布教活動
現在、私達は街道を逸れた脇道で、休憩を取っている所だった。聖女様が限界を迎えた為、介抱するのに少々の足止めを余儀なくされた感じだ。
とはいえ、あれ以来の待ち伏せも無く、距離もそれなりに稼げている。ハーフリングである御者の女性――ホルンさんは、この程度は誤差の範囲で問題無いと笑っていた。
そして、聖女様は二人の護衛騎士に介抱されている。女性の方の騎士に膝枕して貰いながら、ぐったりと荷台で横たわっていた。
更に私の仲間達も似た様な状態だ。全員がグロッキー気味で、荷台で横たわっている。とはえい、場所が狭いので、とても窮屈そうな状況だけどね。
ちなみに、今の私は御者台の傍に集まり、ハーゲンさんと一緒に、ホルンさんの過去を聞かせて貰ってる感じだった。
「それで、パッフェル様が仰った訳なの~。『パッフェル商会が大きくなったら、皆の住む家を用意する。流浪の旅を終わらせてみせるから』って~。それで実際に、子供のいる夫婦を優先的に、住まいを兼ねたお店を用意して貰ってるんだよ~」
それはホルンさんが、パッフェル商会に務める理由だった。賞金稼ぎだった彼女は、仲間と共にパッフェルさんにスカウトされたそうなのだ。
ハーフリング族は国を持たない流浪の民。お金を溜めて家を買い、そこで余生を過ごすのが夢なのだそうだ。
パッフェル商会では夢の応援と共に、多くのハーフリング族を雇用している。ホルンさんはそれをとても嬉しそうに語っていた。
「なるほどねぇ。あの嬢ちゃんは、やるって言った事は必ずやるやつだからな」
それを何故だか、ハーゲンさんは胸を張って誇らしげに頷いている。どうして、我が事のように喜んでいるんだろうか?
この人も何だか謎が多い。パッフェルさんに使われていたり、やけに親し気に語ったりする。一体、どういった関係なのだろう?
「ふふふ、流石はフェイカーの教えを引き継いだお方だわ~。行商人をやっていて、フェイカーの名を知らぬ者はいないって言いますものね~」
「なに? フェイカーだと?」
ホルンさんの言葉に、ハーゲンさんは目を丸くする。フェイカーという名前が、何やら引っ掛かったらしい。
「それはあれか? 自称詐欺師のマックス=フェイカーの一族か?」
「そうそう、そのフェイカーよ~。パッフェル様の御師匠様は、その一族なんですって~」
自称詐欺師って何だろう? 自称って言うくらいだから、実際は詐欺師ではないのかな?
私が首を傾げていると、ハーゲンさんがそれに気付く。そして、私に対して説明を行ってくれる。
「大昔に居た伝説の商人がマックス=フェイカーって名でな。彼は兎に角口が達者だったらしい。そして、彼の口癖が『私に任せて貰えれば、石ころだって宝石として売ってみせよう』って言うものだそうだ」
「でもでも、本当に詐欺を働いた事は無いのよ~? まっとうに商売をして、沢山の慈善事業を成した大富豪だったんだから~」
どうやら、パッフェルさんは凄い人の弟子だったみたい。伝説の商人の一族って、何だか凄そうな肩書だよね。
でも、どうしてそんな人に弟子入りしたんだろう? パッフェルさん自身はアマン家の出みたいだし、どういった経緯で知り合ったんだろうか?
まあ、流石にその辺りは、本人に聞かないとわからないよね。次に会う機会があれば、その時に聞いてみようかな?
