新人冒険者
ギルドマスターの指名依頼により、俺は対象の後を追い続けていた。場所は王都に近い森の中で、追跡対象は二人の少女である。
一人は頭に迷彩バンダナを巻いた、栗毛色でショートカットの盗賊。レザージャケットにハーフパンツと、動きやすい姿の快活な少女である。
もう一人は青色のローブに身を包んだ、水色でロングヘア―の少女。こちらは魔術師であり、眼鏡をかけた瞳はオドオドと周囲を見回している。
二人とも冒険者として登録し、今回が初のクエストである。危険の少ない安全な内容だが、その心情はまさに真逆。盗賊の少女は気楽な様子で、魔術師の少女は不安気な様子であった。
俺は木陰に隠れて、二人の少女を見つめ続ける。これは依頼、これは依頼と自分に言い聞かせ、俺は静かに後を追い続けた。
「――む。目的の魔物と接敵したな……」
少女達の目の前に、一匹の魔物が現れた。一メートル程のサイズを持つ、緑の体を持つ芋虫。名前はグリーンキャタピラーと言う。
春頃になると大量に発生し、キャベツ等の野菜を根こそぎ食い尽くす。農家さんの天敵であり、この時期は良く領主等からの駆除依頼が出されるのだ。
そして、奴は動きが遅く、直接的な攻撃手段は持たない。初級冒険者には良い経験値となる魔物でもある。俺は息を殺して、じっと二人の行動を観察し続ける。
「そっれじゃあ、いっくよー!」
「あ、待って! みーちゃん!」
盗賊の少女がみーちゃん――正確にはミーティア=サマー。彼女は厚手のグローブを付けた両手を、ガバッと大きく広げる。そして、相方の静止も聞かず、そのままグリーンキャタピラーへと飛び掛かった。
「……何故、素手で?」
腰には鞘に収まった短剣も見える。今回の依頼はグリーンキャタピラーの討伐のはずだ。俺には彼女が、何故武器を手にしないか理解出来なかった。
首を傾げつつも、俺はミーティアの行動を見守る。すると、飛び掛かって来た少女に驚き、グリーンキャタピラーが口から糸を吐き出す。
「うわあっ、何だこれ! ベトベトするんだけど!」
「あわわっ。みーちゃんが、グルグル巻きに……!」
グリーンキャタピラーの吐く糸は、瞬時に固まって非常に硬くなる。あれを浴びた冒険者は、手や足を封じられ、一時的に行動が制限されることになるのだ。
しかし、ミーティアは下手に暴れまわった事で、器用に全身をグルグル巻きにされていた。少女を簀巻き状態にすると、グリーンキャタピラーはそそくさと茂みへ逃げ出した。
「……何が、したかったんだ?」
ミーティアの行動が理解出来ず、俺は戸惑い続けていた。そして、ミーティアはジタバタともがき続け、相方の魔術師はオロオロとし続けている。
どうも、二人は自力で糸を解けないみたいだった。本来は様子見を続けるつもりだったが、この状況を放置する訳にもいくまい。俺は大きく溜息を吐くと、木陰から離れ、少女達へと近づいて行く。
「困っている様だな。よければ、手を……」
「――こ、来ないで! この変質者……!」
……言い終わる前に拒まれたのだが? いくらなんでも酷すぎないか?
魔術師の少女は怯えた様子で、ミーティアを背に隠す様に俺に立ちはだかっている。俺は動揺を見せない様に、心を落ち着かせながら彼女へ語り掛ける。
「い、いや……。俺は彼女の事を、助けようとだな……」
「身動き出来ないからって! 何をするつもりなのっ?!」
……物凄く警戒されている。俺が何を言おうとも、聞く耳を持たないという態度であった。
俺は泣きたい気持ちを押し殺し、どうしたものかと押し黙る。すると、魔術師の少女の背中から、芋虫状態の少女がヒョッコリと顔を出した。
「くーちゃん、もしかするとこの人は、助けようとしてくれてるんじゃない?」
おぉ、ナイスフォローだ! ミーティアが俺の気持ちをわかってくれた!
