表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
75/162

光の勇者

 ガーネット王国での四日間は実に有意義だった。ソリッドと過ごす穏やかな日々は、何物にも代えられない時間だったと思う。


 けれど、楽しい時間にも終わりはある。僕とソリッドはパール王国へ帰るべく、馬車の停まる城門へと向かっていた。


「本当に名残惜しいね。また、こういう旅が出来たら良いんだけどね」


 勿論、僕にだってわかっている。僕がクーデターを起こせば、そんな機会は二度と来ない事は。


 勝てば僕は救国の英雄となる。今回みたいに自由な旅なんて、ソリッドと一緒に出来る訳が無い。


 逆に負ければ国家転覆を狙う逆賊となる。生きていられるかも怪しいものだね……。


 そんな内心は隠し、僕はソリッドに視線を向ける。すると、彼は沈痛な面持ちで僕へと尋ねて来た。


「……なあ、アレックス。今のままでは駄目なのか?」


 その問い掛けに、僕は思わず足を止める。そして、ソリッドと真っ直ぐ向かい合う。


 この四日間、ソリッドが思い悩んでいた事は知っている。けれど、この問いかけは、最後まで行われないのではと期待していた。


 僕は期待が外れて内心でガッカリする。出来る事なら、最後まで楽しい旅で終わらせたかったんだけどね。


「うん、駄目だよ。今のままでは、この苦しみはずっと続いてしまう」


 白を崇めて黒を貶める。それに伴って、ソリッドが虐げられる。僕はそんな環境を認める訳には行かない。


 ソリッドは口では平気だと言うだろう。けれど、彼が実は傷付きやすい性格だって、僕は良く知っているんだ。


 弟が内心で悲しい思いをしている。そんな状況を見て、僕の心も苦しくなる。何もしなければ、この状況はずっと続いてしまうんだ。


 だから、僕は止まれない。僕はこれからも大切な弟の為に、戦いを続けなければならないんだ。


「……けれど、俺はアレックスの傷付く姿を見たくない。お前には幸せで居て欲しいんだ」


 ああ、やはりソリッドは優しいな。僕が幸せでいられるなら、自分が傷付いたままで良いって考えているんだろうね。


 けれど、その気持ちは僕も同じなんだ。ソリッドが幸せになる為なら、僕は血塗られた道を望んで付き進んで行けるんだよ?


「まるで、僕が不幸になるみたいな言い方だね? 僕としては、そんな予定は無いんだけど?」


 爽やかな表情でソリッドに微笑みかける。多くの人達から望まれる『勇者』としての笑みを。


 けれど、それを見たソリッドは、グッと拳を握り締めた。無表情なはずなのに、何故か泣きそうな雰囲気で僕を見つめる。


「……俺では、駄目なのか? お前の力になれないのか?」


 魔王軍との戦いの中で、ソリッドの事は良く理解した。僕が何かを思い、その素振りを僅かでも見せると、彼は全てを察して行動する。


 ほんの僅かでも感情を見せれば、僕が望む様に動いてくれる……。



 ――だから、彼にはこれ以上、何も見せてはいけないんだ。



 きっと彼なら、僕の計画を阻止しようとする。そして、彼なら僕の行動を阻止出来てしまうはずだ。


 悲しそうな彼の姿に、僕の胸が締め付けられる。それでも僕は、変わらぬ笑みで彼に告げる。


「うん、今は必要ないんだ。けれど全てが終わったら、その時は全てを話すからさ?」


 僕のこの行いを、君は悪と断じるだろうか? 僕を糾弾する日が来るのだろうか?


 もしそうなら、僕は全てを受け入れよう。他の誰でも無い、君からの罰なら喜んで受け入れよう。


 だから、今は耐えて欲しい。何も話せない僕の事を、どうか許して貰えないだろうか……。


「お前の力になるため……。お前を守る為に、俺は強くなったんだ……」


 悔しそうに絞り出すその声に、僕の心が揺れるのを感じた。彼をここまで悲しませて、それでもこの行いは正しいのだろうか?


