ガーランド王
人族の領域は大陸の東側半分を占めている。その領域内で、西部を治める国がガーネット王国である。
大陸中央は赤道であり、この地は年中熱い太陽に照らされている。領地の半分が砂漠であり、この地に住まう人々は、『火の精霊』を神の使いとして崇めている。
また、ガーネット王国は魔族領に面しており、軍事方面に力を入れた軍事国家でもある。
軍事力で言うならパール王国を圧倒する。少し前まで行われていた戦争でも、最も激しく戦ったのがこのガーネット王国なのである。
俺達はそのガーネット王国の国王と謁見する事となった。王都へと踏み込んだら、問答無用で連行されたとも言う……。
「面を上げられよ。光の勇者に、その従者達よ」
謁見の間にて跪く俺達に、野太い声が降り注ぐ。声の主は言うまでも無く、この国の国王の物である。
「はっ!」
代表してアレックスが声を上げる。アレックスが顔を上げるのに合わせて、背後に控える俺、エリス、マッシュも顔を上げた。
そして、俺達の前に坐するのは、褐色の肌を持つ四十歳程の偉丈夫。只者では無いと思わせるだけの、王者の風格を漂わせる人物であった。
トーガと呼ばれる白い布を巻きつけた衣服。それ自体はシンプルな恰好だが、王冠やブレスレット等には豪華な装飾が施されている。
王座より不敵に見下ろすこの人物こそが国王ガーランド=ガーネット。この国で最強の戦士にして、『火の勇者』と呼ばれる英傑の一人である。
「楽にせよ、『光の勇者』。我が国は強者に寛容である。貴殿等であれば、我が友として迎え入れる事も吝かではない」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
アレックスはその場で立ち上がり、国王へと笑みを向ける。勇者として人前に立つ事が多いだけあり、流石に堂々とした立ち振る舞いである。
ただ、ガーランド王は小さく頷いた後、俺達にも同様にせよと視線を送って来た。俺達は若干の戸惑いを感じつつも、意を汲んでその場に立ち上げる。
「先の戦いも確認させて貰った。『降り掛かる厄災』を相手に、よくぞ生き残れたものだ」
「あれは全てソリッドのお陰ですね。今回ばかりは本当に、死ぬかと思いましたよ」
どうやら、今日の戦いは国王の知る所らしい。自国内の出来事であるし、報告が上がっていてもおかしくはないのだが。
そして、アレックスは苦笑を浮かべて俺に視線を向ける。その視線に釣られて、国王も興味深そうな視線を俺へと向けた。
「貴殿がソリッドか。その武勇は我が耳にも入っている」
「武勇ですか……。余り良い噂では無いと思いますが……」
武勇となると、魔王軍との戦いに関する噂だろう。戦場では俺も耳にしていたが、かなり酷い噂が広まっていた。
パッフェルの制御に失敗し、王国軍に多大な被害を出した。独断専行で軍事行動に悪影響を及ぼした。勇者のお零れで手柄だけを掠め取ろうとした等だ。
しかし、俺が内心で嘆息していると、国王は不思議そうに首を傾げた。
「貴殿は妹のパッフェルと神竜討伐を成したであろう? 獣人族の副将軍を単騎で下しておるし、人助けにも余念がないと聞く。戦士としても、冒険者としても一流である貴殿を、我が国が悪く思うと考えておるのか?」
「え……?」
何やら視線も穏やかで、掛けられる言葉も柔らかだ。何故だか俺は、国王から好意的に思われている気がする。
俺が珍しい対応を受けて戸惑っていると、国王はふっと笑って俺に問いかけてきた。
「此度、貴殿を招いたのは光の勇者の願いもある。しかし、それ以上に私自身が興味を持ったからでもある。どうだ、気高き戦士ソリッドよ。我が元でその力を振るう気は無いか?」
「は……?」
ガーランド王に招かれたのはアレックスではないのか? 俺に会いたいと言う話はアレックスから聞いたが、それはオマケ程度の話と思っていた……。
それに、アレックスの願いとは何だ? そして、国王は俺に何を求めているのだ?
