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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章(裏) 光の勇者と根暗アサシン
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アレックス、十歳の記憶

 花祭りに参加した結果、やはり僕は勇者に選ばれた。それは半ば予想していたし、期待通りで良かったと思っている。


 ただ、想定外の展開もあった。それが王都で生活し、勇者として修行しないといけない事だ。いきなり家を出る羽目になるとはね……。


 両親は話したら、好きにして良い言われた。勇者になりたいなら成れば良い。成りたくないなら、成らないで済む手段を探してくれるらしい。


 ……とはいえ、成らないと言う選択肢は難しいだろうね。王様と教皇様からの要請なのだ。断ると後が怖い事になりそうだ。


 それに、ソリッドが望んでいるんだよね。僕が人族の希望として、皆の期待する勇者になる事をさ。


「――という訳なんだ。パッフェルはどう思うかな?」


 今の僕は実家のリビングに立っている。目の前にはソファーに寝転ぶ妹のパッフェル。


 ダラダラとしていた妹に、僕は花祭りの経緯を説明したのだ。けれど、妹はこちらを向きもせずに返事を返す。


「お兄ちゃんの好きにしたら?」


 意見を聞いたら冷たく返された。言葉は似ていても、両親の台詞とは真逆の無関心さだ。


 僕はガックリと肩を肩を落とす。するとパッフェルは、溜息を吐いて僕に視線を向けた。


「お兄ちゃんは王都に行くって、内心では決めてるんでしょ? ただ誰も引き留めてくれないから、寂しくて私にも声掛けただけで」


「うわ、そんな身も蓋もない……」


 パッフェルの言葉にグサッと来た。モヤモヤした気持ちを抱えていたが、まさか妹に確信を突かれるとはね……。


 うん、僕は引き留めて欲しかったんだ。誰もが僕が勇者になる事を祝ってくれる。喜びはしても、家を出る事を悲しんでくれないのだ。


 それを寂しく思うなんて我ながら情けない。そして、八歳の妹にそれを指摘されるのもね……。


「一応、言っておくね。私は約束を忘れてないよ。三人で旅に出るって約束」


「それって四年前の? 僕が旅立つとしたら、魔族との戦いになるんだよ?」


 僕が六歳で、パッフェルが四歳の時の約束だ。その時は勇者の旅が、魔族の戦いになるとは考えていなかった。


 けれど、十歳になった今なら、それが戦争を意味するとわかる。子供の時に考えていた、楽しいだけの旅では無いって事をね。


 それだと言うのに、パッフェルは姿勢を正して座り直し、僕に向かって真っすぐ告げる。


「ソリッドはわかってる。それでも付いて行く気でいる。だから、私も付いて行く。二人みたいには戦えないだろうけど、私にしかできない戦い方をするつもりだから」


「それって村長から学んでる商売の事かな?」


  僕が問いかけると、パッフェルはコクリと頷いた。その顔は真剣であり、冗談で言っている訳では無いとわかる。


 この時の僕は、パッフェルの才能に気付いていなかった。だから、内心ではそれでは無理だと思っていた。


 けれど、パッフェルは一度言い出したら聞かない子だ。僕が無理だと言っても、それで諦めたりはしないと思ったんだ。


「うん、そっか。なら頑張って、しっかり勉強するんだよ?」


「…………うん」


 パッフェルはじっと僕の瞳を見つめ、しばらくしてから小さく返事をした。妹はソリッド以上に感情を表に出さないタイプなので、僕では何を考えているかわからない。


 その点、ソリッドは凄いと思う。パッフェルの考えを全て把握している。言葉も表情も不要で、妹の全てを理解してしまうのである。


 たまに心を読んでいるのかと思う時もある。ただ、本人が言うには普段から観察していれば、家族の感情くらいはすぐわかるとの事だ。


