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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
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アレックス、十八歳の記憶

 僕の参戦から三年が経った。劣勢だった状況は逆転し、今では人族が逆に魔王領へと進軍を開始している。


 当然ながら、それは僕達の活躍によるものである。それと同時に、活躍を続ける僕はその地位が向上し続ける訳で……。


「ああ、忙しい……。ソリッド達と冒険がしたい……」


「そうですね……。ここ最近は籠りっきりですし……」


 とある拠点の執務室内。僕とローラは並んで事務仕事に従事していた。


 僕は戦地では将軍の代理的な位置にいる。それもあって、嘆願書や決済等の事務仕事を処理せねばならなかった。


 ローラはローラで白神教の高僧である。神官関連の仕事は全て彼女に裁量が委ねられる。詳しくはわからないが、いつも書類を前に顔を顰めているね。


 僕が望んだ事ではあるけど、偉くなると自由が利かなくなる。書類仕事だけでなく、会議やパーティーへの参加等、顔を出す場所も多くなる。


 そういう意味ではローラの存在はありがたかった。常に僕の傍に付いて、僕のサポートをしてくれる。彼女が居なければ、どこかで行き詰っていたかもしれないね。


「ふう……。少し休憩にしようか……」


「承知しました。お茶を用意しますね」


 ローラも疲れていたのか、ホッとした表情で頷く。そして、いそいそとお茶の用意を始める。


 お茶くらいは僕が淹れても良いし、人を使っても良いんだけどね。それは自分の役目だと、ローラ自身が望むので好きにして貰っているんだよね。


「今日のソリッドは何をしてるのかな……? また、ドラゴン狩りとかかな……」


「案外、薬草採取かもしれませんよ? 人助けをしている方が多い方ですから」


 僕の呟きにローラが反応する。その表情は穏やかで、ソリッドに対する信頼が伺えた。


 それもそのはずで、僕達四人は二年前に勇者パーティー『ホープレイ』を結成したのだ。お互いの親睦を深める意味でも、これは実に良い取り組みだと自負している。


 妹のパッフェルが羨ましいとか、僕が冒険をしてみたかったとか、そういう理由で提案した訳では無い。互いを知る為に必要と思い、僕から皆に提案したのである。


 それに冒険者としての活動は、僕とローラにとっては癒しの時間でもあった。殺伐とした戦場と、ドロドロした人間関係に荒れた心を、のびのびとした慈善活動で癒すのだ。


 ただ、最近は忙しくなり過ぎて、その時間も中々に取れないんだけどね……。


「ああ、僕も冒険したいなぁ……。この戦争が早く終わればなぁ……」


「……そうですね。平和な時代となれば、叶う願いかもしれませんね」


 回答まで僅かな間があった。ローラの表情は笑顔だが、それは無理して作ったものに見えた。


 恐らく彼女も気付いているのだろう。戦争が終わっても、僕達が自由に冒険出来る日は来ないと。


 戦争が終われば、僕達は更に忙しくなる。勇者である僕と、聖女であるローラは、この先も自由な日々などやって来る事が無いのだと……。


 僕は差し出されたお茶を手に取る。そして、静かにカップへ口を付け、お茶の香りを楽しんだ。


「……うん。それでも、正しい世界の為だからね」


 僕は小さな声で呟く。ローラに聞こえるかどうかという程度の小さな声で。


 何せその意味が、僕と彼女では違う。彼女の戦う理由は、戦争を終わらせ、人族にとっての平和な世を迎える事にある。


 しかし、僕は戦争が終わった後、もう一つの戦争を始める予定なのだ。パール王国の腐敗を正す、革命と言う名の戦いを。


 そう思っていたのだが、ローラから想定外の質問が飛んできた。


「もしかして、アレックスは原点回帰をお望みなのですか?」


「原点回帰……?」


 聞きなれない言葉に、僕はローラへ問い返す。するとローラは意外そうな表情を浮かべた。


「アレックスの行動は、白の神ブロンシュ様の言葉を元にしている様です。これは白神教の中でも少数派の、原点回帰派の考えに近いと思うのですが……」


