降り掛かる厄災(中編)
俺の妹であるパッフェルは『歩く天災』と呼ばれる。これは彼女の過激な性格に由来する。発作的に敵味方問わず、破壊を巻き散らす事から付けられた通り名である。
そして、その双璧を成す存在が魔族側にも存在する。それが『降り掛かる厄災』。唐突に現れ、破壊を撒き散らす存在。今の俺達が対峙する、正真正銘の化け物である。
「ははは、どうした! 何を狙っている? さあ、私を楽しませてみろ!」
腰まで届く長い黒髪。ルビーの様な真っ赤な瞳。そして、竜人族の特徴である角と羽と尻尾。
彼女は顔立ちだけなら間違いなく美女である。しかし、その獰猛な笑みと纏うオーラは、見る者全てを畏怖させてしまう。
俺も初めて出会った時は、そのアンバランスな存在に、大いに混乱させられた。
「――ちぃっ! 相変わらず理不尽な……!」
『降り掛かる厄災』が拳を繰り出してくる。俺はそれを全力で避ける。紙一重で避けよう等と、そんな余裕を見せる事など出来なかった。
何せ彼女の攻撃はその全てが一撃必殺。纏うオーラに触れるだけで負傷し、かすりでもすれば木の葉の様に吹き飛ばされてしまう。
破壊の化身とも言うべき存在。その上で彼女の動きは、アサシンである俺と同等の素早さまで持っているのである。
「ああ、良い! お前と遊ぶのは実に楽しいな!」
「ふざけるな! こっちは必死だと言うのに……!」
命を懸けた必死の回避。それが彼女にとっては、只の遊びでしかないのだと言う。
理不尽にも程がある。恐らく、パッフェルに吹き飛ばされた兵士達も、きっと同じように思ったのであろうな……。
そして、俺は必死で攻撃を避けながら、ひたすらにチャンスを待ち続ける。彼女が一瞬でも隙を見せて、アレックスが必殺の一撃を叩き込むその時をである。
「アレックスなら……。必ず……!」
光の勇者であるアレックスは、彼だけが持つスキルをいくつか持つ。その一つは『超身体強化』であり、短時間だが自身の能力を1.5倍に強化出来るものだ。
この状態のアレックスは、俺をも軽く凌駕する身体能力を持つ。流石に『降り掛かる厄災』程とは行かないが、それを除けば大陸最強の戦士と言っても過言ではない。
更にもう一つのユニークスキル。それこそが彼を最強の勇者と言わしめる奥義……。
――ラスト・シューティングスターである。
使えばその日は一日、光の精霊の加護が失われる。光魔法も光関連のスキルも、全て使えなくなるデメリットを持つ。
しかし、その一撃は流星の如き輝きを放ち、光の速さで敵を貫く。俺ですら目で追う事が出来ない、回避不能の一撃必殺技なのである。
この奥義はかつて『降り掛かる厄災』をも負傷させた。パッフェルの魔法すら防ぐ彼女に、唯一傷を負わせた奥義でもあるのだ。
「だが、それは相手もわかっているはず……」
俺に対して容赦ない連撃を繰り出す『降り掛かる厄災』。しかし、それでもアレックスに対して背中を見せる真似はしなかった。
俺とアレックスの狙いはわかっている。だからこそ、相手もアレックスを警戒して、大きな隙を見せないようにしているのだろう。
こうなると、この戦いはやや不利かもしれない。相手が隙を見せるのが先か、俺のスタミナが尽きるの勝負となるからだ。
こちらに相手の隙を作る余裕が無い以上、相手はただ待ち続ければ良いだけなのだが……。
「……飽きた」
「なに……?」
『降り掛かる厄災』が攻撃の手を止める。そして、俺に対して右手をスッと掲げて見せた。
俺は距離を取って警戒を続ける。そんな俺に対して、彼女は退屈そうな眼差しを向けていた。
「ギガ・フレア」
「――なっ……?!」
巨大な火の玉が瞬時に生まれる。俺の背中にぶわりと嫌な汗が流れ、俺は咄嗟に我が身を大地に投げ出した。
その直後、俺の体があった場所を、その業火が通り過ぎる。
――ジュワッ……!!!
バッと背後に視線を向ける。森林は蒸発し、大地はマグマの様に赤く溶けていた。
始めて見る『降り掛かる厄災』の魔法。その威力にゾッとしていると、冷めた声が俺に降り注いだ。
「私は楽しませろと言った。遊ぶ気が無いなら、本気で殺すぞ?」
静かな怒りがそこにあった。これまで感じた圧力とはまるで異なるものであった。
俺は死の恐怖を確かに感じた。そして、明確な殺意を向けられて、俺は心臓を掴まれたかの様に、まったく体が動かなくなってしまう。
――不味い、このままでは……!
動かなければ殺される。それがわかっていても、体が動いてくれなかった。
これが『降り掛かる厄災』の本気の殺意。神龍に匹敵すると言う、正真正銘の化け物の威圧。
どうすることもできない。そう俺が諦めかけた時、想定外の出来事が起こる。
「――ソリッド様に、手を出すなぁぁぁ!!!」
「合わせます! エレナ様はそのまま全力で!」
森から飛び出す二人の人物。それは、従騎士エレナと、執事のマッシュであった。
『降り掛かる厄災』の右側からは、エレナが『竜殺しの剣』で切りかかる。
『降り掛かる厄災』の左側からは、マッシュが気を爆発させて突進技を繰り出していた。
「や、止めろ! 二人とも……!」
余りにも無謀な攻撃である。二人のレベルでは、『降り掛かる厄災』に挑めるはずが無い。
一撃でも受ければ殺される。最悪の結末を俺は想像出来てしまった。
――ゴッ! ゴン!
『降り掛かる厄災』はバックナックルで『竜殺しの剣』を叩き折る。そして、尻尾の一振りでマッシュを横なぎに吹き飛ばしていた。
大地に転がる二人の姿に、『降り掛かる厄災』は怪訝そうに顔を歪ませる。それを攻撃とも認識されなかった事で、二人は殺される事だけは無かったらしい。
「良くやった、二人とも!」
気が付くとアレックスの姿が消えていた。そして、その声は『降り掛かる厄災』の背後から届いた。
完全に背後を捉えている。二人の命を懸けた攻撃が、その最大のチャンスを生み出したのだ。
「――ラスト・シューティングスター!」
ついに必殺の奥義が発動する。『降り掛かる厄災』でも防げない、その最後の切り札が。
俺の視界は眩い光に染まってゆく。太陽を直視したかの様な光量に、思わず俺は目を閉ざしてしまう。
――ガッ……!!!
何か硬い物がぶつかるような音が響く。『降り掛かる厄災』の背に、アレックスの剣が届いたのだろう。
光量が収まり、俺はチカチカする瞳を開く。そして、その目で見たその光景は……。