狙われる理由
聖女ローラ様の提案で、私達は場所を移す事になった。先程の酒場では話せない、複雑な事情があるらしいのだ。
そして、初めは警戒していたクーちゃんも、今ではすっかり警戒を解いている。その理由は、これがパッフェルさんの指示だとわかったから。
聖女様と言えば、パッフェルさんと仲間なのは有名な話だ。パッフェル信者のクーちゃんが、あっさり信じたのは仕方が無い事だと思う。
そして、私達が案内されたのは、裏通りにひっそり建つ宿だった。聖女様には似合わない安宿だと思っていると、そこでは意外な人物が待ち構えていた。
「よう、お前等! 俺の顔を忘れてねぇよな?」
「「「「ギ、ギルドマスター……?!」」」」
大柄で筋肉隆々な体。そして、スキンヘッドに厳つい笑み。冒険者ギルドのギルドマスターが、何故だか宿の一室で待ち構えていた。
呆然とする私達に対して、聖女様が席を勧める。私達は委縮しながらも、ギルドマスターと同じテーブルにつく事となった。
「噂は聞いてるぜ? お前さんら、中々に順調らしいな」
「どうも、恐縮です……」
私は代表して頭を下げる。ブートシティに移ってからの活動を、何故か王都のギルドマスターが知ってる事に戸惑いつつも。
ただ、嬉しそうな笑みに嘘は無さそうだ。理由はわからないけど、本当に私達の活動を喜んでくれているらしかった。
「ああ、それとここは俺の昔の仲間がやってる宿でな。色々と便宜を図ってくれんだよ」
「それは非常に助かります。それでは、秘密が周囲に漏れる心配もありませんね?」
聖女様がギルドマスターの隣に腰かける。そして、聖女様の問いに、ギルマスはニヤリと笑って頷いた。
聖女様はニコリと微笑んだ後、私に対して視線を向ける。すると、痛ましそうな表情でこちらに頭を下げた。
「まずは謝罪させて頂きます。我が白神教の一部が、皆さまに大変なご迷惑をお掛けしております」
「は……? え、えっと……。とりあえず、頭を上げて下さい!」
聖女様は当然のように頭を下げる。しかし、高い地位に居る人物が、私達なんかに頭を下げるのはどうなのだろう?
その証拠と言うべきか、聖女様の背後の二人が怖い。護衛として立っている二人の騎士から、凄い殺気が漏れてるんですけど……。
怯える私達の様子に気付いたのだろう。聖女様が不思議そうに首を傾げている。
そして、何事かと問いかける視線を背後の二人に向ける。ただ、その挙動に合わせて、二人の護衛騎士は殺気を消して、素知らぬ顔で不思議そうに首を傾げていた。
「……あの、それで迷惑とはいったい? どうして、私達は呼ばれたんでしょうか?」
私は逃げ出したい気持ちを抑え、何とか笑顔を作る事が出来た。これでも私はリーダーなので、皆を置いて逃げ出す訳にはいかないからね。
聖女様はこちらに視線を戻す。気を取り直した様子で、小さく頷き話を再開させた。
「結論から申しますと、ミーティさんの身柄が狙われています。私達はその保護の為に、皆さまをここへ集めさせて頂きました」
「――は? 私の身柄が狙われている?」
まったくもって意味がわからない。どうして、私なんかの身柄が狙われる事になるのだろう?
両親はいずれも田舎の生まれ育ちで、特別な立場にあったりしない。私自身にも特別なの能力がある訳でも無い。
そんな私が狙われてる? それでどうして、聖女様が保護に動くと言うのだろうか?