 まったく、凄い才能の持ち主だよね。花祭りで才能無しって言われたのが、嘘では無いかと思える程にさ……。


「――っと、そういえば。今更だけど聞きたい事があるんだ」


「うん? 聞きたい事ってなに?」


 僕の言葉にパッフェルが首を傾げる。こういう時のパッフェルは、無表情じっと見つめてくる。


 顔立ちは可愛らしいんだけど、人形でみたいで少し怖い。勿論、本人に言ったりはしないけどね。


「僕の事はお兄ちゃんって呼ぶよね。けど、どうしてソリッドは呼び捨てなんだい?」


「本当に今更だね……」


 パッフェルが呆れた表情を浮かべている。ソリッドと生活して五年になるので、そう言いたい気持ちはわかる。


 けれど、これまで聞く機会が無かったのだ。そして、僕が家を出てしまうと、その機会は更に減ってしまうと思ったんだ。


 だから、この機会に聞いてみようと思った。そんな僕の問いに対して、パッフェルは当たり前という感じで軽く答えた。


「私のお兄ちゃんは、アレックスお兄ちゃんだけ。ソリッドはお兄ちゃんじゃないから」


「え? ソリッドが拾われた子だから、家族と思って無いってこと……?」


 ソリッドが家に来たのは、パッフェルが三歳の時だ。森で一人だったソリッドを、僕の母さんが保護して家族に迎え入れた。


 僕も両親も、それ以降はソリッドを家族として扱っている。僕達は兄弟として育って来たはずなのだ。


 しかし、パッフェルはソリッドを兄と思っていなかった? そうショックを受ける僕に、パッフェルは眉を吊り上げた。


「怒るよ? ソリッドは大切な家族。お兄ちゃんよりも大切な家族だからね?」


「いや、ちょっと待って。そこで僕よりって、言う必要あった?」


 怒らせてしまったからかな? 僕の反論も冷たい視線で睨み返されるだけだった……。


 ただ、パッフェルが何を言いたいの、僕にはかわからない。僕が首を捻っていると、パッフェルは溜息とともに告げた。


「ソリッドはソリッド。家族だけどお兄ちゃんじゃない。普通の家とかは関係ない。私はソリッドをそういう存在と思ってるってだけ」


「うぅん……。まあ、大切な家族と思ってるなら、それで良いのかな?」


 パッフェルの考えは良くわからない。理解出来るの何て、ソリッドくらいのものだろう。


 なので、僕には理解出来ないと判断した。まあ、妹がソリッドを大好きなのは間違いない。それで良いかというのが、僕の正直な意見だった。


 僕は肩をすくめ、荷造りの為に部屋に向かう。しかし、僕の背中に向けて、パッフェルから声が掛かった。


「……小まめに手紙出してよ」


「え……?」


 何の事か理解出来ず、僕はパッフェルの方へと振り返る。すると、パッフェルはそっぽを向いて、小さな声で呟いた。


「……じゃないと、ソリッドが寂しがるでしょ」


「……ああ、うん。王都に着いたらすぐ出すよ」


 少し遅れて理解した。僕が王都で生活したら、連絡もろくによこさないと思ったのだろう。


 だから、僕に釘を刺したのだ。恥ずかしそうに頬を染め、気まずそうに視線を逸らしながら。


「約束する。出来るだけ沢山手紙を出すって」


「……私からソリッドに、そう伝えておくから」


 そう言うとパッフェルは、ソファーにうつ伏せに寝転んだ。話は終わったとばかりに、顔を完全に隠してしまう。


 僕はその姿を見て、少しだけパッフェルの気持ちがわかった。どうやら僕は、思ったより妹から嫌われていなかったらしい。


「ははは、ちょっとだけ気持ちが軽くなったね」


 我ながら現金だと思う。けれど、僕が家を出ると、寂しく思う人が居てくれる。そうわかると嬉しくなるものなんだ。


 僕は王都での生活に対して、少しだけ不安が晴れた。そして、頑張って家族が誇れる勇者を目指そうって思えたんだ。

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