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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章 根暗アサシンと光の勇者
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隠された思い

 ガーランド王との謁見が終わり、俺達は客室へと案内された。そして、何故かその客間は俺とアレックスの二人用であった。


 ……確かに俺達は兄弟ではある。しかし、こういう場合は個室が用意されるものではないのだろうか?


 まあ、そんな疑問もあるが、それは脇に置いておこう。折角、二人だけになったのだから、先程のガーランド王とのやり取りについて確認させて貰おう。


「アレックス、先程のやり取りは何だったのだ?」


「ガーランド王の誘いについてかい? あれは僕も予想外だったね」


 俺の問い掛けに苦笑で答えるアレックス。それについては、先程の反応から嘘では無いのだろう。


 しかし、俺が聞きたいのはそこではない。その時にアレックスが口にした別の件である。


「ガーランド王に何を頼んだ? 有事の際に、俺を保護するとはどういう意味だ?」


「それは……」


 俺の問いに言い淀むアレックス。視線も俺から逸らしており、俺には秘密にしておきたかったのだろう。


 しかし、アレックスの放ったあの言葉。俺はあれを耳にして、聞かなかった事には出来そうにない。


『待って欲しい、ガーランド王! それでは話が違う! 私は有事の際に、彼の保護を頼んだだけだ!』


 このセリフは明らかに、有事が起こる事を前提にしている。アレックスが何を想定して、ガーランド王との密約を行ったのかを俺は知る必要があった。


 静かに答えを待つ俺に、アレックスも根負けしたらしい。俺へと視線を戻すと、覚悟を決めた顔でこう話し始めた。


「ソリッドはパール王国をどう思う? このままで良いと思うのかい?」


「どう思うだと? 戦争も終わって、ようやく平和になった所だろう?」


 先日、チェルシー姫も平和な国だと言っていた。戦争も終わった事だし、この先はより平和になって行く事だろう。


 しかし、アレックスはそう思っていないらしかった。彼は渋い顔で首を振り、苛立った声でこう告げた。


「確かに王都の人々……。それも、一定の地位を持つ人達には平和な国だろう。しかし、全ての人々にとって、平和で暮らしやすい国だと思うのかい?」


 俺の脳裏にふっと浮かんだのがミーティアだ。俺の弟子となった、人族と獣人族のハーフの少女。


 彼女が不幸だと言うつもりはない。仲間に恵まれ、彼女自身は幸せそうにしているからな。


 しかし、不遇だとは思っている。魔族の特徴である猫耳を持つと言うだけで、彼女は周囲から偏見の眼差しを向けられるのだから。


「……しかし、誰もが幸せな国などあり得ない。俺にはパール王国が、特別に暮らしにくい国だとは思えないのだが?」


 パール王国は程よい気候に肥沃な大地を持つ国だ。民が飢えで苦しむ事も無く、寒さや暑さで苦しむ事もない。


 西の熱帯であるガーネット王国や、東の亜寒帯のサファイア共和国に比べ、暮らしやすい土地なのは間違いないのだ。


 そして、魔族への偏見や差別等はどこにでもある。しかし、それ以外の部分では、俺はパール王国が他国に劣る環境とは思えなかったのだ。


 けれど、アレックスは俺の返答に、ただ悲しそうに微笑んだ。


「ソリッドにはそう見えるんだね……。けれど、実態はそうじゃない。この国は豊かであるが故に、上の腐敗がどの国よりも酷いんだ」


「上の、腐敗だと……?」


 アレックスは十歳より勇者としての道を歩み始めた。花祭りにて『光の精霊に愛されし者』という加護ギフトが判明したためだ。


 それにより白神教にて光魔法を教わり、騎士団にて剣術を学んでいる。教皇や王族に近い立場で、戦争参加までの五年間を送っている。


 アレックスはその期間に、俺の知らない何かを見たのかもしれない。そう考える俺に対して、アレックスは顔を歪ませてこう続けた。