「混乱される気持ちはわかります。正直、『何故、私が?』と思いますよね? ええ、本当にもう、その気持ち良くわかります……」
「は、はぁ……」
何故か激しく同意されてしまった。それも重い溜息と共に、しみじみと頷いている。
「そして、貴女が狙われる直接の理由は、貴女自身にはありません。その理由は、貴女がソリッドの弟子だからなのです」
「……なんですって?」
隣に座るクーちゃんが低い声を漏らす。怒りが漏れ出しており、ピリピリした緊張感が室内に満ちる。
しかし、聖女様がクーちゃんへと手を翳す。落ち着く様にと促しながら、話の続きを口にした。
「ただし、ソリッドが悪い訳ではありません。全ての元凶は白神教です。むしろ、ソリッドはその最たる犠牲者と言うべき存在なのです」
「師匠が犠牲者……?」
聞き捨てならない台詞である。師匠への不利益は、私にとっての不利益も同義。
私は師匠への恩返しの為に、猫耳を晒して活動している。魔族や黒髪への偏見を減らす為に、皆に認められようと頑張っているのである。
「白神教は長い歴史の中で、その正当性を示そうと努力しました。その過程で白が崇高な色であると謳い、黒を下劣な色とする流れが生み出されました。その流れの確立した今の時代、理不尽な偏見も同時に確立されてしまったのです」
「それって、まさか……」
私の瞳を真っすぐ見つめる聖女様。その姿は何故だが、罪を認めた罪人の様に見えた。
そして、背後の護衛騎士達が焦った表情を見せている。その様子から見て、白神教としてはかなり不味い話をしているのだとわかる。
「白神教が今の地位を維持するには、黒は下劣なままでなければなりません。間違っても人族の中で、有益な色と思われてはいけないのです。それと同時に、黒を崇拝する魔族も、白神教としては認められない存在なのです……」
師匠が虐げられているのは白神教のせいなの? 魔族の血が混じる私が殴られたのも?
ううん、それだけじゃない。そんな考えがあるから、人族と魔族は戦争をしているんだ。いつまで経っても、争いが終わったりしないんだ。
「そんな白神教にとって、ソリッドは致命的なのです。いくら隠そうとしても、彼は裏で功績を上げ過ぎてしまいました。その存在が公になれば、白神教の地位が揺らぎかねない猛毒なのです。それ故に、何としてでもその存在を消したいと、白神教の上層部は考えています」
「そんな、身勝手なっ……!」
私は拳を握り締める。そんな理由で迫害が生まれ、虐げられる人達がいる。
私だけじゃない。ううん、私なんてまだ環境に恵まれた方なのだ。
師匠だったり、他の人達はもっと多く傷付いたはずだ。そんな白神教を、私は許す事が出来なかった。
「――すみません。少し良いでしょうか?」
唐突な割り込みを行ったのはアシェイだった。彼は集まる視線にビクリと肩を揺らした。
ただ、聖女様が穏やかな笑みで頷いた事で、アシェイはホッとした表情で質問を行う。
「ソリッドさんが敵視される理由はわかりました。けれど、どうしてミーティアが狙われるんですか? そんなに危険な存在なら、直接本人を狙えば良いじゃないですか?」
アシェイの言葉に私ははっとなる。余りにも当然な問い掛けだったが、私はそんな疑問がまったく思い浮かばなかったからだ。
師匠の事とあって、頭に血が昇り過ぎていた。もっと冷静にならないと、リーダーとして正しい選択が取れなくなってしまう。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。すると、私の様子を見守っていた聖女様が、話の続きを再開する。
「理由は簡単です。白神教ではソリッドをどうにも出来ません。出来る事と言えば、彼の不在を狙った嫌がらせだけです」
「「「「…………は?」」」」
私達『猫耳愛好会』の一同は間の抜けた声がハモる。聖女様の説明に、理解が追い付かなかった。
そんな私達に、聖女様が悲しそうな表情で項垂れる。そして、ふっと鼻で笑いながら、切なそうに淡々と語る。
「表立った活動は出来ません。『勇者アレックス』と『天才魔導士パッフェル』が特大な釘を刺していますので。かといって、裏でコッソリ暗殺等を試みたみたいですが、その悉くをソリッドに撥ね退けられてしまっています」
ああ、そっか。師匠のご兄弟は強力な権力を持つ人達ですしね。ちゃんと、師匠の事を守ってくれているんだ。
その上、師匠は人族最高のアサシンだ。そんな師匠を暗殺何て出来るはずがない。白神教程の組織であっても、どうにも出来ない存在なんだ。
「もう白神教には打つ手が無いのです。だからこそ、こんな回りくどい嫌がらせを実行して、私がその後処理に奔走する羽目になるのです。先程も申しましたが、『何故、私が?』と思っています。けれど、動かないとパッフェルに睨まれますし、事が起きてからではもっと後処理が大変になってしまうんですよ。ねえ、余りにも理不尽だと思いませんか?」
「そ、そうですね……」
聖女様がめっちゃ喋る。涙目になりながら、同情を誘ってくるんだけど……。
それからしばからく、聖女様の愚痴が続く。私達は彼女が落ち着くまで、ただ見守り続ける事しか出来なかった……。