 しかし、その疑念はすぐに振り払う。これは僕が決めた事だ。何があっても成し遂げると誓ったんだ。


「うん、知っている。僕はソリッドに、とても感謝しているよ」


 誰よりも大切な弟だと思っている。戸籍が違おうとも、血の繋がりが無かろうとも、それでも大切な弟なんだ。


 そして、僕の心が弱いからだろう。どんな些細なものであっても、彼との繋がりを求めてしまうのは……。


 勇者パーティー『ホープレイ』。それは、ほんの思い付きで始めた活動だった。


 けれど、あの過ごした日々が、僕には掛け替えのない思い出となった。あの黄金の日々だけは、どうしても手放したくなかったんだ。


 だから、無意味な事だとわかっていた。それでも僕は、『ホープレイ』の解散も、彼の脱退も認める事が出来なかったんだ……。


 僕とソリッドは互いに掛ける言葉を失う。そして、静かに向かい合っていると、不意に微かな風が頬を撫でた。



 ――ゾクリ……。



 奇妙な悪寒が背中を走る。そして、戸惑う僕はすぐに気付く。ソリッドも同じような戸惑いを感じていることに。


 初めての感覚に僕達は顔を見合わせる。すると、城門から向かってくる人影が、こちらに声を掛けて来た。


「――ふふふ、心配は無用です。アレックス様は私が守ります」


 僕とソリッドが声の方へと視線を向ける。歩み寄る人物はエリスで合った。銀の鎧に身を包んだ、従騎士姿の彼女が微笑んでいた。


「必ずお守り致します。何が来ようとも、私の命に代えてでも」


 エリスは胸に手を当て頭を下げる。それは主君に対する、騎士としての礼であった。


 騎士団長の娘であり、侯爵家の令嬢でもある。その礼は姿勢も良く、実に美しい所作であった。


「例えそれが、あの『厄災』であろうとも、次は必ず……」


 頭を下げているので顔は見えない。しかし、今の彼女は笑っているのだろうか?


 これまでに感じた事が無い程に、不気味な気配が滲み出ている。これまでの狂気マッドネスとは、似て非なる気配だと感じるのだが……。



 ――ピピ、ピピピ!



 唐突に鳴り響く音に、僕の心臓がドキリと跳ねる。しかし、それがすぐに魔導デバイスの呼び出し音だと気付く。


 ポケットから魔導デバイスを取り出すと、掛けて来た相手はパッフェルだった。普段はメールが多いのだが、もしかすると緊急の要件だろうか?


「――もしもし、パッフェル?」


『ああ、よかった! 繋がった!』


 声の様子からは安堵の気配が伝わって来た。やはり、どうも緊急の要件みたいだね。


 チラッと視線を向けると、エリスは顔を上げていた。狂気マッドネスを感じない、普通の状態みたいだ。こちらはどうも、急ぎの対処は不要らしい。


「どうかしたのかな? 通話は珍しいけど……」


『ソリッドは一緒だよね! 急いで伝えて欲しいんだけど!』


 どうも、ソリッド宛の内容らしい。ソリッドとの旅は伝えていたので、それで僕に掛けて来たみたいだね。


 そして、僕は魔導デバイスをスピーカーモードに切り替える。その事をパッフェルに伝えると、彼女は深刻そうな声でこう叫んだ。


『ソリッドの弟子の半獣人の子! あの子の命が狙われてるの! 一刻も早く戻って来て!』


「何だと……?」


 ソリッドの弟子? 半獣人の子? それはとても興味深い話だね……。


 ただ、話の内容は穏やかでは無い。今はそれを詳しく聞ける状況でも無さそうである。


 ソリッドは目の色を変える。ピリリとして空気を纏わせると、パッフェルに向かってこう答えた。


「わかった。今すぐ王都へ戻ろう」


 僕はやれやれと肩を竦める。久々に見た、本気モードのソリッドである。


 こうなる様にパッフェルが焚きつけた。ならば後は、ソリッドが何とか出来るのだろう。


 この後の彼の活躍には興味を引かれる。しかし、それは僕とは関係が無い物語だ。


 僕に出来ることは、ただソリッドの健闘を祈るのみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