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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
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アレックス、十三歳の記憶

 僕が王都で暮らして三年が経つ。加護ギフトの恩恵もあるのだろう。今の僕は騎士団でも上位の実力者となっていた。


 それだけではなく、プライベートでも変化が生まれた。クリストフ家とより親密な付き合いをする様になったのだ。


 エリスとの婚約はまだだけど、周囲は暗黙の了解として理解を示している。僕とエリスの関係を邪魔する人は、周りに誰もいなかったんだ。


 それは僕とエリスの結婚が、パール王国にとって望ましい展開だから。勇者として期待される僕が、未来の騎士団長――王国の剣の道を選ぶ事を意味するからだ。


 王様だけでなく、教皇すらもその未来を望んでいる。そんな周囲の期待を他所に、僕とエリスは望まれぬ会話を続けていた。


「僕にもエリスの言う、真っ白な世界が理解出来たよ。本当に辟易してしまうね……」


「ふふふ、ご理解頂けて嬉しいです♪」


 今の僕はクリストフ家にお邪魔していた。エリスの部屋で二人っきりで向かい合って座る。


 婚前である侯爵令嬢の彼女が、密室で男性と二人きり。本来ならば宜しくない状況だろうが、関係を深めて欲しい周囲は見て見ぬ振りだった。


 エリスはニコニコと笑みを浮かべている。テーブルに肘をつき、前のめりになって僕の事を見つめていた。


 彼女は本当に嬉しそうな雰囲気を滲ませながら、僕へと蕩ける笑みを向けていた。


「この空虚な世界にアレックス様だけです。アレックス様だけが、私の世界に色を与えてくれるのです……」


「うん、僕もエリスが居てくれて良かった。こんな真っ白な世界に居たら、頭がおかしくなりそうだよ」


 エリスと出会ってから二年。僕達は互いに意見を交換し合い、この国の在り方を語り合った。


 僕の感じていた疑念は、僕だけが抱いていた物では無い。そう確信を持てた事で、僕はこの国の色に染まらずに済んだ。


 もし、知らず知らずの内に毒されていたらと思うとゾッとする。場合によっては、僕がソリッドを嫌悪する未来すら有り得たのだから。


「ただ、この状況をどうするかだ……。皆の意識を変える手段があれば良いんだけど……」


 どんなに気持ち悪いと思っても、僕とエリスの二人ではね。この国の上層部に根ずく意識を、丸っと変える事なんて出来はしないだろう。


 そんな僕の漏らした言葉に、エリスは静かに押し黙った。何かを言いたそうだったが、それを問う直前に事は起きた。



 ――バンッ!



