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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
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アレックス、十一歳の記憶

 王都で暮らして一年になる。基本は騎士団の宿舎で寝泊まりし、午前中は騎士団の訓練に参加している。


 そして、午後からは白神教の総本山で魔術の訓練。それに合わせて、白神教の教義を叩き込まれている。


 環境は恵まれており、生活面も貴族並みに好待遇。教育係も優秀な人達で、とても好意的に接してくれている。



 ――けれど、それでも僕の中には疑念が生まれていた。



 白神教は白の神様を祀る国。白色を最も尊い色とし、誰もが篤い信仰心を持っている。


 この国で過ごす以上、僕の中にもそういう感覚はある。それを疑問に思った事も無かった。


 しかし、王宮や教会本山に出入りする中で、その考えが正しいのかと疑問に思う様になった。


「――全ては白の神の御意思。人族はその教えに殉ずるべきなのです」


「――白の神に選ばれた存在。それは至高の存在であり、尊ばれる者」


「――白にあらねば人に非ず。黒を崇拝する者とは相いれないのです」


 教会内でも高位の者にその思想は強い。魔族や黒色に対して、差別的な意見が目立つのだ。


 そして、それは神官に限った話ではない。王侯貴族でも高位の者は、同様の思想が色濃かった。


 僕を丁寧に遇するのは、白神教の教えに従うから。だからこそ、農民の子であろうとも王族並みの待遇が約束されている。


 しかし、それは逆に冷遇される存在が居る事も意味する。黒目黒髪のソリッドなんて、その最たる存在であろう。


 ソリッドの存在を知る教会は、彼の存在を隠したがっている。僕と彼が兄弟である事で、『勇者』の存在が汚れると言わんばかりに……。


「気持ち悪い……。何なんだこれは……」


 今の僕は騎士団の訓練を終え、訓練所脇で休憩を取っていた。床に座り込みながら、一人で不満を零していたのだ。


 僕が一人になりたがると、騎士団の皆が気を使ってくれる。こういう時の僕には、誰も近寄らない様にしてくれていた。



 ――なのに、背後から不意に声が掛かる。



「うん、そうだよね。みんな、気持ち悪いよね」


「え……?」


 独り言が聞かれていた。その事に慌てて振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。


 年齢は恐らくパッフェルと同じくらい。腰まで伸びた黄金の髪と、青い瞳を持つ少女。


 パッフェルより大人びていて、綺麗な顔をしている子だ。だけど、その微笑みは何故か僕の胸を不安にさせる。


「同じ言葉に、同じ考え。どうしてこの世界は真っ白なんだろうね?」


「この世界が、真っ白だって?」


 この世界は真っ白なんだろうか? 僕が知る世界は、もっと色とりどりだと思うんだけど……。


 けれど、ふと彼女の姿に気付く。高級そうな真っ白なドレス姿。彼女は貴族の家の娘かもしれない。


 だとしたら、彼女にとって世界は真っ白なのだろう。真っ白に染まった、貴族の世界しか知らないのだから。


「……どうして君は、ここに居るの?」


 ここは騎士団の訓練所だ。貴族の娘であっても、無関係な人が入れる場所では無い。


 ましてや今は僕が居るのだ。城の警備は通常より厳しくしていると聞いているしね。


 そして、彼女は僕の問い掛けに対して、スカートの端を摘まんで綺麗な一礼を見せた。


「アレックス様、お初にお目にかかります。私はエリス=クリストフ。クリストフ家の長女です」


「クリストフ家……?」


 その名で僕は気付く。彼女は騎士団長の娘さん。だからこそ、ここに出入りが出来るのだと。


 しかし、出入り出来るとは言え、ここに居る理由にはならない。僕が首を傾げていると、彼女は微笑みながらこう告げた。


「父の言い付けでこんな姿ですが……。実はアレックス様にお願いがあって参りました」