「ああ、白神教内の派閥の話か」


 白神教は千年を超える歴史ある宗教である。それ故に考え方も派生し、今では大きく三つに分かれている。


 一つが穏健派。これは全体の六割程の派閥で、教皇を中心とした一派。現状維持を良しとする考え方をしている。


 もう一つが革新派。これは三割ほどの小さな派閥である。教義の理解を深め、世界をより良くして行こうという考え方をしている。


 最後が原点回帰派。一割程が居るらしいが、人前に現れる事は稀だ。これまでの教義を否定し、聖典の言葉に立ち返ろうという考え方である。


「意識した訳ではないけど、確かに行動は近いのかもね」


「意識した訳では無かったのですか……」


 ローラが微妙な表情を浮かべる。原点回帰派であっても困るが、そうで無いのも反応に困るらしい。


 何せ僕が原点回帰派だと、白神教内の勢力図が変わりかねない。ローラの一家が所属するのは革新派だ。その勢力が大きく落ち込む可能性があるからね。


 なので原点回帰派で無いのは望ましい事だと思う。とはいえ、それだと僕の行動が良くわからないと言った所だろう。


 なので、ローラへと僕の考え方を説明する事にした。これは僕自身も、自分の考えを整理する意味もあった。


「原点回帰派は、聖典に書かれてる内容に従う人達だよね? でも、僕はその考えに共感はしても、聖典に書かれているから正しいとは思っていないんだ」


「……それは、どういう意味でしょうか?」


 僕の説明にローラが首を傾ける。その違いが良くわかっていないのだろう。


 僕はこれまで何となく感じていた思いを、頭の中で整理しながら言葉にする。


「目の前で虐げられている人とするでしょ? それを助ける理由は、聖典にそう書かれているから? 原点回帰派の人達なら、それを正当な理由とするよね?」


「恐らくは、その通りかと」


 ローラは何の疑いも無く頷く。それが当然の事だと考えているみたいだね。


「だけど、僕はそうじゃないと思うんだ。目の前で悲しんでいる人がいる。それを助けたいと思うのは、心の奥底から湧き上がる思いなんだ」


「心の奥底から、湧き上がる思い……?」


 僕の言葉にローラが動揺を見せる。何やら心の内側で、葛藤が起きているみたいだった。


 彼女が何を感じたのかは、僕にはわからない。だけど、僕は自分の思いを最後まで言い切る事にした。


「神様に言われたから、僕は人を助けるんじゃない。僕自身がそうしたいと思うから、困っている人達を助けるんだ。きっとそれが、僕と原点回帰派の違いだと思うよ」


「…………」


 原点回帰派の人達が聞いたら怒りそうな内容だね。白神教の神官とはいえ、相手がローラだからこそ話せた内容だと思う。


 もし、他の白神教徒が聞けば、神を愚弄する発言と取る人も居るだろう。それぐらいに危険な発言だと言う自覚はあった。


 ただ、ローラは僕へと叱る訳でも、苦言を呈するでもなく、ショックを受けた表情でこう告げた。


「アレックスは……。自らの正義の為に、戦っているのですね……」


「うーん、そういう言い方も出来るのかな?」


 僕の思いは、世界にとっての正義ではない。それでも、確かに僕にとっては正義なのだ。


 だから普段から僕自身は、人々が望む偽りの正義を装っている。世の正義の為に戦う姿を、人々に対して示しているのだ。


 僕は自分の事を、勇者を装る者だと自覚している。それでも、世の人々は僕を『真の勇者』と認識しているんだ。


「少し、頭を冷やしてきます……」


「うん、わかったよ」


 ローラは思い悩んだ様子で席を立つ。そして、呆然とした姿で、部屋の外へ出て行った。


 僕はその姿を見送り、懐から一通の手紙を取り出す。それはエリスから届いた報告書である。


「あちらも上手くやっているみたいだ。世界を正す日は、それ程遠くないのだろうね……」


 この戦争にも終わりが見え始めて来た。この調子であれば、数年以内には決着がつくのだろう。



 ――その時、僕はこの世界の正義を壊す。



 不平等なあり方を僕は認めない。歪んだ正義を押し付ける者達を、僕達で排除するのだ。


 その望みを叶える為に、僕はずっと戦い続けているのだから……。

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