし、師匠は落ち着いた様子で空を見上げ続ける。そして、眉を寄せると小さく呟いた。
「騎士団の紋章を付けている……。もしや、あのドラゴンは……」
師匠の言葉を聞き、私達はホッと安堵の息を吐く。どうやらあれは野生のドラゴンでは無いらしい。
王国騎士団の中には竜騎士隊と言う部隊が居たはずだ。恐らくは、王家からの使者か何かなのだろう。
そう思って空を見上げていたのだが、何故だか急に城門が開く。そして、そこからワラワラと、多くのハーフリング族が姿を見せ始めた。
「……え、なんで? どういうこと?」
状況がまったく理解出来ない。師匠や聖女様も、今の状況に呆然としている。
ただ、何故だか慌てた様子で、ホルンさんが飛び出して行く。そして、着地するドラゴンを取り囲むと、ハーフリング族の皆さんは一斉に頭を下げた。
「「「――お疲れ様です! 会長!!!」」」
すると、その声に応じるように、ドラゴンの背から人影が飛び出す。軽やかに着地すると、取り囲む一団に対してニコリと微笑んだ。
「みんな、お出迎えありがとう!」
周囲に手を振り、羨望の眼差しを向けられる人物。それは栗毛色の髪の女性。白いローブの上に黒いケープを羽織った魔導士。
私の親友が信奉する人物――パッフェル=アマン、その人であった。




