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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
四章 根暗アサシンと光の勇者
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旅行1日目

 馬車に揺られて丸一日。途中の昼休憩等を除けば、ずっとアレックスと車内で過ごした。


 魔道具が仕込まれているのか、座りっぱなしでも苦にならない。揺れがまったく無かったので、車体を浮遊させる効果でもあるのだろう。


 そして、車内には遊具も備えられていた。俺達はチェスを指しながら、他愛ない話を交えて時間を潰した。


「ふむ、これで僕の負けか。あっという間に強くなったね」


「ああ、ルールは把握した。これでようやく勝負になるな」


 ルールを教わり、ハンデ有の勝負で五連敗。しかし、六戦目にして勝利を掴む事が出来た。


 アレックスの打ち手を見ながら、打ち方を研究した結果だ。もう少し打てば、ハンデが無くても勝負になるだろう。


 しかし、アレックスは窓を見つめて首を振る。窓の外を指さしながら、俺に対してこう告げた。


「今日はここまでだ。一日目の街に到着したからね」


 俺は窓の外に視線を移す。アレックスの指さす先には、大きな街が姿を見せていた。


「……まさか、ここはツヴァイタウンか?」


「そうだよ。ソリッドは来た事あった?」


 来た事はあるが、それは十二歳の時だ。冒険者としての活動時に、修行の一環で立ち寄った事がある。


 ここはダンジョンがあり、一時期はレベル上げに利用していた。とはいえ、経験値効率が落ちたので、半年経たずに別の街に移動したのだ。


「王都からは距離があったはず。半日程度で着く距離では無いと思ったが……」


「あれ、出発時に見てなかった? この馬車を引いてるのはスレイプニルだよ」


 スレイプニルだと? 八本足を持つという、あの凶暴な魔獣のことか?


