表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
71/162

アレックス、十五歳の記憶

 人族と魔族の戦争は激化していた。魔族の侵攻が激しく、ガーネット王国は苦戦している状況らしい。


 その為、僕が十五歳の誕生日を迎えると、パール王国は軍の派遣を決定した。その決定には『勇者』である僕の参戦も含まれていた。


「アレックス様、ご武運をお祈りしております」


 王都を発つ前日、僕はエリスの元を訪れていた。そして、今は他愛ない話で時間を潰した後、早めに宿舎へと戻る所だった。


 見送るエリスの顔に不安は無い。僕の事を信頼しており、全てが上手く行くと信じている様子だった。


 そして、そのすぐ傍に控えるマッシュも同様だ。ちなみに、彼は僕――いや、エリスの従者に相応しい様にと、その髪を赤く染めている。


 その処置は魔族交じりと、周囲から余計な軋轢を生まないため。僕へと迷惑を掛けない為に、彼が決めた事である。


「うん、ありがとう。それと、後の事は二人に任せるね」


 僕の言葉により、二人は深々と頭を下げる。二人には後の事が何かとは、今更言うまでも無くわかっている。


 これまでの二年間、僕達は行動を供にした。パール王国に不満を持つ者達を見つけ、繋がり、この国の未来を語り合ってきた。


 そして、僕達は反王国派レジスタンスの中核を担う存在となった。当面はリーダーである僕が不在になるが、その間の代理は二人がしっかりと務めてくれる事だろう。


「その代わり、僕はしっかりと名声を得て来るよ。この戦争に終わりが見えた時――それが、僕達が行動を起こす時になる」


「ああ、本当に待ち遠しいわ……。私、楽しみでもう……」


「エリス様、仮面が剥がれてます。今は私達だけですが」


 エリスが時折見せる、歪んだ笑みを浮かべていた。僕とマッシュにだけ見せる、彼女の本当に素顔である。


 この笑顔は慣れない者に恐怖を植え付ける。エリス自身もそれを知るが故に、幼少期より誰にも見せなくなった本当の素顔だ。


 幼い頃は両親すらも恐怖したらしい。エリスがその笑みを隠し、周囲に見せなくなった事で、両親は心底安堵したと聞いている。


 その笑みが復活したと知れると、何かと面倒が起きる。だからこそ、エリスは自分の部屋であろうと、滅多にこの笑みを見せない様にしていたんだけどね。


「まあ、仕方が無いさ。練りに練った計画が、ようやく動き出すんだからね」


「あっ……。アレックス様……」


 僕はエリスを抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。そうする事で、彼女の笑みは収まり、うっとりとした少女の顔に変わる。


