逃走中
地下通路を抜けた先は町はずれの倉庫だった。更にその倉庫を出ると、一台の馬車が待っており、私達はあっという間に街を抜け出した。
馬車はパッフェル商会の物らしく、御者は小柄なハーフリングの女性。このままツヴァイタウンへ向かい、パッフェルさんの手配した増援と合流するらしい。
パッカパッカと馬が駆け、かなりのスピードで馬車は進む。私達は荷台の上で激しく揺られる。そんな私達に向かって、御者さんから声が掛けられた。
「ごめんね~。明日の朝には到着させてって指示なの~。今夜は眠れないと思うけど、明日はゆっくり休めると思うから~」
「は、はい……! わかりました……!」
激しい揺れも物ともせず、にこやかな笑みで告げる女性。ただ、彼女の体は私の半分程の大きさしかない。見ているこちらは、いつポーンと投げ出されるか、気が気では無い状況である。
「が、頑張りましょう……。きっと、街にさえ着けば……」
「「聖女様、お気を確かに……!!!」」
皆を励まそうとする聖女様。しかし、当の本人が乗り物酔いで、顔を真っ青にしている。
二人の護衛騎士は回復魔法をかけているが、効果があるのかは不明だ。恐らくは、良くても気休め程度なのだろう。
そして、私達の仲間達も、渋い顔で荷台にしがみ付いている。聖女様程ではないけど、やはりこの揺れは堪えているみたいだった。
「団体さんは今も宿を探索中だろう。距離を稼げれば、追い付かれずに済むだろうな」
ギルドマスターのハーゲンさんは、涼しい顔でこちらにニヤリと笑いかけている。こういうのにも慣れているのか、揺れに対しても平然としていた。
ちなみに、私はというと柱に掴まって立った状態だ。膝を使って揺れを吸収し、少しでも酔わない様にと頑張っている。
だって、今の状況で追手や魔獣に襲われたら、大変な事態になりかねない。せめて狙われている本人である私くらいは、動ける状態であるべきだろう。
「それにしても、見事なバランス感覚だな。それは血の影響もあるのかね?」
「あはは、かもしれません。子供の頃から、木の上を跳ね回ってましたから」
私の血は半分が人間、半分が獣人である。その事を疎ましく思う人もいるけど、ハーゲンさんは気にしない側の人間らしい。気楽な口調で尋ねられたので、私も気楽に返す事が出来た。
そして、私は幼少期から木の上に登って、枝から枝に飛び移るのが好きだった。お母さんは楽しそうに見守っていたけど、お父さんは青い顔をしていたね。
普通の人間の子供は、こんな遊びをしないみたい。だから、この辺りのバランス感覚なんかは、獣人の血による部分が大きいんだろうなって思ってる。
それから、ハーゲンさんは何かを尋ね様としたが、ふっと表情を変えて口を閉ざす。急に馬車の揺れが止まった事で、何事かと御者の方へと視線を向けた。
「あ~、この反応は二名様かな~? 森の中に潜んでるね~」
御者の女性は手にした小さなベルを鳴らす。すると、それはリーン、リーンと二度の音を立てた。
「チッ、張られていたか……」
ハーゲンさんは武器に手を伸ばす。彼の獲物は二本のハンドアックス。それを掴んで立ち上がった所で、それに静止を掛ける声が届く。
「殺して良いんなら、こっちで片付けようか~?」
御者さんの発言に、私はギョッとする。慌てて視線を向けると、彼女の手には見慣れない武器が握られていた。
黒い金属製で、大きさは私の手のひら程。師匠から聞いた記憶の中にその武器があった。
あれは非常に珍しい『魔導銃』と言う名の武器。つまり、彼女は只の御者では無く、レア職業の銃使いなのだろう。
彼女の武器に興味を引かれたのか、ハーゲンさんが悩む仕草を見せる。ただ、その問いに答えたのは彼では無く、青い顔の聖女様であった。
「殺すのは、宜しくないですね……。二名程度なら、私が出るとしましょう……」
「「せ、聖女様、お手をどうぞ!」」
フラフラと立ち上がる聖女様を、二人の護衛騎士が支えている。ただ、止める様子は無く、彼女が馬車から降りる手助けをしていた。
聖女様が前に出ても良いのだろうか? そう思ってハーゲンさんを見るが、こちらも困惑顔で様子を伺っていた。
そうして、聖女は真夜中の森の街道に、杖をつきながら何とか声を出す。
「わ、私は聖女ローラです……。ここは私の顔に免じて、引いては頂けないでしょうか……?」
聖女様が懇願しだした。森の中に潜んでいるらしい、『死の番人』の刺客らしき人達に対して。
確かに聖女様らしい行動だし、相手も白神教の所属ではある。けれど、必殺らしい『死の番人』が、これで引いてくれたりするんだろうか?
そう疑問に思っていると、夜闇から影が飛び出し、聖女様へと向かって行った。
「あぁ、やっぱり……!」
その二つの黒い影は、月光に煌めく刃を握っていた。相手が聖女である事すら厭わず、必殺を遂行するつもりらしい。
それに対して聖女様は、胸の前で手を握る。逃げる素振りも無く、祈るようなポーズを取っていた。
――ギン! ギギン!!!
「「――っ……?!」」
刺客の刃が見えない壁に阻まれる。聖女様の直前で、それ以上進めなくなっているみたいだった。
「――光明!」
「「ぐあっ……?!」」
爆発する様な光が暗闇に満ちる。それを目の前で直視した刺客は、叫ぶと同時に地面に転がった。
「――捕縛!」
更に聖女様の追い打ち。光の帯が出現して、彼等の体をグルグル巻きにしてしまう。
刺客が身動き取れなくなったのを確認すると、護衛騎士はそそくさと彼等の元へと駆けて行った。
武器を奪う為だろうか? そう思って様子を見ていると、彼等は想定外の行動に出る。
――ポキ、パキ、ボキ……。
「「ぎゃあぁぁぁ……!!!」」
何と刺客の手足を折り出した。淡々と関節を逆に曲げ、関節を中心に骨を折り続けていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図に、私は呆然と立ち尽くす。すると、振り向いた聖女様が、背景に似合わぬ笑みでこう告げた。
「彼等は殺しのプロです……。自らが殺される覚悟も出来ているはず……。この程度の痛みは、何てことないのでしょう……」
そうかなぁ? 後ろでブンブン首を振って、助けを求める視線を送ってるけどなぁ……。
ただ、私は何も言えずに曖昧に微笑むだけ。何せ護衛騎士が、未だに全身の骨を折り続けている。ここまでするのかと、私はただ恐怖に震えるしかなかったのだ。
ただ、隣で見ていたハーゲンさんは、面白そうな表情で感想を漏らした。
「無詠唱の『物理防壁』に、意表を突いた『光明』からの『束縛』。聖女様は随分と戦いなれてるみてぇだな」
ハーゲンさんの声が聞こえたらしい。聖女様は嬉しそうに微笑んで答えた。
「戦いの手解きはソリッドから……。それと、暗殺者はロープで縛っても無駄だとも……。なので、殺さず大人しくさせるには、手足の骨を折るのが確実だと……」
確かに手足の骨を折れば、何も出来なくなると思う。ただ、あんなにバッキバキに、折り続ける必要は無いとも思うけど。
それと、胸を張っているのは良いけど、聖女様は顔を真っ青にしていらっしゃる。今にも吐きそうなのを、何とか耐えているという有様だった。
そんな聖女様の姿を見て、何とも締まらないなぁと、私は乾いた笑みを浮かべるのであった。