手違い
聖女様が落ち着きを取り戻し、ようやく話が再開される流れとなった。
聖女様はほんのりと頬を染めながら、毅然とした態度を示そうと頑張ってらっしゃる。
「それで、白神教の狙いはミーティアさんの身柄になります。上手く誘拐出来れば、ソリッドを脅す材料にするつもりなのです」
「師匠を脅す? 具体的には?」
私を返して欲しければってやつ? 師匠に何を要求するつもりなんだろう?
下手な脅しは師匠の兄妹の怒りを買うだけだし、有効な脅しなんて想像出来ないんだけど……。
「今回は無事に返してやる。ただし、次も同じとは思わない事だ。……みたいな?」
「え? あっさりと返しちゃうんだ……」
私を誘拐しておいて、具体的には何も要求しないらしい。ただ、やんわりと警告するだけだとか……。
白神教の人達、師匠達の事をビビり過ぎじゃない? 後が怖くて強気に出れないなら、誘拐なんかしなければ良いのに……。
私が何とも言えない複雑な気持ちでいると、聖女様はウンウンと頷きながら勢い良く喋りだす。
「ええ、お気持ちは良くわかります。怖いなら余計な事をするなって思いますよね? 誰がその後始末をするんだって話ですよ。ビビりなくせして、プライドだけは……」
「――ああ、すまん! 話が進まんから、愚痴はまた今度にしてくれねぇか?」
聖女様の御言葉に、我らがギルドマスターが静止を掛ける。後ろの護衛騎士二人にめっちゃ睨まれても、気にせず飄々とした態度である。
私達はその蛮勇に、思わず賞賛の眼差しを向けてしまう。それに気づいた聖女様は、恥ずかしそうに咳ばらいをして話を仕切り直した。
「とまあ、元々の理由は非常にくだらないものです。ソリッドとアレックスがガーネット王国へ遠征しているので、丁度良いやって軽い思い付きだったのでしょうね。――ただ、問題はこの後です」
「問題、ですか……?」
聖女様の顔つきが変わる。先程までの疲れた気配では無く、非常に緊張感漂う空気へと変わった。
その気配に気づき、私はゴクリと喉を鳴らす。そして、聖女様は声を潜めてこう告げた。
「ミーティアさんの身柄の確保。これを白神教の裏組織である『死の番人』へと依頼しました。彼等は殺しを専門とする暗殺集団。ターゲットを必ず殺す事で有名な部隊なのです」
「必ず、殺す……?」
あれ、おかしいな? 私は誘拐されても、そのまま返還される予定では?
でも、必殺の『死の番人』とやらに依頼したんだよね? 師匠へは死体となった私を返す気なのかな?
私は状況がわからず困惑する。すると、聖女様は盛大な溜息と共に理由を説明してくれた。
「幹部から指示を受けた者の手違いです。誤って『死の番人』へと指示が出てしまったのです。そして、幹部が気付いて慌てた時には、既に『死の番人』は動き出して、不在となっておりました」
「うわぁ……」
グダグダである。白神教の組織は、思った以上のグダり具合である。
最早、言葉も無い。私は顔を伏せる聖女様の、震える姿を静かに見守り続けた。
「しかも、ヤバイと思った幹部は、最悪の手段を選択しました。その手段が何だと思いますか? それは、こっそりと私に対して、情報を横流しするという手段だったのです……」
「あ、えっと……?」
顔を伏せているので表情は見えない。しかし、顔からポタポタと落ちる雫が見えた。
護衛騎士の二人は不憫そうな顔で、守るべき主を見守り続ける。ギルドマスターは手で顔を覆い、天を見上げていた。
「私は最悪の状況を想定し、急いでパッフェルに連絡しました。そして、その状況を聞いたパッフェルは、『ホープレイ』としての私へと指名依頼を出したのです。『ミーティア=ライトの安全が確保されるまで、その身柄を保護し続けよ』と……」