俺は嬉しさから、つい笑みが零れてしまう。すると、くーちゃんこと、クーレッジ=イヴェールが、激しい剣幕で首を振った。
「そんな訳ないよ! 見てよあの殺人鬼のような瞳! 今もニヤリって、いやらしい笑みを浮かべてるじゃない!」
もしかして、俺の笑顔って、いやらしく見えるのか? ハッキリ言われた事は無いが、確かにこれまで微笑んだ相手から目を逸らされた事はある……。
そして、魔王軍相手にはなるが、俺はそれなりに手を掛けた相手もいる。そういう意味では、彼女の言い分があながち間違っていないので否定しずらい……。
何も言えずに黙っていると、ミーティアが不思議そうに首を傾げる。そして、俺に対してニコニコと笑みを向けて来た。
「そんな悪い人には見えないけど? ねぇねぇ、そこのお兄さん。この糸をどうにか出来ないかな?」
「――あ、あぁ! 勿論、糸ならばどうにか出来る。一番簡単なのは焼いてしまう事だが……」
「――みーちゃんの服を焼くつもりっ?! みーちゃんを裸にして、それでいかがわしい事を!」
最後まで言わせて欲しい。それは金属鎧等の、燃えない素材に付着した時だけだと言おうとしたのだ。
他にも酸系の液体や魔法でも溶かせるが、言えば同じ結果が目に見えている。俺は簡潔に、実用的な手段のみを口にする事にした。
「……他の手段として、高質化した糸なら叩き割る事も可能だ。手頃な鈍器が無ければ、程よいサイズの石を拾っても良いだろう」
「へぇ、糸なのに割れるんだね。くーちゃん、お願い出来る?」
「う、うん……。ちょっと待ってね……」
クーレッジは近くに落ちていた、こぶし大の石を拾い上げる。そして、コンコンと糸に打ち付けると、その一部がパキリと割れた。
「あ、本当に割れたね! これで何とかなりそう!」
「時間は掛かりそうだけど、これなら何とか……」
クーレッジは一生懸命に、高質化した糸を削っていく。非力な魔術師の少女である為、一気に叩き割るだけの力は無いみたいだ。
恐らく、俺がやれば一発で叩き割れるのだろう。しかし、そう提案することで、どんな反応が返って来るかわからず、俺はその言葉を飲み込まざるを得なかった。
その代わりに、二人から距離を保ったまま、ミーティアに対して疑問を投げかける。
「そういえば、グリーンキャタピラーと戦っていた様だが、どうして短剣を使わなかった? 弱い魔物とはいえ、流石に素手で倒すのは難しいと思うのだが……」
一瞬、覗いていた事を咎められないかと不安に思った。しかし、クーレッジは糸を割るの必死で、俺の話を聞いていないらしかった。
その代わりに、ミーティアがキョトンとした表情で首を傾げる。そして、不思議そうに俺へと答えを返した。
「どうしって、私は盗賊だからね。『盗む』のが私の仕事でしょ?」
「……何だと?」
盗賊のスキルには、確かに『盗む』が存在する。基本スキルの一つであり、習得する盗賊はそれなりに多い。
しかし、盗賊の仕事が『盗む』? 勿論、スリ等で生計を立てる不埒な盗賊なら、『盗む』が仕事の場合もある。
しかし、今回はパーティーを組んで、魔物を相手にしているのだぞ? ならば、盗賊が行うべき仕事はもっと別にあるはずだが……。
「例えば、『石つぶて』で魔物の気を引いたり、『目つぶし』で相手を盲目状態にするスキルもある。盗賊の仕事と言えば、そういう補助的な行動だと思うのだが……」
盗賊が基本スキルとして良く習得するスキルである。『石つぶて』は離れた魔物を引き寄せるのに使う。『目つぶし』は砂を掛けて、一時的に相手の視力を奪うのに使う。
そういったパーティーのサポートが盗賊の役割のはず。それが常識と考える俺に対し、ミーティアは面白そうに笑いながら答えた。
「やだなあ、お兄さん! 盗賊は『盗む』から盗賊なんだよ? 『盗む』を取ったら、それはもうただの賊になっちゃうよ!」
「え? 賊……?」
賊って何だっけ? 盗賊と賊の違いが咄嗟に判らず、混乱して来たのだが?
うーむ、盗賊とは何なのか? 『盗む』を使わねば盗賊ではないのか?
これはきっと、哲学的な問いなのだろう。何故だか俺は少女の言葉に、常識を根本から揺るがされていた……。
「……あ。みーちゃん、糸が取れたよ!」
「本当だ! ありがとう、くーちゃん!」
笑顔で喜び合う少女達を前に、俺は一人で頭を捻り続ける。ただ残念な事に、俺には盗賊の定義について、明確な答えを捻り出す事は出来なかった……。