 討伐依頼としてはCランク。かなりの速度を有し、中堅の冒険者でも手を焼くと言う。


 それを調教したと言うのだろうか? 下手に暴走したりしなければ良いが……。


「もしかして、心配してる? それなら大丈夫だよ。マッシュは調教テイムのスキルも習得している。彼が御者を務める限り、スレイプニルが暴れる事は無いからね」


「ほう、調教テイムを習得しているのか?」


 調教師テイマーという職があり、腕の立つ者は魔獣を使役する。そして、魔獣を使役する調教師テイマーの多くは冒険者である。


 調教した魔獣が調教師テイマーの強さとなる。つまり、マッシュは調教師テイマーとしても、最低でもC級相当の腕を持つ事を意味する。


 とはいえ、俺の勘が調教師テイマーは本職では無いと告げている。恐らくは武闘家が本職であり、そちらはB級以上の実力を備えているはずだ。


「さて、それじゃあ降りようか。街中にスレイプニルは入れないからね」


 馬車が停車すると、アレックスは扉を開いて降り始めた。俺もそれに続いて馬車を降りる。


 すると、馬車の外では既にエリスが待ち構えていた。俺達に一礼すると、笑顔で俺達の先導を始めた。


「本日は黄金の林檎亭で宿泊となります。宿までは私が案内させて頂きます」


「宜しく頼む。僕はこの街が初めてだからね。ソリッドは宿を知ってるかな?」


 黄金の林檎亭だと? 知ってはいるが、利用した事はない。何せこの街で最上級の宿だからな……。


「街の中心部辺りだったか? 使った事は無いので、詳しい道まではわからないな……」


「ご安心ください。私は何度か利用した事があります。しっかり案内させて頂きます」


 流石はクリストフ家のご令嬢。侯爵家の出自ともなると、当然のように泊るものなんだな。


 俺は内心で感嘆の息を漏らす。そして、先行するエリスの背を追い、街の中へと足を向ける。


「……ん?」


 馬車から少し離れ、俺は違和感に気付く。すぐ隣には街への入場待ちの列がある。しかし、俺達はそれを無視して、門へと向かっているのだ。


 そして、入場の列を整理する兵士に対して、エリスはペンダントを掲げながら声を掛けた。


「私はクリストフ家の長女エリス。勇者様を宿にお連れする為、通らせて貰うぞ」


「こ、これはエリス様! 勇者様もご一緒なんですね! どうぞお通り下さい!」


 声を掛けられた兵士は、慌てて頭を下げる。その様子を見て、エリスは満足げに頷いた。


 そして、彼女は俺達に笑顔を向けると、再び前を歩き出した。アレックスがそれに続いたので、俺も慌ててその後を追う。



 ――しかし、その直後にざわめきが起きた。



「おい、見てみろよ……。あれ、勇者様だってよ……」


「うそ? 勇者様がこの街に来てるの? 本当に?」


「うおぉぉぉ! マジだ! 勇者様が来てるぞっ!」


 列を待つ人々がアレックスの存在に気付いたらしい。皆がこちらに注目している。


 その視線と声に気付いたアレックスは、爽やかな笑みで周りに対して手を振っていた。


「ははは、済まないね皆さん。先を進ませて貰いますよ」


 アレックスに手を振られ、皆が嬉しそうな笑みを浮かべる。列に並ばない事を咎める者等、一人達ともいなかった。


 実物を見れただけでも幸運だと、その笑みが物語っている。この国の国民にとって『勇者アレックス』とは、そういう存在なのである。


「ふっ、流石と言う所だな……」


 俺はその姿に満足する自分に気付く。アレックスはそれだけの事をしたのだ。彼等の平和を守ったのは、間違いなく彼なのだから。


 だからこそ、この歓声は彼に相応しい物。彼にはそれを受け取る権利があるのだ。


 ……そして、彼が通り過ぎた後、人々の反応がガラリと変わる。


「ねえ、あの人何なの……? 何で勇者様と一緒にいるの……?」


「黒目黒髪って不吉よね……。あれって魔族の特徴でしょ……?」


「チッ……。勇者様のおこぼれに預かって、何様だってんだ……」


 アレックスを前にした者達は、皆が笑顔を浮かべている。そして、アレックスが通り過ぎた後は、人々の表情が憎々し気に歪む。


 アレックスは勇者にして光。それに対して俺は、人々から避けられる闇の存在。


 これがこの国の有り方。この反応こそが普通であり、今更気にする事でも無い。


 俺は小さく息を吐き、アレックスの後を追いかける。だが、その直後に異変が起きた……。



 ――バコンッ……!!!



 何か硬い物が叩きつけられる様な音だった。その大きな音を耳にして、列を成す人々のざわめきが消えた。


 それと同時に、人々が徐々に距離を取り出す。その音を発生させた人物から、皆が恐る恐る離れ始めたのだ。


 そして、その渦中の人物はギロリと周囲を睨みながら、彼等に対して大きな声で吠える。


「貴様等、死にたいのか! ソリッド様を侮辱する者は、このエリス=クリストフが容赦しない!」


「……何だと?」


 血走った目で周囲を睨む従騎士エリス。その右手は一人の男性の頭を掴み、その頭を地面にめり込ませていた。


 めり込んだ男は革の鎧を身に着けている。恐らくは冒険者なのだろうが、今はなすすべなく体をビクビク震わせるだけであった。


「何が、どうなっている……?」


 城を立つ際は可愛らしい女性であった。未熟な騎士という佇まいで、守るべき対象と考えていた。


 しかし、今の彼女は獣そのもの。周囲を威圧し、今にも襲い掛からんと睨みを聞かせている。


 エリスのあまりの変わりように、俺が戸惑っているとスッと近づく気配があった。


「ソリッド様にはまだ、お伝えしておりませんでしたね」


「マッシュ……?」


 馬車の所に居たマッシュが、いつの間にか傍に来ていた。そして、俺に対して笑顔でこう告げた。


「エリス様の立場は従騎士ですが、職業は違います。エリス様の本職は――狂戦士バーサーカーです」


「なに、狂戦士バーサーカーだと……?」


 その職業は、風の噂で聞いた事がある。しかし、実物を見るのはこれが初めてだ。


 確か通常の戦士に近い性能だが、一つだけ特徴となる違いがある。それが、その職業に就く為の資質でもある、狂気マッドネスである。


 自身が傷ついた時、仲間が傷付けられた時に、怒りで狂気マッドネスが溜まる。そして、それが自身の身体強化に繋がるの職なのだ。


 その力は戦士や騎士を超えるが、狂気マッドネスが溜まり過ぎると制御不能となる。味方すら攻撃してしまうので、非常に扱いの難しい職らしいのだ。


 何故だかエリスは、とても狂気マッドネスが溜まっている様子だった。どうすべきかと悩んでいると、スッとアレックスが前に出た。


「よーし、よしよし! よくやった、エリス! 流石は僕のエリスだ!」


 アレックスはエリスの頭を抱きかかえると、わしゃわしゃと撫でまわし始めた。それはまるで、愛犬を可愛がる飼い主のごとしだ。


「あ、そんな、アレックス様……。あうう、周りの目があるのに……」


 途端に狂気マッドネスが霧散するエリス。今では顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにモジモジしている。


 事の成り行きを見守っていたが、俺はその結果に呆然となる。そんな俺に対して、隣のマッシュが良い笑みを向けていた。


「エリス様の事は、アレックス様が一番上手く扱えるのです」


「いや、扱えるって……。婚約者としてそれで良いのか……?」


 色々とツッコミたい所はある。しかし、マッシュはそんな俺を無視して歩き出した。


 彼はポーション瓶を取り出すと、中身を地面にめり込む男に振りかけた。気を失っている様だが、致命傷ではないのでアレで完治するのだろう。



 ――前言撤回である。



 俺は義姉と上手くやって行ける自信が無くなった。この旅も、何事も無く終わる事を祈るばかりである。

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