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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
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アレックス、十六歳の記憶

 僕はパール王国軍を纏める、隊長の様な立ち位置にあった。ただし、メンバーは百名と非常に少ない部隊であるが。


 では、この部隊が無意味な一団かと言えば、そんな事は無かった。何故ならば、この百名の部隊は精鋭メンバーを集めた、遊撃部隊として活動しているからだ。


 八割は騎士団で僕の息が掛かった者達。残り二割は聖女と共にやって来た神官達で構成されている。


 神官達には色々とあるが、それでも足手まといにはならない。僕達は劣勢な戦況や、激化している戦場を選び、この一年で多くの武勲を上げ続けていた。



 ――しかし、ある戦場で問題が起きた。



「それで、ソリッド。話は本当なのかい?」


 場所は市長から借りた洋館の一室。僕はテーブル越しに向かい合い、ソリッドに対して問い掛ける。


 僕の隣には聖女ローラが、ソリッドの隣にはパッフェルが座っている。僕の問い掛けにソリッドは、言いずらそうに視線を逸らした。


「いや、それは……。その……」


 今の僕達はある都市に滞在している。位置としてはガーネット王国内。しかし、少し前まで魔族に占拠されていた都市でもある。


 僕達の活躍でようやく奪還したのだが、ガーネット軍からクレームが入ったのだ。ソリッドとパッフェルが、味方のはずの傭兵団を一網打尽にしたとかで……。


「どうして、味方を攻撃したりしたんだい?」


「それについては、申し訳ないと思っている……」


 返って来るのは謝罪の言葉。僕が聞きたいのは理由なのだが、何故だか言い難そうにし続けていた。


 仕方が無いので、僕はパッフェルに視線を向ける。壊滅させた張本人・・・に、その理由を問い掛けた。


「理由を聞かせて貰えるかな?」


「理由なんて一つだよ。あいつらが屑だったから」


 パッフェルは悪びれた様子もなく、忌々しそうな口調で答えた。こちらも答えが端的過ぎて、判断に困ってしまうね。


 僕が悩んで天井を見上げていると、隣のローラが慌てだす。オロオロと落ち着きなく、パッフェルへと声を掛けた。


「あ、あの……。暴力は良く無いと思いますよ? 彼等は味方なのですし、今後も肩を並べて戦うのでしょう?」


「屑は味方にいらない。信頼出来ない味方なんて、敵よりも厄介なだけでしょ」


 パッフェルに睨まれ、ローラが涙目で委縮する。彼女は怯えた表情で俯いてしまった。


 僕は苦笑を浮かべる。そして、パッフェルの言葉に内心では同意する。


 確かに足を引っ張る味方なんて、敵よりも厄介な存在だ。それは王宮内での人間関係で、痛い程に理解している。


 もっと言えば百人規模の傭兵団なんて、僕達には不要な存在である。ソリッドとパッフェルの二人がいれば、万人を超える活躍が期待出来るのだから。


 ただし、僕達が去った後の事を考えると、ガーネット王国側は困る事になるんだろうけどね……。


「……ソリッド、もう一度聞くよ。どうして傭兵団を壊滅させたんだい?」


 パッフェルからは聞きたい答えが返って来ない。感情的になり過ぎているのが原因だろうね。


 だから、いつも冷静なソリッドに答えて欲しいのだ。彼ならば客観的な状況説明が出来るはずだから。


 そして、僕が辛抱強く待った事で、ソリッドは観念したらしい。小さく息を吐くとポツポツと語りだした。


「しんがりを務め、捕虜となった魔族達……。傭兵達は彼等に暴力を振るっていた……」


「何だって……?」


 パール王国も、ガーネット王国も野蛮人では無い。戦争で捉えた捕虜の、人権に関する保証は存在する。


 しかし、それは王国軍に所属する軍人に関する取り決めである。金で雇われただけの傭兵団は軍人では無い。戦闘終了後の行動までは、取り決めがあるか怪しい所だ。


 いや、むしろ敢えて取り締まっていない可能性もある。傭兵団に好きにさせる事で、少しでも自分達のうっ憤を晴らす為に……。


「俺はそれを止めようとした……。しかし、彼等は俺の言葉に耳を貸さなかった……」


「それは、仕方が無い事でしょう……」


 ソリッドの言葉を聞き、ローラが痛ましそうに呟く。白神教の高僧である彼女も、世の不条理は理解しているらしい。


 綺麗ごとだけでは世の中は動かない。世界なんてどこも歪んでいるのだから……。


「そして、俺の忠告を無視した事で……。パッフェルがキレて、全てを薙ぎ払った……」


「……うん?」


 ごめん、意味がわからない。途中の説明が省かれていないかな?


 隣を見るとローラもポカンと口を開いている。僕が視線を向けると、パッフェルは胸を張ってこう告げた。


「馬鹿には何を言っても無駄だからね。問答無用で吹き飛ばしたわ」


「ごめん、意味が分からない」


 僕の妹ってこんなに過激だったっけ? 僕の知らない五年間で何があったんだろうね?