「僕にお願い?」


 何のお願いかと不思議に思っていると、彼女はパンパンと手を叩く。そして、離れた場所から使用人の男性が駆けてくる。


 その使用人の男性は何故だか、布にくるまれた巨大な荷物を抱えていた。彼女はその荷を受け取ると、その布を解きながら僕へと向き直る。


「私とお手合わせ頂けませんか?」


「は……?」


 目の前の少女は、巨大な剣を手にしていた。自分の身長よりも長い剣を、片手で軽々と構えていた。


 余りにもアンバランスな姿。そして、彼女の顔には猟奇的で、挑戦的な笑みまで浮かんでいた。


 その奇妙な存在に、僕の背中はゾクリと震える。けれど、それは恐怖等ではなく、彼女に対する強い興味だったんだ。


「うん、わかった。それじゃあ、手合わせしようか」


「本当ですか! お受け頂いた殿方は初めてです!」


 彼女はパッと明るい笑みを浮かべる。先程の猟奇的な笑みでは無い。年頃の娘さんが浮かべる笑みだ。


 僕は剣を手に取ると、訓練場へと足を向ける。ニコニコと笑みを浮かべる彼女と、二人で並んで開けた場所で対峙した。


 周囲の騎士達がざわついている。止めるべきか、判断に困っている感じだった。なので僕は、微笑みながら彼女に告げた。


「時間は無さそうだね。手早く済ませてしまおう」


「ええ、承知しました。それでは参りますわね?」


 彼女は合図も無く、唐突に飛び出した。巨大な剣の重さも気にせず、軽やかなステップで踏み込んでくる。


 しかし、彼女の動き自体は決して早くない。それに巨大な剣故に大ぶりな動作で、その軌道も読みやすい。


 僕は彼女の方へと踏み込むと、位置を入れ替える様に彼女の背中に回り込んだ。



 ――ゴッ、ガァァァン!!!



 振り下ろされた剣は、大地にぶつかり爆発を産む。僕の立っていた場所は、巨大な剣がめり込んでいた。


 当たれば一撃必殺と言える威力だ。通常の感覚であれば、彼女と手合わせしたい者はいないだろう。


 けれど、僕はソリッドと一緒に育った。仲間の居ない悲しみを知っている。僕には彼女を放っておくなんて出来なかったんだ。


「――まあ、それはそれとしてだ」


 僕は手にした剣を軽く振り下ろす。そして、彼女の肩の上にそっと置いた。


 彼女は己の剣を大地から引き抜くと、ゆっくりと振り返りながら微笑んだ。


「私の負け、という事ですわね?」


「うん、そう思って貰えるかな?」


 お互いに全力では無いし、納得して貰えるか不安はあった。けれど、その心配は杞憂に終わる。


 彼女は手にした剣を地面に刺し、僕へと恭しく一礼して来た。


「アレックス様は私の見込んだ通りの御方でした。本日はお付き合いありがとう御座います」


「この程度はお安い御用さ。僕で良ければいつでも付き合うよ」


 まあ、周りがそれを認めるかは別問題なんだけどね。それでも僕は彼女を受け入れると、その意志は示せたんじゃないかな?


 実際に彼女はクスクスと笑うと、上目遣いにこんな事を言ってきた。


「後ほど、お父様から話があるはずです。前向きにご検討頂ける事を祈っておりますわ」


「騎士団長から? 何の話だろう?」


 何の話かは予想も出来ない。僕は首を捻るが、彼女は悪戯っぽく微笑むだけだった。


 そして、彼女は爽やかな笑みを浮かべて去っていく。少し前に見せた、猟奇的な笑みが嘘みたいだった。


「うーん、中々に個性的な子だったな」


 訓練場には大きな穴が残されていた。非現実的な怪力だったけど、あれが現実なのは間違いない。


 奇妙な令嬢だったけど、これまで出会ったどんな子より面白い。機会があれば、今度はゆっくり話してみたいなと思った。



 ――なお、この少し後に騎士団長が慌てて駆け込んでくる。



 騎士団長は娘の事で頭を下げる。そして、内緒の話があると、僕は彼の執務室へと引っ張られて行く。


 そして、僕は騎士団長から、エリスとの婚約について打診された。答えは急ぐ必要が無いと添えられた上で……。

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