 エリスは狂気マッドネスという特殊な資質を備えている。それが原因で、常人には理解出来ない行動を取るらしいのだ。


 しかし、僕からの愛を感じる時は、その狂気マッドネスが引っ込むらしい。エリスの証言では、愛は全てを凌駕するらしい。


 僕とエリスはしばらく、恋人らしく抱き合っていた。そして、タイミングを見計らって、マッシュが僕へと報告を行う。


「頼まれていた件です。『ホープ』の実態は、アレックス様の読み通りでした」


「ああ、やはりそうだったか! うんうん、やっぱりソリッドは優秀だからね」


 僕がマッシュに調べさせたのは、『ホープ』の活動実績について。冒険者間での噂が事実か、その裏取りをお願いしていたのだ。


 妹のパッフェルは『大魔導士の才』という加護ギフトを持つ。その力によって、『ホープ』は短期間でB級冒険者へと成り上がったと噂されている。


 しかし、僕はそんな訳が無いと考えていた。基本的に面倒くさがりで、争い事が嫌いな妹である。冒険者の資質なんてある訳がない。


 恐らくは裏でソリッドが動いたのだ。自分が目立たぬ陰に隠れ、全ての功績はパッフェルに譲る。そうする事で、パッフェルが優遇される立ち回りをしている。


 その考えをマッシュに伝えて調べさせた。その調査結果が、僕の想像通りと裏取りが取れたという訳である。


「今後は共に行動するからね。二人の実態を正しく把握出来て良かった」


 王国としては、パッフェルの魔法が欲しかった。王国で最大規模の大魔法を扱える存在。その軍事利用が、どれ程の価値を持つか気付いていたから。


 しかし、これまでパッフェルは王国の要請を断り続けた。そこで王国が考えたのが、兄である僕の力になって欲しいと言う搦手の要請である。


 これにはパッフェルもノーとは言わなかった。ただし、要請に応じる条件として、ソリッドを傍に付ける事を提示した。これは素晴らしい判断だったと僕は絶賛している。


 なお、教会側はかなり難色を示したらしい。僕とソリッドの関係を、教会は隠したがっているからね。


 けれど戦争に負けては意味が無いと、王国側が押し切ったらしい。その代わりとして、教皇の孫娘を僕の傍付きに捻じ込んで来たらしいけど。


「あの、アレックス様……」


「ん? どうかしたかい?」


 マッシュが真剣な瞳で僕を見つめていた。彼の躊躇う様子に首を傾げていると、彼は悩んだ末にこう尋ねて来た。


「ソリッド様は何者なのでしょうか?」


「何者って……。僕の頼れる弟だけど?」


 僕には質問の意図がわからなかった。血が繋がらないけど、兄弟として育った存在。二人にはそう伝えている。


 けれど、マッシュが聞きたかったのはそういう意味ではないのだろう。彼は悩みながらも、自らの疑念を語り始める。


「……私はあの方を調べる内に畏怖しました。何の加護ギフトも持たず、マナすら持たない。到底、冒険者に向いているとは思えない方でした」


「……うん、そういう話も知っているよ」


 花祭りで出た鑑定結果は知っている。そして、その後に彼が冒険者を目指した事も。


 それが茨の道である事は僕にも想像できた。しかし、彼が望むならばと、僕はただ頑張れと彼に伝えていた。


「けれど、十歳から十二歳までの二年間。単独であり得ない程の依頼をこなし、信じられない程にレベルを上げています。調べましたが、彼を支援する存在も確認出来ませんでした」


「ふむふむ、それは凄いね」


 僕の素っ気ない反応に、マッシュが顔を顰める。もっと違う反応を期待していたんだろうね。


「更に十二歳から十五歳までの三年間。パッフェル様との実績は、全てソリッド様の支援在りきです。全てのお膳立てを行う事で、パッフェル様が最大限に活躍できる状況を生み出していました」


「ああ、ソリッドならやりそうだ」


 状況が想像出来て、僕は笑みを零す。いつも通りのソリッドだなと思った。


 けれど、マッシュは大きなため息を吐く。そして、疲れた表情でこう告げた。


「私も死に物狂いで力を付けました。エリス様の従者として、サポート出来るスキルも磨きました。――けれど、全てにおいてソリッド様に勝てる気がしません!」


 マッシュが頑張っている事は知っている。出来損ないと呼ばれた彼が、アレイン家で最も優れた執事であると噂されるまでになったのだ。


 今や彼を馬鹿にする者はいない。誰もが認める実力を得た今だからこそ、ソリッドの凄さが良くわかるのだろう。


 しかし、尚も続けようとする彼を、エリスが冷たい声で窘めた。


「そんなつまらない事で、アレックス様の御耳を汚さないで」


「なっ……!」


 マッシュは驚きの後に、グッと歯を食いしばる。喉から出かかった言葉が、従者に相応しい物ではなかったのだろう。


 そして、そんなマッシュに対して、エリスは彼の核心を突く言葉を放った。


「誰が一番役立つか何て、本当にくだらないわ。それがアレックス様の為になるなら、誰がやるか何てどうでも良いでしょう?」


「それ、は……」


 ああ、なるほどね。マッシュは自信を付けた。けれど、ソリッドは彼にとって、その自信を揺るがす存在だった。


 彼は悔しく思ったのだろう。けれど、それは確かにエリスの言う通り、彼のつまらないプライドだと言える。


「大切なのは一つだけ。ソリッド様がアレックス様にとって、大切なお方と言うことだけ。あのお方はアレックス様にとって、魂の片割れなのだから」


「魂の片割れか。中々に良い表現だね」


 僕にはその言葉がとてもしっくり来た。ソリッドは僕にとって、自らの命と同じ位に大切な存在だからね。


 その事を理解してくれるエリカを、僕はとても嬉しく思った。そして、ニコリと微笑みながら、彼女に対してこう告げた。


「まさにその通りだ。もし彼に万が一の事があれば、きっと僕は僕で居られなくなってしまう」


「存じております。ソリッド様の事は、必ずお守りします。どのような手段を使おうとも必ず」


 僕はエリスを抱き寄せ、その額に口付けを行う。僕の事を最も理解する恋人に、僕は心の底から感謝していた。


 見下ろす彼女の表情は、とろんと蕩けたものだった。彼女は瞳に狂気マッドネスを宿しながら、僕への想いを口にする。


「愛しております。全てはアレックス様の望む世界の為に……」


「ありがとう、エリス。君が僕の恋人で、本当に良かった……」


 僕らは互いに抱きしめ合う。しかし、それ以上の好意は決して行わない。


 僕達が本当の意味で恋人になるのは、僕達の願いが叶ってからだ。それが、僕とエリスが互いに望んだ誓約なのだから……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