スキル習得
俺は森の中でグリーンキャタピラーと対峙していた。手には短剣を持ち、自然な足取りで距離を詰める。
すると、グリーンキャタピラーがピクリと反応する。俺の接近に警戒して、その頭をゆっくりと持ち上げた。
「……遅い」
――ヒュッ……。
グリーンキャタピラーが糸を吐くよりも早く、俺は相手の背後に回り込んだ。そして、右手の短剣を振るい、その後ろ首をそっと刃で撫でる。
それだけで、グリーンキャタピラーの首がするっとズレる。その頭部が地に転がり、体はゆっくりと地に伏せてしまう。
俺は短剣を腰の鞘に納め、視線を前方に向ける。そして、呆然と佇む二人の少女に声を掛けた。
「――と、今のが熟練の盗賊の戦い方だ。参考になったか?」
「お、お兄さん凄過ぎです……。何が何だか、全然でした!」
「早すぎて見えませんでしたね。教える気があるんですか?」
半ば予想はしていたが、お手本にはならなかったらしい。だがこれは仕方が無い。まずは手本を見せろと言う、二人の要望を飲んだ結果なのだから。
俺は二人に歩み寄りながら、先程の状況について解説を行う。
「グリーンキャタピラーは、距離を詰めるまで様子を見ていた。しかし、ある地点まで踏み込むと、その頭を上げて反応したな? あれが奴の糸が届く、間合いに入った合図だったのだ」
「間合いですか?」
ミーティアの問いに俺は頷いて肯定する。そして、その先について説明を続ける。
「相手の行動を読み、その裏をかくのが盗賊だ。『高速ステップ』のスキルで距離を詰め、攻撃の届かぬ背後へ回る。その後は『バックスタブ』のスキルで、相手の急所に一撃を叩き込む。これを基本的な型として覚えておくと良い」
「無理です! どちらのスキルも覚えてないです!」
ミーティアが清々しい笑顔で言い切った。確かに覚えてないなら無理だね。けれど、もう少し基本が出来ていない事を、気にして貰えないだろうか……。
俺は自らの思いをぐっと飲みこむ。そして、平静を装ってミーティアへと問いかけた。
「盗賊に就職した際に、ギルドで講義を受けなかったのか? 盗賊の基礎について学べ、初級までなら無料で講習も受けられるはずだが」
「こ、講義は眠くて、ほとんど覚えてないですね~」
なるほど、盗賊の基本講義でうたた寝していたのか。道理で盗賊の基礎を理解していない訳だ。
なお余談だが、多くのスキルはLv1~Lv5の五段階で評価される。初級であるLv1の講習と検定試験は、いずれのギルドも無料で行う場合が多く、多くの者達が就職してすぐに習得する。
そして、Lv2以上は講習や検定試験は、それなりのお金が必要となる。実戦で鍛えて、ある程度の金銭的余裕が出来た者達が、スキルアップとして挑戦する技能となっているのだ。
俺はチラリと背後のグリーンキャタピラーに視線を向ける。そして、こっそり溜息を吐きながら、二人に対して提案を行う。
「いくつかの基本スキルを、実戦形式で教えるとしよう。グリーンキャタピラーが相手なら、練習台としても申し分無いだろう」
「本当ですか、お兄さん! やったね、くーちゃん! これで今日の宿代も何とかなるね!」
宿代だと? もしかして、今日の宿代に困っている状況なのか?
