ギルドマスター
女性職員に案内され、冒険者ギルドの応接室へと通された。そこは飾り気が無く、どこか無骨な雰囲気を感じさせる。にも拘らず、部屋の中央には高級そうなソファーが備え付けられていた。
そして、そのソファーの片側には、筋肉隆々の男が座っていた。年齢は恐らく50代。頭はスキンヘッドで、顔にはいくつもの傷跡が残っている。
歴戦の戦士を思わせるその人物は、手招きをしながら俺に向かいのソファーを進めて来た。
「お前さんがソリッドか。会えるのを楽しみにしてたぜ?」
その人物はニッと笑みを浮かべる。そのセリフから、どうにも俺の事を知っているらしい。俺は不思議に思い、ソファーに腰かけながら問い掛けた。
「楽しみにしていたとは? それに、俺の事を知っているのか?」
自分で言うのも何だが、俺の知名度はかなり低い。勇者パーティー『ホープレイ』に所属しているが、公にはされていない存在だからだ。
勿論、ギルドマスターと思われるこの人物が、わざわざ調べたなら存在を知る事は可能だろう。冒険者ギルドのデータベースには、俺の情報が載っているはずだからな。
とはいえ、わざわざ調べたのか? 仮にも王都の冒険者ギルドを纏める人物。それ程の暇があるとは思えないのだが……。
俺が内心で唸っていると、すっと目の前のテーブルにカップが置かれた。運んでくれたのは、先程の先輩職員である。
中身は真っ黒な液体で、恐らくはコーヒーだと思われる。嗜好品であり、それなりに高価な品である。当然のように出されたのには驚いた。
「お前さんもブラックで良いだろ? まあ、こいつでも飲みならが、ゆっくり話そうや」
「うむ……。それでは遠慮なく……」
実はコーヒーを飲むのは初めてである。少し前までは、魔王軍を相手に戦場を渡り歩く日々だったしな。どこも厳しい状況の戦地であり、嗜好品に手を出せる余裕が無い場所ばかりであった。
俺は好奇心を刺激され、そっとカップを口元へと運ぶ。香ばしい香りを楽しみながら、その黒い液体を喉へと流し込む。
――苦っ……?!
何だこれは? こんな苦い飲み物を、わざわざ好んで飲むのか? それも、高い金を払ってまで?
こんな飲み物を好む人達を、俺は理解出来なかった。内心では苦々しく思いながら、俺は無表情でカップをテーブルに戻した。
「それで、お前さんの質問だが、当然ながら知っている。むしろ、人族の領地に存在する、全てのギルドマスターが、お前さんに興味を持っている」
「……何だと?」
人族の領地と言ったのは、西大陸の魔族は除くと言う意味だろう。そして、東大陸に存在する、全てのギルドでは、ギルドマスターが俺を知っているらしい。
どうして、その様な事態になっているか、俺には理解出来なかった。内心で首を捻っていると、目の前の男が軽く手を振った。
何だと思っていると、女性職員は一礼して部屋から出て行った。どうやら、人払いをする必要がある内容らしい。
「お前さんも知っての通り、冒険者ギルドにはランクがある。A級からE級まであり、依頼をこなしてポイントを溜めると、昇格試験を受ける事が出来る」
「ああ、勿論知っている。俺もA級までは、地道にランクを上げ続けたからな」
とある理由から、俺はパッフェルと二人で冒険者パーティーとして登録を行った。俺が十二歳で、パッフェルが十歳の時である。
そして、三年間で俺とパッフェルはB級まで昇格を果たした。その後、魔王軍討伐との戦いに向かう際に、アレックスの意向で勇者パーティー『ホープレイ』が結成された。
その際に、アレックスとローラは特例でB級からスタートし、世間をざわつかせる結果となった。まあ、その辺りの説明は蛇足というものだろうが……。
俺が過去を懐かしんでいると、目の前の男はニヤニヤと笑いながら、俺に対して問い掛けてくる。
「じゃあ、S級への昇格条件は知っているか? お前さんは、どうやってS級になった?」
「どうやってと聞かれてもな……。俺達は冒険者ギルドに立ち寄った際に、今日からS級になったと、唐突に告げられたが……」
とはいえ、その理由がまったくわからない訳でもない。俺達は魔王軍と戦う傍らで、冒険者ギルドの依頼もこなしていたからだ。
それも、難易度が高くて、他の冒険者の手に負えないものばかり。アレックスの意向で、行く先々で人助けも行っていたのだ。
S級へ昇格する少し前には、カイザードラゴンという魔物も倒している。あれは他のパーティーと合同であったが、その中心となったのも、止めを刺したのもアレックスだった。その功績が大きかったのだろうと仲間内では話した記憶がある。
だが、目の前の男はニッと笑う。そして、親指で自分を指さし、こう答えを告げた。
「人族の領地に存在する冒険者ギルドの、ギルドマスターの半数以上が賛成すること。それが、S級への昇給条件となってんだ」
「……つまり、多くのギルドマスターが、俺達の審査を行ったと?」
やはり、彼はギルドマスターで間違い無かった。ここで違うと判明したら、それはそれで、お前は誰だとなる訳だが……。
まあ、それは良いとしてだ。彼は俺の問いかけに対し、何故かチッチッと指を振る。そして、楽しそうに笑みを浮かべていた。
「多くのじゃねぇよ。全てのギルドマスターが審査し、満場一致で賛成したのさ。お前さん達、勇者パーティー『ホープレイ』のメンバーは、S級冒険者に相応しいってな」
「ほう、そうだったのか……?」
