義姉
アレックスに連れられ、俺は城門までやって来た。そして、目の前に停まっている、一台の馬車を目にする。
白を基調にした豪華な馬車で、貴族が載る類の物であった。どうやら俺達は、この派手な馬車で移動するらしい。
その馬車を前に、俺が内心で唸っていると、二人の人物がこちらへ歩み寄って来た。
一人はブロンドヘアーをなびかせる女性騎士。軽量なシルバーの鎧で身を包んでいる。年齢はパッフェルと同程度で、見た感じでは未熟な見習いと思われる。
もう一人は黒いスーツ姿の赤毛の男性。恰好から察するに執事なのだろうが、こちらは只者ではない。中々の筋肉を所持し、それなりに腕が立ちそうな人物だった。
「アレックス様、お待ちしておりました。準備は既に整っております」
「うん、ありがとう。それで二人には、ソリッドの紹介は不要だよね?」
アレックスに声を掛けた者達は、こくりと頷きこちらを見つめる。俺の姿を見ても、特に動じる様子は見られなかった。
俺の黒目黒髪は珍しいからな。初見なら普通は驚きを示す。それが無いという事は、アレックスが事前に説明していたのだろう。
アレックスは満足そうに微笑む。そして、こちらに振り向き、俺に対して二人の紹介を始めた。
「ソリッドは初めてだよね。こちらの女性はエリス=クリストフ。僕の従騎士を務めていて、今回の旅でも身の回りの世話をして貰う事になっているんだ」
「……クリストフ?」
どこかで聞いた事がある名前だな。とても重要な人物の名であった気がするのだが……。
「初めまして、ソリッド様。私はエリス=クリストフです。恐らく、父のレオナルド=クリストフを御存じなのではないでしょうか?」
「……君はクリストフ将軍の娘なのか?」
俺の問い掛けに、エリスはこくりと頷く。どうやら、彼女はこの国の軍事部門トップである、クリストフ将軍の娘だったらしい。
というか、クリストフ家という事は、彼女は貴族じゃないか。父であるクリストフ将軍は、侯爵位を持つ超大物貴族なのだ。
そんな超大物の娘が従騎士だと? いくらアレックスが勇者とはいえ、そんな事をさせて大丈夫なのだろうか?
俺が内心で唸っていると、それを察したアレックスが笑いかけて来た。
「ははは、心配はいらないよ。僕の剣の師匠はクリストフ将軍だし、彼の意向でエリスは従騎士になったんだ。王宮内に居る人達なら、彼女の立場はみんな知っているからね」
「はい、その通りです。私がアレックス様の御側に仕える事が出来るのは、全て父の根回しがあってのことですから」
キリっとした表情で告げる従騎士のエリス。しかし、何故だか妙に顔が赤いのだが……。
どういう事かと疑問に思うが、アレックスはもう一人の人物の紹介を始めてしまう。
「そして、彼はマッシュ。エリスに仕える執事でね。僕も含めて、身の回りのお世話をして貰っているんだ」
「初めまして、ソリッド様。私はマッシュ=アレイン。クリストフ家に代々仕える、バトラーの一族の出です。私も今回の旅に、ご同行させて頂きます」
スッと綺麗な姿勢でお辞儀するマッシュ。その隙の無い佇まいに、俺は思わずほうっと息を吐く。
「……もしや、君は武闘家か?」
「はい、その通りです。流石はソリッド様、ご慧眼でいらっしゃる」
マッシュは顔を上げ、ニコリと微笑む。その笑みは少し粗野だが、実に魅力的な物だった。
俺は直感的に、その粗野な部分こそが彼の素顔なのだろうと感じた。彼はその秘めた筋肉と同様、根っこの部分は荒々しい気性を持つに違いない。
そして、その考えは正しかったのだろう。彼は静かに微笑みながら、こんな事を俺に告げて来た。
「もし、お時間が御座いましたら、一手御指南頂けると嬉しく存じます」