「あの国では白で無い者に人権は無い。黒に近い者は悪とされる。はっきり言って歪んでいる。あんな者達が国を動かしているなんて、僕は考えるだけでも虫唾が走るんだ」


「アレックス……」


 憎々し気に告げるその顔に、俺は少なからずショックを受けた。正義の使者とも言える彼から、憎悪の感情が出てくるなんて想像も出来なかったからだ。


 声を荒げた訳ではないが、その荒々しい感情は滲み出ていた。兄弟の知らない一面に俺が戸惑っていると、彼は決意を込めた鋭い視線を俺に向けてきた。


「僕はあの国を変える。その時に、ソリッドは一時的にこの国に避難して欲しい。この国であれば、君を不当に扱う事は無いだろうからね」


「……待て、アレックス。国を変えるとは――お前は何をしようとしている?」


 俺に避難を呼びかける以上、国内に居ると不味い事態になるのだろう。しかし、俺が国内に居ると不味い事態とは何だ?


 アレックスが何をすれば、そんな事態が生まれる? その手段まではわからないが、彼が良くない考えを持っているのだけは理解出来た。


 不安を持って問い掛ける俺に、アレックスは『勇者』の笑顔でこう答えた。


「僕は望みを叶える為に、政治の世界に踏み込む覚悟を決めた。そして、これは僕にしか出来ない事なんだ。僕の事を信じて、数年ばかり待って貰えないかな?」


「……数年待つ? それに、政治の世界だと?」


 アレックスはパッフェル同様に、侯爵の地位を与えられている。政治の世界に踏み込んでいる事は理解が出来る。


 それに、『勇者アレックス』の立場を利用し、国内外の有力者との繋がりも強めている。だから、政治の世界に軸足を移す事自体に驚きはない。


 しかし、彼の望みとは何だろう? この国を変えるとはどういう意味だ?


 如何に彼が有力な貴族だろうと、簡単に国を変えれはしない。今から数年で国を変えるなんて、どう考えても出来るはずがないのだ。


 もし国が変わるとしたら、この国が滅んで新しく建国するか、あるいは……。


「――国王が変わる時……?」


 現在の国王は老齢では無い。数年で代替わりするとは考えにくい。


 仮に国王が代替わりしたとしても、現国王と真逆の国政へ転換するとも思えない。そんな人材を後釜に据える事はしないだろうしな。


 なので、もしこの状況で国の在り方を変えるとすれば、方法は非常に限られて来る。俺は最悪な想像にぞっとし、慌ててアレックスへと問いかけた。


「……まさかパール王国で、新たな血が流れたりはしないよな?」


「ああ、勿論だとも。君の考える様な事が起きたりはしないさ」


 アレックスは俺の問いに笑顔で答える。彼がそう言うのであれば、その手段は暴力的なものでは無いのだろう。


 しかし、俺の不安は未だ消えない。何故ならば、彼は『勇者アレックス』としての笑顔を、未だに浮かべ続けているからだ。


 それは彼が人々の希望として動くとき。自らの感情を押し殺す時に浮かべる笑みだから。


 彼の本心が見えない事で、俺の不安はより大きくなる。しかし、どう問い掛けるか悩んでいると、アレックスは俺の肩をポンと叩いた。


「この王宮には立派な大浴場があるらしいんだ。折角だし、これからそこに行ってみないかい?」


「あ、ああ……。そうだな……。そうするか……」


 話題を逸らされた。恐らくは、これ以上を聞くなという事なのだろう。問い掛ける言葉を持たぬ俺は、アレックスのその誘導に乗るしかなかった。


 そして、安心したアレックスはいつもの笑みに戻る。親しい家族に向けるその笑顔に、俺は何故だか胸が締め付けられる思いだった。


「ははは、二人でお風呂何ていつぶりだろうね? 本当に楽しみだよ」


「……そうだな。俺も今は、ただ楽しむ事にしよう」


 これが問題の先延ばしでしか無い事は理解している。しかし、解決策を持たぬ以上、今の俺には何も出来そうになかった。


 ただ、この旅の間に解決の糸口だけでも見つけねばならない。そう決心し、俺はアレックスと共に浴場へと向かうのだった。

第四章の表が終わります。

次からは勇者視点の裏に移ります!

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