確かにアレックスは人族で最強の存在。一対一の戦いでは無敗であり、S級と認められるのに相応しい人物である。
そして、パッフェルも大軍相手の殲滅魔法なら右に出る者がいない。ローラも回復と防御に関しては、僧侶系の頂点とも言える存在である。
そういった強みを持たないのは、凡人である俺くらいのものである。俺がS級となったのは、仲間達のおこぼれなのだろう。
だが、そう思う俺に対して、ギルドマスターが指を向けて来た。そして、ニヤニヤ笑いを消して、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「ちなみに、勇者や聖女は政治や宗教の絡みで、渋る意見も多少はあった。魔導士の嬢ちゃんは、素行に問題があって不安視する意見もあった。そこはハッキリ言っておく」
「そ、そうか……」
確かにアレックスは王侯貴族のスポンサーが付いている。冒険者ギルドがS級のランクを与えても、冒険者としての活動に制限が付くのは目に見えている。
そして、ローラに関しても同じだ。白神教の教皇の孫であり、聖女と称えられる存在。彼女も冒険者の立場より、聖職者としての立場を優先すべき存在なのである。
なお、ウチの妹に関しては申し訳なく思う。彼女は唐突に人や建物を吹き飛ばす悪癖がある。この点に関しては、身内として頭を下げる事しか出来ない……。
「――そして、お前さんだよ、ソリッド。お前さんだけは、全てのギルドマスターが、満場一致で賛成だったんだ。俺はずっと、それをお前さんに伝えたかったんだ」
「何だと? それは、どういう事だ?」
仲間達ならいざ知らず、どうして俺が満場一致なのだ? 力不足と否定されるならわかる。俺は仲間達の様に、特別な存在では無いと言うのに……。
しかし、ギルドマスターは身を乗り出す。テーブルに手を付き、前のめりで説明を始めた。
「勇者パーティー『ホープレイ』の審査をする中で、当然ながらその実績を追い続けた。だが、そこで皆が不思議な事に気付いた訳だ。彼らが通り過ぎた後には、誰も手を付けない、不人気な依頼が次々と取り下げられてるってな」
「む……。それは……」
その言葉には思い当たる節がある。何となく嫌な予感がして、俺はそっと視線を逸らした。
「貧しい農村から出された依頼。しかし、達成難易度が高く、支払われる報酬は釣り合わない。そんな依頼は、誰も手を付けずに埃を被る。そういった依頼が、殆ど綺麗さっぱり無くなって行く訳だ。なあ、誰だって不思議に思うよな?」
「そ、そうだな……。不思議な事もあるものだな……」
間違いない。俺が独断で、こっそり片付けた依頼である。冒険者ギルドに報告せず、闇に葬って来た討伐や採取系の依頼である。
完全にギルドの規則に違反した行為。依頼達成時の報告は、冒険者ギルドから義務付けられている。それを怠れば、ギルドは入るはずの手数料が入らなくなる。
それをわかって、俺は密かに片付けて来たのだ。冒険者ギルドへの背信と責められても仕方が無い。覚悟を決める俺に対して、ギルドマスターの手が俺の肩を激しく叩いた。
「――偉い! 何てぇ漢気だ! お前さんこそ、冒険者の鏡だ!」
「……は?」
想定外の言葉に、俺は思わず固まってしまう。これは、規則違反を犯した俺が、怒られるという流れでは無いのか?
そして、俺が呆然としていると、ギルドマスターのボルテージが上がり続ける。彼は俺の反応も気にせず、一人で熱く語り続けていた。
「地位や名声が欲しいなら、傭兵ギルドで実績を残しゃ良い。そうすりゃ、どこぞの貴族のお抱え騎士にでもなれるだろうさ。金が欲しけりゃハンターギルドで賞金首を狙えば良い。腕さえ確かなら、大金を手に出来るだろうさ。――けど、俺たちゃ冒険者だ! 地位や金の為じゃねぇ。自らの信念に従い、心の赴くままに生きる自由人よ! 名声も金も求めず、人知れず弱きを救う……。これこそ、冒険者じゃなきゃ出来ねえ生き方ってもんさ!」
ガハハっと豪快に笑うギルドマスター。その姿に、俺は思わず目を白黒させる。
しかし、俺は気を取り直す。そして、彼に対して問い掛けた。
「待ってくれ。それでも俺は規則違反を犯している。それに対する罰則は無いのか?」
「馬鹿野郎、罰則なんてあってたまるか。素人がやりゃ良い迷惑だが、お前さんのは誰も損しちゃいねぇ。むしろ、冒険者ギルドの評判がうなぎ登りよ。俺からしたら、『良いぞ、もっとやれ!』って言いたいくらいさ」
なるほど。もっと規則違反を犯せ、とは流石は自由人である。これが冒険者の正しい姿なのか……。
冒険者の心得を知り、俺は常識のアップデートを完了させる。すると、ギルドマスターが更に身を乗り出し、俺の肩に腕を回して来た。
「それで、お前さんは依頼を受けに来たんだろ? 名声も金も手に入らねぇが、俺からの指名依頼を受ける気はねぇか?」
そういえば、俺は冒険者ギルドに依頼を探しに来たんだったな。色々と衝撃的な展開が続き、本来の目的を見失う所であった。
そして、今の俺は名声も金も必要としていない。それが手に入らない依頼とやらに、俺の好奇心が刺激された。
「……ふむ。その話、詳しく聞かせて貰おうか」
俺の返答に、ギルドマスターがニヤリと笑う。そして、ソファーに戻った彼から、俺は依頼内容を確認し、快く受諾することを伝える。
話が終わり、一息ついた俺は、テーブルのカップに手を伸ばす。冷たくなったコーヒーは、変わらず苦いままであった。
俺はやれやれと息を吐く。そして、そっとカップをテーブルに戻した。