「パッフェル様の指名依頼ですかっ……?!」
クーちゃんがガタリと立ち上がる。そして、羨ましそうな視線を聖女様へと向けている。
けれど、そんな良いものでは無いと思うんだけどな。俯いて肩を震わせるその姿を見て、少なくとも私は代わりたいと思わないし……。
私が空気を読まないクーちゃんを眺めていると、不意にギルドマスターが手を上げた。
「ちなみに、今回は『パッフェル商会』の会長からの依頼って事になってる。んで、自分は護衛任務に不向きだから、代わりにフォロー宜しくと俺にも依頼が来た訳だ。……何というか、ギルマスを顎で使うのなんて、あいつくらいのもんだよな? そもそも、俺はもう冒険者を引退したってのによ?」
くっくっと笑いを噛み殺すギルドマスター。ただ、その表情を見るに嫌がってる様子はなく、何となくこの状況を楽しんでいる様にすら見えた。
そして、このギルドマスターはかつてBランクの上級冒険者だったらしい。Aランクも見えていたのに、彼が膝に矢を受け引退を余儀なくされたのだとか……。
そういう意味では彼もベテラン。護衛を行ってくれるのであれば、心強い増援という事になるのだろう。
というか、パッフェルさんが凄過ぎない? どうやったら、冒険者なのにギルドマスター働かせたり出来るんだろうか?
私が不思議に思ってギルドマスターを見つめていると、彼はニッと笑って自らの胸をドンと叩く。
「まあ、護衛任務なら過去に何度も経験がある。『死の番人』の炙り出しも別口が動いてるんで、それまでは俺達を信じて、任せてくれりゃ良いってことだ!」
「えっと……。ありがとうございます!」
狙われた理由は色々と理不尽だけど、守ってくれる事には感謝しないとね。この二人は決して悪くないのに、私の護衛を受けてくれた訳だし。
私は勢い良く下げた頭を上げる。すると、何故だか聖女様は、ポカンと口を開いていた。
「命を狙われているのに……。随分と落ち着いて、礼儀正しいのですね……」
「あはは……。それはそれ、これはこれと言う事でしょうか?」
私は苦笑を浮かべて曖昧に答える。私は両親や親しい人達から、良くも悪くも楽観的と言われる事が多いからだ。
命を狙われるのは確かに怖い。けれど、それを嘆いていても仕方が無いでしょ?
状況が良く無いとしても、良くしていく方法を考えないといけない。そういう意味では、心強い見た方がいる今の状況は、私にとって幸運だと思うんだよね。
そうな風に考えていると、聖女様がニコリと微笑んだ。そして、口を開こうとした所で、急に部屋の扉がノックされた。
「……ハーゲン、お客さんが団体で来てるぞ?」
「マジかよ。奴等も行動が早いじゃねぇか……」
扉の外から聞こえた声に、ギルドマスターが立ち上がる。どうやら、ギルドマスターの名前がハーゲンさんと言うらしい。
ギルドマスターは私達に視線を這わせる。そして、くいっと顎を上げて、私達へと指示を出す。
「ここは訳アリ専門の宿でな。地下に秘密の通路が用意されてる。突撃される前に逃げるとしようや」
「秘密の通路……」
どんな宿だと言う話だけど、今はそれをツッコむ場面じゃないよね。私達は黙ってハーゲンさんの後に続く。
ハーゲンさんが扉を開くと、そこにはアイパッチの厳つい男性が立っていた。彼はニッと笑うと、ハーゲンさんの肩を叩く。
「少しは時間を稼いでやる。ヘマするんじゃねぇぞ?」
「誰にもの言ってやがる。そっちこそヘマすんなよ?」
彼がハーゲンさんの言う、かつての仲間なのだろうか? 親しい雰囲気で言葉を交わすと、そのまま私達の事を見送ってくれた。
私達はハーゲンさんの案内で、秘密の地下室へと下って行く。あんな関係も良いなと思いながら、私は薄暗い通路を走り出した。