罠
ハーフリング族のホルンさんは、私と比べても背が低い。私の半分程の背丈しかなく、パッと見は子供にしか見えない人だ。
けれど、暗殺者の集団に囲まれても怯む事がない。堂々とした姿で、相手のリーダーらしき人物と対峙していた。
「貴方が『死の番人』のリーダー。エッジ=スニーキーね~?」
「……どうして、その名を知っている?」
黒ずくめの暗殺者――エッジは、否定も肯定もしなかった。しかし、その名を口にしたホルンさんに対して、警戒を一段階引き上げたのを感じる。
ピリピリとした空気の中、ホルンさんは相変わらずの口調で、相手の問いに答える。
「貴方、賞金稼ぎギルドで賞金が掛かっているもの~。腕が立って狡猾だから、A級の賞金稼ぎにしか情報公開されてないけどね~」
それは暗に、ホルンさんがA級の賞金稼ぎと言っている様なものだ。そして、その情報にハッとした表情を浮かべるエッジ。彼は低い唸り声と共に、ホルンさんの正体を口にした。
「ハーフリング族の女性で、A級の賞金稼ぎ……。そうか、お前が『必中の魔弾』ホルン=ノヴァか……」
「ふふふ、ご名答よ~」
楽しそうな口調のホルンさんに対し、エッジはイラついた感情を滲ませる。そして、怒りを含む視線を向けながら、彼女に対して問い掛けた。
「貴様には部下が何人も殺られている。貴様は我々に何か恨みでもあるのか?」
「勿論よ~。両親を殺された復讐の為に、私は賞金稼ぎになったんだから~」
ホルンさんから、とんでもない過去が打ち明けられる。余りの急展開に、私は固唾を飲んで見守る事しか出来なかった。
「ならば、その決着をここでつける気か? まあ、貴様には不利な状況だろうがな」
エッジは周囲にチラッと視線を向ける。そこには彼の仲間である『死の番人』が、数十と言う数で取り囲んでいた。
確かにホルンさんが如何に凄腕でも、この人数を一度に相手は出来ないだろう。相手の態度に余裕が見えるのも仕方が無い状況と言える。
「ふふふ、そう焦らないで~? 私が話したいのは、もっと別の事なんだからさ~」
余裕のエッジに対して、ホルンさんもまた余裕の態度であった。人差し指をチッチッと揺らすと、にこやかな笑みで別の話を始める。
「裏組織である貴方達が、これだけの人数で待ち構えていたでしょ~? それって、私達の行動を読んでたってのもあるけど、それだけが理由とは思えないのよね~」
「…………」
ホルンさんの言葉に、エッジは反応を示さない。急に一切の感情すら見せなくなってしまった。
「ブートシティにも、それなりの数を投入してたでしょ~? その上でこの人数なんだもの~。『死の番人』の総力を持って、この任務に挑んでるって事よね~?」
やはり、エッジは何の反応を示さない。まるで一切の情報を、相手に与えてはならないと言わんばかりに。
「それだけの戦力が必要って判断したのよね~? それと同時に、この先に進まれるのが一番不味いって判断したって事なのよね~?」
それでいて、ホルンさんの言葉を遮る訳でも無い。彼女が何を言わんとしているか、その答えを知りたがっているかの様に……。
「それはつまり、貴方達はこう考えてるって事よね~? 私達がソリッド様と合流したら、その時点で貴方達の任務が失敗に終わるってさ~」
「……だとして、それが何だと言うのだ?」
ここでようやく相手が反応を示す。無表情を装っているが、その瞳の揺らぎから恐れの感情が感じられた。
そんな相手の反応に、ホルンさんは嬉しそうに笑う。嬉しくて仕方が無いと言った表情で、相手に対して話し続けた。
「快適さを捨てて無理をすれば、この街まで一日で着けるでしょ~? 更に無理をすれば、後二日でガーネット王国にも到着出来るわね~。まあ、お馬さんの交換は必要になるでしょうけど~」
確かに私達は、通常の二倍近い速度で駆けて来た。そのお陰で、このツヴァイタウンへと一夜で到着する事が出来たのだ。
同じだけの無茶をすれば、隣国のガーネット王国にも到着できるのかもしれない。ただし、搭乗員である聖女様の安否を問わなければだけど……。
「ただ、私達はガーネット王国に到着する必要がないのよね~。ソリッド様がこちらに向かっていれば、中間地点で合流出来るのですもの~。実質的には、もう半日少々を走れば、合流が可能と考えられるわよね~?」
ああ、そっか。師匠がこちらに向かって、駆け付けくれているんだ……。
そう思うと、私は無性に嬉しくなった。私がピンチの時には、はやり師匠は駆けつけてくれるのだと。
こんな状況にも関わらず、私の胸はドキドキと高鳴っていた。不安よりも期待で、私の心が高揚していたのだ。
「だからこそ、貴方達はここに戦力の大半を投入したのよね~? 何があってもこの街で、決着を付ける必要があるのだから~」
「……言いたい事はそれだけか?」
エッジは殺気を抑えるのを止めた。短剣を手に取り、それに倣って周囲の暗殺者達も戦闘態勢を取る。
しかし、そんな状況においても、ホルンさんの笑みは崩れない。頬に手を添えながら、くすくすと楽しそうに笑う。
「――けれど、それって甘い考えよね~?」
「何だと……?」
ホルンさんの笑みが嘲笑に変わる。明らかに見下した視線を向けられ、エッジは戸惑った様子を見せていた。
「私もおかしいと思ったのよね~。貴方達が街に居るのよ~? どうして仲間達が、私に裏手に回る指示を出したのかって~。だって、安全を期すのなら、補給より危機の回避を優先すべきでしょ~?」
「え……?」
ホルンさんの説明に、私はポカンと口を開く。私はそんな疑問をまったく感じていなかったから。
喉も乾いて、お腹も空いていた。補給無しで次の街へは、しんどいとしか考えていなかった。
けれど、言われてみれば確かにそうだ。途中には村だってある。もう数時間の我慢は、命を考えれば耐えられないものではなかった。
「この状況になって、私にもようやくわかったわ~。パッフェル様の本当の狙いが――『死の番人』の壊滅なんだってねぇ!」
――ヒュ……ヒュヒュン……。
ほんの微かな音がした。それが何なのか、すぐには誰もわからなかった。
しかし、ドサリ、ドサリと倒れる音が続く。黒づくめの集団が徐々に崩れ落ちる事で、皆がその存在に気付き始めた。
「馬鹿な……。そんな事が、あるはずがないっ……!!!」
誰の目にも映らない。けれど、この場に何者かが存在する。エッジはその存在を認めたくないとばかりに絶叫した。
けれど、彼の叫びに意味はない。例え目には見えなくとも、私がこの気配を忘れるはずが無いのだから。
「来てくれた……。やっぱり、来てくれたんですね! 師匠っ!!!」
私は馬車から飛び出した。けれど、それを危険だと咎める者は誰も居なかった。
そして、そんな私の耳元へと、けっして大きくはないけれど、はっきり聞こえる声が届く。
「……無事だな、ミーティア? すぐ終わらせるので、しばし待て」
「はい、わかりました!」
誰の目にも映らない、たった一人の殲滅戦。私はその光景に感動し、ただ静かに見守り続けた。