それなら、冒険者ギルドの宿舎が借りれるはずだ。冒険者に登録して一年以内の新人は、無料で提供される寝床が用意されているのである。
恐らくはこの辺りも、登録時の講義で聞き洩らしたのだろう。また後で、この辺りの説明も必要そうだな……。
俺はやれやれと内心で肩をすくめる。すると、ずっと無言だったクーレッジが、怪訝そうな表情でスッと何かを差し出して来た。
「貴方も冒険者なんですよね? この後も一緒に行動するなら、身元を確認させて下さい」
「――む、それは……」
つるりとした素材で、光沢のある黒色の板。俺はこれに見覚えがある。これは最近王都で流行中の、魔導デバイスという物だ。
通信機能や情報処理機能を持たせた魔道具で、元々は研究者を中心に利用されていた。それがここ数年で手頃な値段で売り出され、一般市民にも手が出せる様になったらしい。
そして、魔導デバイスに視線を落とすと、画面上にこの様な文字が浮かび上がっていた。
『ギルドカードを重ねて下さい』
確か魔導デバイスには、ギルドカードを読み取る機能が付いていたはず。詳細な情報はギルドが制限を掛けているが、身分証明で多用される情報は、この画面に表示させる事が出来るのである。
ギルド経由では無い小さな依頼や、野外での臨時パーティー等で重宝される機能と聞く。余り気乗りはしないのだが、二人を安心させる為に、俺は渋々カードを取り出した。
俺の黒いカードを見て、クーレッジは眉を顰める。しかし、重ねたカードに反応し、魔導デバイスの画面が変化した。そして、画面には俺の個人情報が映し出された。
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名前:ソリッド=アマン 種族:人間
年齢:20歳 所属:パール王国
職業:アサシン 職業Lv:70
体力:220 マナ:90
力:230 魔力:70
早さ:300 器用さ:280
習得スキル(38):剣術Lv2 短剣術Lv2
投擲Lv2 弓術Lv1 棒術Lv1 武術Lv1
索敵Lv2 隠密Lv2 薬学Lv1 医術Lv1
調合Lv1 採取Lv1 採掘Lv1 解体Lv1
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「お、お兄さん、凄い……。レベル高いし、スキルも一杯……」
「おかしいから……。アサシン関係ないスキル多過ぎだし……」
呆然とするミーティアに、呆れた表情のクーレッジ。二人とも画面を凝視したまま、次の画面の情報も読み進めていた。
なお、職業レベルは最大でLv100まであり、どれ程の熟練度かを示す目安となっている。Lv30程で中堅、Lv50以上でベテランと呼ばれる。恐らく、俺と同等のレベルとなると、世界でも数人しか存在しないはずだ。
そして、体力から器用さまでの数値は、一般人の平均的な能力と比較して、どの程度の能力かを示す目安となっている。
例えば俺の『力:230』とは、一般人よりも+230%高い能力を意味する。あくまでも一例だが、一般男性が50Kgの荷物を持ち上げれるとしよう。俺の場合はその3.3倍。165Kgまで持ち上げれるという計算になる。
体格や技量等も絡むので正確では無いが、能力を大まかに把握出来る数値ではある。ギルドが依頼の受注を許可するかや、パーティー加入時の条件として数値が利用されたりするのだ。
なお、スキルレベルは検定試験に合格しないと上がらない。俺は魔王軍との戦いの中で、試験を受ける余裕が無かった。今なら能力的には、もっと上のレベルでも通用するはずだ。
そして、スキルの数が多いのには理由がある。ただし、ややこしい話なので、ここで語る内容ではないだろう。
「……さて、これで信用して貰えただろうか?」
俺は二人に対して問い掛ける。二人は魔導デバイスから顔を上げると、互いに顔を見合わせていた。
そして、キラキラした瞳のミーティアに対し、クーレッジの表情は険しい。二人はひそひそと相談を始めた。
「……お兄さん、凄い人みたいだよ? 絶対、来て貰った方が良いって!」
「でも、アサシンだよ? 根暗な感じで、何考えてるかわかんないし……」
小声で相談して貰って悪いのだが、普通に声が聞こえている。距離も近いし、俺自身の耳が良いのもある。
ミーティアは俺に好印象を持っているが、逆にクーレッジは悪印象が強いらしい。出会って間もないというのに、この差は一体何なのだろうか?
とはいえ、クーレッジが特別な訳でも無い。どこに行っても、俺に対する第一印象は、クーレッジと似たり寄ったりだ。
そう考えると、ミーティアが特別なのだろうな。やはり、彼女の持つ例の件が、こういう所にも影響しているのだろう……。
俺がぼんやりと考えている内に、二人の相談は終わったらしい。ニコニコと笑顔のミーティアが、俺に向かってガバッと頭を下げて来た。
「それではお兄さん――いえ、師匠! よろしくお願いします!」
「経過観察だから。変な気を起こしたら、ギルド駆け込むからね」
二人の結論は、俺から教わる方向で纏まったらしい。ただ、クーレッジからすると渋々みたいである。本当に嫌そうな顔で、俺の事を睨んでいた。
うーん、前言撤回だな。ここまで露骨に嫌われるのも珍しい。普通は距離を取られるもので、ここまで嫌悪感を示される事は余り無かった。
恐らくそれは、彼女の性格によるものなのだろう。そこはかとなく不安を感じながら、俺はふと先程の発言に気付く。
「……師匠って俺の事か?」
「はい、師匠が師匠です!」
気付くと弟子が出来ていた。想定外の展開に、俺はマジマジとミーティアを見つめてしまう。
ニコニコと笑顔の彼女は不思議そうに首を傾げる。その可愛らしい姿を見て、まあそれも悪くないかと、俺は内心であっさり心変わりした。
……ただ、気が付くとクーレッジは鬼の様な形相を浮かべていた。この子の扱いをどうすべきか、俺は内心で頭を抱えるのであった。