アレックス、六歳の記憶
僕の名はアレックス。農家の息子であり、パッフェルの兄。そして、ソリッドの兄でもある。まあ、ソリッドが年下かは、良くわからないんだけどね。
そして、ソリッドの兄となって一年が経った。今日の僕はソリッドと一緒に、僕の持つ不思議な力について話し合っていた。
「やっぱり、お日様の下だと強くなるみたいだね」
「凄いね、アレックス。大人にも負けない力だよ」
現在、僕は大人用の鍬を使って畑を耕している。父さんなら重そうに扱い、すぐに力尽きる重さがある。それを難なく扱えていた。
ちなみに、母さんは少し離れた畑で、同じように畑を耕している。そして、鍬を枝切れの様に軽々と振るっている。
アレと比べると、僕もまだまだ子供に見えてしまう。けれど母さんは村一番の力持ちだ。アレと比較するのは良く無いだろう。
僕は母さんの手伝いをしつつ、ソリッドに向かって僕の考えを伝える。
「夜はこんなに力が出ないし、曇りの日もイマイチになるんだ。だから、僕はお日様の光を浴びると、強くなるんだと思う。ソリッドはどう思う?」
「うん、間違ってはいないと思うよ」
間違ってはいない? それは正しくもないって意味かな?
僕は鍬を振るうのを止めて、ソリッドに視線を向ける。ソリッドはパッフェルと手を握りながら、並んで僕の事を見つめていた。
なお、僕は力が強いので畑仕事を手伝うが、ソリッドは年齢相応の力しかない。なので、畑仕事を手伝う代わりに、パッフェルの子守りを担当している。
それはさておき、先程の発言を疑問に思った僕は、ソリッドに対して質問する。
「ソリッドは違う考えを持ってるのかい?」
「うん、そうだね。合っているか自信は無いんだけど……」
ソリッドは僕の質問に対し、答えを言い淀む。彼は基本的に無口だし、自信が無い素振りを見せる事が多い。
村の人達に色々言われてるのが影響しているんだろうね。僕はいつも庇っているけど、それでも陰口を無くす事は出来ないからな……。
僕は残念な気持ちを抱きながらも、ソリッドの答えを待つ。すると、ソリッドは躊躇いがちに、自分の考えを口にした。
「アレックスは加護を持ってるんだと思う。それも、光の精霊の加護を……」
「光の精霊? それって勇者様が持つ加護じゃないの?」
このフェイカー村でも白神教の教えは浸透している。村人の殆どが花祭りで判定を受けるし、その教義を聞く機会も多くある。
だから、勇者様や精霊の事は何となく知っている。そして、精霊の中で一番偉いのが光の精霊だってことも。
「うん、そうなんだ! 光の精霊の加護を持ってたら、勇者様って認められるかも! アレックスは大人になったら、勇者様になれるかもしれないんだよ!」
「ふーん、勇者様かぁ……」
珍しくソリッドが興奮していた。僕が勇者になれることが、そんなに凄い事なのかな?