「我が軍の騎士達の評判も高い。冒険者ギルドからの報告も申し分無かった。貴殿のその力、その人徳は得難き宝である。貴殿が我が誘いを受けるならば、我が国の将軍の地位を用意するつもりだ」
「……将軍、だと?」
彼は急に何を言ってるんだろう? 脈絡が無さ過ぎて、まったく意味がわからないのだが?
どうして只の冒険者、それも他国の人間である俺を、将軍にする何て話が出てくるというのだ……。
俺は状況がわからず戸惑う。すると、目の前でアレックスが急に慌て出した。
「待って欲しい、ガーランド王! それでは話が違う! 私は有事の際に、彼の保護を頼んだだけだ!」
「我が目には既に有事に見えるのだがな? どうして彼程の傑物が、かような扱いを受けておる?」
ガーランド王は真っ直ぐにアレックスを見つめる。ただその意志を確かめようと、静かな眼差しを向けていた。
アレックスは拳を握り締める。その背中からは、何故か悔しそうな気配が滲み出ていた。
「……この状況を変える為に、僕は戦って来た。もう少しで、きっと変えられるはずなんだ!」
「果たして本当に変えられるのか? それに、その時が来るまで彼に耐えろと言い続けるのか?」
ガーランド王からの更なる問い掛け。しかし、アレックスは俯いて何も答えはしなかった。
そんな二人のやり取りから、置いてけぼりを食らう俺。この状況が何なのか、さっぱり理解出来なかった。
ガーランド王は返答が無いと判断したらしい。視線を俺へと向けると、更に訳のわからない事を言い出した。
「それに、貴殿の事は『闇の貴公子』殿にも頼まれておる。かの御仁とは、親密な関係なのかな?」
「『闇の貴公子』だと? 心当たりのある人物が居ないのだが……」
俺の事を王様に頼む人物? そんな人物がアレックス以外に居るのか?
俺が謎の人物に頭を捻っていると、ガーランド王も不思議そうに首を捻る。
「我がまだ若かりし頃に、戦場で何度も命を救われてな。つい先日、ふらりと我が元へ現れて、何かあれば助けてやって欲しいと頼まれたのだ。命の恩人からの願いならばと、快く引き受けたのだが……」
四十過ぎの国王の若かりし頃か。そうなると、かなりご高齢な人物という事に成るな。
俺が知る親しい老人と言えば、義父であるフェイカー村の村長くらいだ。ただ、流石の村長でも他国の戦場で、王様の命を何度も救うとは思えない。
そうなると、俺の知人に該当者は居ない。俺の知らない誰かが、俺を見守っている事になる。実にミステリーである。
「……まあ、『闇の貴公子』殿の件は良い。それを抜きにしても、貴殿を我が国に招きたいと考えておる。どうだろう、将軍として我が国で活躍しては貰えぬだろうか?」
「……謹んでお断りさせて頂きます」
好待遇なのだろうが、俺には何の魅力も感じない。それどころか、他国の軍隊を管理しろとか、どんな罰ゲームだという話である。
そもそも、俺には課題が山積みなのだ。勇者パーティー『ホープレイ』からの脱退も出来ていない。そうなった理由さえわかっていない。
更には、フェイカー村の村長引継ぎも保留にしている。世話になった義父の願いを、どう扱うべきか決めかねているのだ。
出来る事なら身軽になって、グレイシティを訪れたい。そんなささやかな願いが叶うのは、果たしていつになるのやら……。
「ふむ、残念だが仕方あるまい。無理強いする気は無いが、気が変わればいつでも申し出るが良い」
「……わかりました。覚えておきます」
幸いなことに国王はアッサリと引いてくれた。俺は内心で胸を撫で下ろしつつ、すっと頭を下げた。
そして、頭を上げると同時にアレックスの背を見る。彼のその手は握られたままで、悔しさが滲み出たままとなっていた。
そんな彼の雰囲気は気になったが、謁見としては恙なく終了した。俺はアレックスの様子を気にしながら、彼と共に案内された客室へと向かった。