そう考えていた所で、ふと近づく気配に気付く。そちらに視線を向けると、聖女ローラ様の護衛騎士の一人が私の傍で片膝をついた。
「今更だが、念の為に伝えておく。この私ライトと、妹のレフィーナは聖女様に仕える神殿騎士。有事の際には聖女様の身を第一にさせて頂く」
「あ、はい! 当然の事だと思います!」
私は慌てて頷いた。聖女様はとても高い身分の方だし、私なんかより優先されて当然の御方だ。
ただ、ライトさんは何故か目を丸くしている。そして、困った表情で私に尋ねて来た。
「今の君は命を狙われている。それも白神教の都合によってな。それなのに、自分を優先して守れとは思わないのか?」
「思いませんよ! 聖女様に守って貰ってる状況が、私からしたら意味不明なんですから!」
私の返答に再び目を丸くするライトさん。ただ、口元を緩めて、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。
というか、この人って結構なイケメンだな。金髪碧眼で顔立ちが整っている。妹もそうだけど、美形な兄妹って感じだ。
ただ、私の好みでは無いんだけどね。私はこんな甘いマスクじゃなくて、寡黙で、強くて、クールなタイプが……。
「……もしかして、お前さんはアルフォート家の?」
「――っ……?!」
ハーゲンさんの問い掛けに、ライトさんが息を飲む。そして、急激に顔が強張ってしまう。
その様子を見て、ハーゲンさんが慌てる。ばつの悪そうな顔で、何やら言い訳を始めた。
「勘違いすんなって! 俺はアレを冤罪だってわかってる! 濡れ衣を着せられたんだろ? わかる奴には、ちゃんとわかってるからよ?」
「……そうだ。我がアルフォート家は、背信行為を行ってはいない」
ハーゲンさんの言葉を聞き、ライトさんの体が力が抜ける。ただ、怒りの感情を宿した瞳を、ハーゲンさんへと真っ直ぐ向けていた。
「私の一族は正しい事を正しいと言い続けた。それが教皇一派には疎ましかったのだ。だからこそ、罪をでっち上げられ、我がアルフォート家は取り潰される事となったのだ」
「まあ、今の白神教はそんな感じなんだろうなぁ……」
ハーゲンさんは苦笑を浮かべ、チラリと聖女様に視線を向ける。しかし、聖女様はぐったりしていて、こちらの話を聞いている感じは無かった。
「本来、神殿騎士は貴族相当の地位が認められる。名門であるアルフォート家であれば、高位の神殿騎士である聖騎士に就任するはずだった。しかし、家が取り潰しとなった事で、私とレフィーナは神殿騎士になる事すら叶わない状況だった……」
こぶしを握り締め、悔しそうに語るライトさん。その時の、辛い思いが蘇っているのだろう。
その言葉に対し、私達は静かに耳を傾けていた。しかし、ライトさんの顔がふっと笑みを浮かべる。
「そんな中で、聖女様は私達を拾い上げて下さった。勇者様と旅に出る直前に、私と妹を護衛騎士に指名して下さったのだ。それによって、私達兄妹は白神教の中で居場所を得る事が出来た」
「なるほどねぇ。それで神殿騎士を続けれたって訳か」
納得した様子で頷くハーゲンさん。ライトさんは理解されて嬉しかったのか、笑みを浮かべて更に続ける。
「それだけではない。聖女様は若き神官達にとっての希望でもある。平和ボケし、地位と名声にしか興味が無い老害共。そんな幹部どもに対して、唯一まともな意見を述べて頂けるお方なのだ。聖女様無くして、白神教に未来は無いとまで言われている」
「え、えぇ……?」
私は再び聖女様へと視線を向ける。ぐったりとしていて、とても神官達の希望と呼べる姿では無い。
私達三人が困惑気味に聞いていると、ニコニコと笑顔のライトさんが、胸元から何かを取り出し私達へと配りだした。
「聖女様こそが我々の希望。どうかそれを忘れないで欲しい。そして、これは布教用なので、遠慮なく受け取って欲しい」
渡されたのは一枚の紙だった。私はその紙に視線を落とす。
それは聖女様の写真であった。にこやかに微笑み、こちらに向かって手を振っている姿だ。
ハーゲンさんのは驚いた表情で振り向く姿。ホルンさんのは野の花を愛でている姿である。
私達は何とも言えない状況の中、饒舌なライトさんを見つめ続けた。
「ああ、他にも求める者がいれば教えて欲しい。私が聖女様の尊さを伝えると共に、この聖画を手渡そうと考えている。もしそれが遠方の方であれば、代わりの者を派遣しよう。聖女様を信仰する若手の神官は、それなりに数多く居るので心配は不要だ」
私は再び手元に視線を落とす。そこには笑顔で手を振る聖女様の姿があった。
白神教という組織は良くわからない。けれども、わかった事が一つだけある。
それは、白神教内に新しい派閥が生まれていると言う事である。
願わくばその組織が、人々にとって迷惑を掛けない活動を心掛けて欲しい所である……。