教会の教えでは勇者様は人族を守る剣。魔王に対抗できる存在であり、何度も魔族の脅威を跳ね除けた偉い人だと言う。
カッコいいとは思うけど、あまり実感が無いんだよね。魔族が危険だって言われてるけど、僕は実際に見た事が無い訳だしさ。
正直、勇者様になれるとしても、それで嬉しいとは思わない。ただ、それでも僕はソリッドに聞いてみた。
「ソリッドは僕が勇者様に成ったら嬉しいかい?」
「当たり前じゃないか! 勇者様は聖人なんだよ! 王様と同じ位に偉い人なんだからね! アレックスが勇者様になれるなら、嬉しいに決まってるだろ!」
おっと、凄い勢いで返事が返って来たぞ。ここまで感情的なソリッドは珍しいな。
それだけに、ソリッドが本気だと伝わって来る。僕が勇者様になったら、彼は本当に喜んでくれるんだろうね。
そして、ついでにパッフェルに視線を向ける。妹は畑から顔を出すミミズを見つめている。勇者様の話には無関心みたいだ。
まあ、四歳のパッフェルには、まだ良くわからないか。それに妹はソリッドの事以外には、あまり関心を示さないしね。
後は両親だけど、こちらも興味は無いだろうな。僕達の両親は地位や名誉に限らず、あらゆる欲から無縁の人達だからね。
「……けれど、ソリッドが喜ぶのなら、勇者様になっても良いかな」
「うん、アレックスなら成れるよ! きっと多くの人達を助けて、皆から求められる凄い人に!」
まだ六歳の僕には、大人になった自分が想像できない。けれど、ソリッドが期待するなら、それに応えたいとは思った。
そして、キラキラした目を向けるソリッドに、僕は微笑みながら質問した。
「もし、僕が勇者様になったとしたら、ソリッドは一緒に戦ってくれるのかい?」
「え……? 僕が、アレックスと一緒に……?」
僕の問い掛けに、ソリッドはポカンと口を開く。驚きのあまり、そのままの姿で固まっている。
そんなソリッドの姿に僕は思わず笑ってしまう。いつも冷静なのに、時々こういう間の抜けた姿を見せる事があるんだよね。
「そりゃそうだよ。僕はソリッドの期待する勇者様になる。けれど、僕が一番守りたいのは君なんだ。僕としては、一緒に居て欲しいんだけど?」
ソリッドと過ごして一年になるけど、僕は彼の事が大好きだった。無口で控えめだけど、誰よりも優しくて、誰よりも気遣いをしてくれる。
村の子供達と遊ぶこともあるけど、正直ソリッドと遊ぶ方が面白いとも思う。彼ほどに僕の事を理解してくれるのは、両親を除けば他に居ないだろうしね。
だから、僕はソリッドとずっと一緒に居たい。勇者様に成れたとしても、ソリッドと別れるんなら成る意味が無いんだ。
そして、僕が返事を待っていると、ソリッドは意を決した様に口を開いた。
「……うん、わかった。僕もアレックスと一緒に行きたい! アレックスが勇者様に成るなら、僕もその力になれる様に頑張るよ!」
「うん、良かった。それなら僕も、心置きなく旅立てるよ」
大人になったら、ソリッドと一緒に旅に出る。それは何だか、とても楽しい事に思えた。
満面の笑みを浮かべるソリッドに、僕も思わず笑みが零れてしまう。
そして、僕達が見つめ合っていると、先程まで大人しかったパッフェルが、急に慌てて跳ねだした。
「ソリッド、どこ行くの! あたしも一緒にいく!」
「違うんだ、パッフェル。今から出かけるって話じゃなくて……」
パッフェルは僕とソリッドが、今から旅立つと思ったらしい。必死について行くと、ソリッドに訴えかけている。
ソリッドは困った表情で、パッフェルに説明している。しかし、パッフェルは聞く耳を持たず、ずっと付いて行くと言い続けていた。
僕はそんな二人の姿に、また笑い声を上げてしまう。ソリッドが大好きな妹に対して、僕はこう言って聞かせた。
「それじゃあ、パッフェルとも約束だ。大人になったら、皆で一緒に旅に出ようね」
「うん、約束! あたしも一緒に旅に出る! 絶対につれて行ってね!」
僕が約束したことで、パッフェルはようやく納得したらしい。ニコニコと笑みを浮かべて、ソリッドに約束だと言い続けている。
そんな妹の姿に、ソリッドは苦笑を浮かべている。けれど、僕と視線が合うと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「僕も約束する。きっと強くなって、アレックスの助けになるから」
「うん、約束だ。僕もソリッドを助けられる位に強くなってみせる」
子供だったこの時の僕は、勇者になれる事を疑ってもいなかった。本当ならば勇者になれる人なんて、百年に一人の限られた人物であるのに。
けれど、僕はこの九年後に本当に勇者となる。それがどれ程にあり得ない幸運なのかは、この時の僕には知る由も無かった。