 どうするべきかわからず、僕は思わず頭を抱える。すると、ソリッドは俯きながら、自らの想いを語り続けた。


「アレックスの戦いは……。勇者としての参戦は、正義の為と思っていた……。しかし、これは本当に正義なのか? 無抵抗の者を甚振る事を、見て見ぬ振りをするべきなのか?」


「ふむ……?」


 苦しそうなソリッドの表情に、僕の心が冷えて行く。頭の中がクリアになっていく感覚を覚える。


「多くの者が魔族を敵と考えている。そして、相手が敵であれば、何をしても良いとも……」


「それは、その……」


 ソリッドの言葉に、ローラが俯く。そして、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。


 まあ、仕方が無いよね。魔族を悪として扱うのは、白神教の神官達が広めたプロパガンダなのだから。


「勿論、だから吹き飛ばして良いとは思っていない。そこに関しては悪いと思うし、皆に迷惑を掛けたとも思っている……」


「大丈夫だよ、ソリッド。文句を言う奴は、そのうち居なくなるから」


 パッフェルは優しい笑みをソリッドへ向ける。けれど、それは大丈夫とは言わないよ?


 君はもう少し反省した方が良いね。君が良くても、ソリッドが心を痛めるのだから。


「しかし、俺は疑問に思ったのだ。俺達の戦いは正しいのだろうか? この戦争は本当に、『勇者アレックス』が参加すべき戦いなのだろうか、と……」


 葛藤を抱えたソリッドは、自らの握った拳に視線を落とす。僕の役には立ちたいが、この戦争に正義を見いだせないのだろう。


 そんなソリッドの思いに、僕の心は打ち震える。僕の最高の兄弟を胸内で喝采する。


 僕は立ち上がって、ソリッドの傍へと歩み寄る。そして、その肩に手を置きながら、彼に対して優しく告げる。


「良く話してくれたね。そして、その問題は僕の方で何とかしよう」


「……何とか? アレックスは、何をするつもりなのだ?」


 ソリッドが不思議そうに僕を見上げる。この状況に対して、何が出来るのか想像出来ないのだろう。


 僕はそんな態度に少しだけ胸を張る。この優秀な弟に対して、兄らしい所を示す事が出来るからだ。


「僕の名を使って宣言するだけだよ。『勇者アレックス』の名において、非戦闘時のあらゆる非道を禁止するとね」


 ソリッドが驚きのあまり、ポカンと口を開いていた。しかし、ローラが慌てて立ち上がる。


「お待ちください! それはつまり、白神教の聖人としての立場を用いるつもりでしょうか!」


「うん、そう言っているんだよ」


 僕は白神教のが認めた勇者。白神教の中では、教皇に近い地位を持つ聖人である。


 その僕の言葉に背くと言う事は、白神教の教えに背くのも同義。大っぴらには無視出来ない宣言となるだろう。


「しかし、その言葉にどれ程の人達が従うか……」


 ソリッドは腕を組み、難しい表情で唸っている。裏ではこっそりと、これまで通りに非道が起きると思っているのだろう。


 だけど、僕はくすりと笑う。パッフェルへと視線を向けながら、気楽な口調で彼に告げる。


「なに、初めは思い通りに行かないだろうさ。けれど、その言葉の効力・・を示せば、やがては皆が従う様になるさ」


 こんな形で妹の考えが理解出来るなんてね。僕は内心で肩を竦めながらも、実は似た者の兄妹なのかもと考えていた。


 そして、パッフェルは良い笑顔でサムズアップをしている。この場で唯一、僕の考えを理解しているらしかった。


「さて、それじゃあ行ってくるよ。クレームを上げた者達に、お説教をしてあげないとね」


「あ、あの……。私も同席して宜しいでしょうか?」


 理解は出来ないが、嫌な予感を感じているらしい。ローラは不安げな表情で手を上げていた。


 僕はニコリと微笑んで見せる。そして、扉へと向かいながら彼女に告げる。


「うん、好きにすると良い。僕の示すべき正義が、少しは理解出来るだろうからね」


 ソリッドも立ち上がろうとしたが、それはパッフェルが引き留めていた。妹のサポートに内心で感謝する。


 そして、僕はローラを伴いガーネット王国軍の元へと向かう。彼等を糾弾し、真の正義が何なのかを示す為に……。



 ――これ以降、僕も多くの軍人にとって畏怖の対象となる。



 表向きには『高潔なる勇者』として喝采を浴び、裏側では『潔癖過ぎる勇者』として疎まれる存在となる。


 それでも常勝を続ける僕に、やがては誰もが黙って従う事となる。軍神として皆を勝利に導き、正義の為に戦う神の使者として……。


 そして、この日はその第一歩となる、静かなる粛清が行われた記念日となった。

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