「……ふむ、良かろう。俺で良ければ、君の鍛錬に付き合おうじゃないか」
マッシュは嬉しそうな笑みを浮かべる。俺との訓練が本当に楽しみなのだろう。
そして、俺の本職はアサシンだが、俺は武術や体術も体得している。レベルも俺の方が上なので、訓練相手としては申し分無いはずだ。
旅の間だけにはなるが、互いに良い訓練となるだろう。俺としてもこの旅が少し楽しいものになりそうだと感じていた。
「……あ、あの、アレックス様! よ、宜しければ、私にも……!」
「ははは、そうだね。僕で良ければ、剣の稽古を付けてあげよう」
俺達のやり取りに触発されたのか、エリスも訓練を願い出ていた。そして、そんな彼女の願いに、アレックスは快く応じていた。
ぱあっと満面の笑みを浮かべるエリス。やはり、仕える主に稽古を付けて貰えるのが、彼女にとっては嬉しいのだろう。
いや、それだけではない。今のアレックスは勇者として、この国で知らぬ者はいない。この国で最強と言うべき存在である。
彼に剣の稽古を付けて貰いたい者は、数え切れない程存在するはず。その稽古が受けれるなら、エリスの様に喜ぶ事こそが当然なのだろう。
「あ、それと大切な事を伝え忘れていたね」
「……大切な事だと? それは何なんだ?」
アレックスはこちらに振り向き、ニコリと微笑む。そして、何故かエリスの肩を抱き寄せ、俺に対してこう報告した。
「エリスと婚約を結ぶ事になってね。いずれ、彼女と結婚する事になる。ソリッドにとっては、義理の姉ってことになるかな?」
「――婚約、だとっ……?!」
こんな場所で、こんな気軽に話す内容か? そんな気軽は話では無いだろう?
しかし、驚く俺に対して、アレックスは困った表情でこう続ける。
「本当は決まってすぐに伝えたかったんだけどね。ソリッドは魔導デバイス持ってないしね。パッフェルには話したけど、伝言を頼む内容では無いかなって思ってさ。それで、家族の中では伝えるのが一番最後になってしまったんだ」
「そ、そうか……」
ここでもまた、魔導デバイスの弊害が……。パッフェルが持て持てと五月蠅いのは、こういう事が多く起きるからなのか……。
いや、それはまあ良い。別に多少知るのが遅くなっても、それで困ると言う訳では無い。
俺は気を取り直し、エリスへと視線を向ける。真っ赤な顔で、アワアワしている彼女に俺は頭を下げた。
「ご婚約おめでとう御座います。アレックスの事を、どうか宜しくお願いします」
「は、はい! もちろんです! ふちゅちゅかものですが、精一杯頑張ります!」
……めちゃくちゃ噛んだ。エリスは顔を更に赤くして、涙目となっていた。
エリスがプルプルと震えていると、アレックスがその頭をそっと撫で、俺に対して笑みを向けた。
「僕の婚約者はとても可愛いだろう? ソリッドもこれから、仲良くしてあげてね?」
「ア、アレックス様……?! お、お止め下さい……!」
エリスは顔を両手で覆って隠してしまう。今の状況がとても恥ずかしいみたいだ。
けれど、頭はアレックスの方に差し出している。されるがままに撫でられ続けていた。
「……なるほどな。二人の関係性がわかった気がする」
「はい、エリス様は騎士家の生まれ育ち。とてもピュアに育たれております」
気付くとマッシュが俺の隣に立っていた。そして、温かな視線を仕える主人へ送っていた。
そのフォローがフォローになっているかは不明だ。ただ、二人が良好な関係なのだとはわかった。
「……まあ、上手くやって行けそうで良かった」
悪い人達では無さそうだ。そして、俺に対する偏見も持っていないらしい。
アレックスの婚約者がエリスで良かった。俺は内心でホッと安堵の息を吐くのであった。