 部屋の外で何かのぶつかる音がした。何事かと思った僕は、席を立って窓から外を覗く。


 僕達の居る部屋は二階だった。そして、すぐ足元の人気のない場所に、三人の男性を確認した。


「あれはアレイン家の子供達ですね。二人の兄は執事としての修行中。三男は未成年で、出来損ないと噂されておりましたが……」


 エリスが僕の隣に立ち、彼等の説明をしてくれる。そして、つまらなそうに、空虚な瞳を眼下へ向けていた。


 状況的には三男が殴られて、壁に叩きつけられたらしい。倒れる弟に対して、二人の兄が何やら怒鳴りつけている。


「マッシュ! ここには来るなと言ったはずだ! 父さんに恥をかかせる気か!」


「出来損ないのくせに! 俺達の言い付けも守れず、何が出来るって言うんだ!」


 兄の二人は赤色の髪で、そろって黒いスーツ姿。対する弟は灰色の髪で、みすぼらしいボロボロの服を着ていた。


 マシュと呼ばれた弟は、ギュッと手を握り締める。そして、怒りに燃える目で、二人の兄へと睨み返した。


「俺は出来損ないじゃない……。俺だって、兄さん達と同じ様に働けるんだ!」


「黙れよ! 出来損ないが!」


 反論するマッシュの腹に、兄の蹴りがめり込む。そして、倒れる弟に対して、その頭を踏みにじった。


「お前の母親は魔族の血が混じっていた! だから、お前みたいな奴が生まれたんだ!」


「違う……。母さんは、魔族の血なんか……」


 彼等の会話を聞く限り、マッシュは腹違いの子みたいだ。そして、母親が魔族とのハーフか何かなのだろう。


 それは農村ならともなく、この王都では迫害を受ける対象である。魔族の血が混じる――黒に属する者は、忌避すべき存在とみなされるからだ。


「ああ、やっぱり気持ち悪いな……」



 ――トン……。



 窓から飛び降りた僕は、軽やかに着地する。今の僕であれば、二階程度の高さはなんて事は無い。


 そして、僕がマッシュを庇う様に立ちふさがった。僕の登場に戸惑う二人に、僕は低い声で問い掛けた。


「何故、こんなことを?」


 二人は困惑した表情だったが、すぐに視線を二階へと向けた。僕の飛び出した窓には、笑顔で手を振るエリスの姿があった。


 エリスは彼等や父親が仕える主人の娘だ。その彼女と一緒に居た事で、僕が誰なのかに思い至ったのだろう。


 彼等は顔を真っ青にしながら、媚びた笑みで言い訳を始めた。


「ほ、本日はいらっしゃったのですね、アレックス様。お見苦しい所をお見せしました……」


「出来の悪い弟を躾ていただけです。ご不快でしたら、場所を変えさせて頂きますので……」


 きっと彼等は、僕が立ちふさがる理由がわからないのだろう。ただ、僕から不機嫌さが滲み出ている事で、不味い状況と判断しているだけだ。


 だから、僕の問いに答えない彼等に、僕は同じ質問を繰り返す。


「僕は何故と聞いたんだ。どうして弟に手を上げている?」


 二人は不思議そうに互いの顔を見つめ合う。そして、戸惑った様子のまま、僕へと説明を始めた。


「灰色の髪をしてるでしょう? こいつは後妻の子で、魔族の血が混じってるんです」


「ええ、白神教の教えに従って、こいつに自分の立場をわからせてやってたんですよ」


 僕は彼等の返答に大きく息を吐く。残念なことに、それは想像通りの答えであった。


 そして、僕は彼等に冷たい視線を向けつつ、正しい教義を彼等に伝える。


「白の神ブロンシュ様の教えを誤解しているね。その教義は『隣人を愛せよ』、『理性的な行動を心掛けよ』の二つに要約される。白を崇めて黒を迫害しろ何て、どこにも書かれてはいないんだ」


 僕は白神教の総本山に出入りしている。その教義を正しく学んでいるし、古い経典にも目を通している。


 白を崇める文化は、神官達が人々に語る言葉でしかない。その根拠はどこにもありはしないのだ。


「半分とはいえ、血の繋がった兄弟なのだろう? 彼に対する暴力を、ブロンシュ様が望むと思うのかい?」


「「い、いや、それは……」」


 彼等は気まずそうに視線を逸らす。ただそれは、自分達が悪いと思ってでは無い。勇者である僕――神に選ばれし者に、意見する訳にいかないからだ。


 だから僕は、平謝りする彼等に去る様に告げる。僕の言葉が届かない相手と、これ以上の問答は無用だと判断したんだ。


 その代わりに、地面に座り込むマッシュへ、僕は光の魔術を行使した。


「……温かい。これは治癒魔法ですか?」


「僕の魔法は神聖魔法では無くてね。気休め程度だけど、傷の治りは早くなるはずだよ」


 僕が使えるのは光魔術である。身体の活性化で、治癒能力を高める事は出来る。しかし、神官の使う神聖魔法とは違って、瞬時に傷を癒したりは出来ない。


 精霊の力を元にするか、神様の力を元にするかの違いがあるらしい。詳しい所は教育係も知らないみたいだけどね。


 マッシュは不思議そうに僕を見つめていた。口の端が切れて、頬が腫れた彼の姿に、僕はポツリと言葉を漏らした。


「兄が弟に手を上げるなんて、とても悲しい事だ。兄とは弟を守る存在だろう?」


「え……。そうなんですか……?」


 問い掛けて何だが、彼にとっては常識では無いのだろう。あの兄達の元で育った彼は、兄に守られる状況なんて想像も出来ない気がする。


 ただ僕にとっては、そんな常識は歓迎すべきものでは無い。壊すべき常識なのだろうと思えた。


 不思議そうなマッシュの顔が、ソリッドの顔と重なって見えた。その姿に僕が胸を痛めていると、頭上からエリスの声が届く。


「ねえ、マッシュ。貴方は私に仕えなさい」


「え……?」


 マッシュは驚いた顔で二階を見上げる。そして、ニタニタと笑うエリスの姿に、ビクリと身を震わせた。


 しかし、エリスはそんなマッシュの態度も気にせず、狂気の混じる瞳で彼を見つめ続けていた。


「貴方はきっと、アレックス様のお役に立てる。きっと将来、必要な力になるはずだわ」


「俺が、アレックス様のお役に……?」


 その言葉を聞いて、マッシュの目の色が変わる。彼の気持ちが前向きになったと知り、エリスは笑みを深めてこう告げた。


「だから、私が貴方を育ててあげる。貴方はアレックス様の優秀な道具となりなさい」


「……わかりました。宜しくお願いします!」


 気付くとマッシュが、エリスに仕える事になってしまった。それも何故か、僕の優秀な道具になる事を目指して。


 この状況をどうかとは思うけど、珍しくエリスが他人に興味を示した。そして、マッシュもエリスの狂気に怯まず、受け入れられる稀有な存在らしかった。


 なのでまあ良いかと、僕はこの状況を受け入れた。そして、僕達三人は共に行動する仲間になったんだ。

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