同行依頼
アレックスとの会談は続いている。ただし、今の彼は冷静さを取り戻した様子であるが……。
「それで、急な話で申し訳ないのだけれど、ガーネット王国への訪問に同行して貰えないかな?」
「ガーネット王国への同行? 俺が必要な理由があるのか?」
これは魔獣討伐関連の依頼だろうか? それとも、彼の公務に関するものだろうか?
魔獣討伐ならば勇者パーティー『ホープレイ』としての活動となる。俺だけでなく、パッフェルの同行も必要になるだろう。
とはいえ、行き先が隣国のガーネット王国だ。余程の問題でも無ければ、俺達が向かう必要性を感じない。
何せあの国は魔王軍と戦い続けた軍事国家である。戦力だけで言えば、パール王国よりも高い軍事力を有しているのだから。
かといって、勇者としての彼の公務と言うのも疑問が残る。そこに俺が必要な理由が思いつかない。
何せ公務の際は、式典等への参加となる。平和の象徴として、彼が参加してスピーチを行うのだ。
VIPである彼の護衛も考えたが、それも考えづらい。アレックスは俺以上の力を持つし、国の騎士団が良い顔をしないだろうからな。
そして、俺が疑問に首を捻っていると、アレックスは疑問の答えを口にする。
「ガーネット国王――『火の勇者』ガーランドが、君に会いたいそうだ。出来る事なら、彼の誘いに応じてくれないかな?」
「ガーネット国王が俺に会いたいだと?」
ガーネット国王との面識はない。しかし、ガーネット王国の軍とは何度か共同作戦を取った事がある。
そして、アレックスの参戦した戦いに負けは無い。軍事関係者からの、アレックスの評判は非常に高いと思われる。
……しかし、今回気になるのはパッフェルの評価だ。
彼女は敵軍に与えたダメージと、同程度のダメージをガーネット軍にも与えている。アレックスが平和の象徴とするなら、パッフェルは恐怖の象徴とも言える。
俺が呼ばれた理由は、保護者として怒られる為だろうか? アレックスを叱る訳にはいかないので、代わりに怒られろと言う事だろうか?
それも止む無しと内心で納得していると、アレックスは楽しそうな笑みを見せた。
「移動は片道で三日、往復で六日。更にはあちらの滞在が四日という所だろうか? 十日程の日程となるが、付き合ってくれないかな?」
「……わかった。ガーネット王国へ同行しよう」
今の俺に断る理由は無い。それに、先程のアレックスの異変についても、原因を探る必要がある。
しばらく彼と行動を供に出来るのは好都合だ。この十日の旅の中で、彼に何があったかを確認してみせる。
俺が内心でそう決意を固めていると、アレックスは満面の笑みでこう告げて来た。
「そうか、来てくれるのか! じゃあ、折角だしお揃いの服装なんてどうかな? 謁見の間では、僕と並んで顔見世を行おう!」
アレックスとお揃いの服? この真っ白で、キンキラな金刺繍の服をか?
「……断固として拒否する」
「なっ、どうしてだよっ?!」
ショックを受けた様子のアレックス。とても不服そうに頬を膨らませている。
何とも懐かしい姿である。十歳までのアレックスなら良く見たが、大人になっても再び見る事になるとはな……。
俺はゆっくり首を振り、ため息交じりに彼に応えた。
「似合うはずがない。それに、俺は陰に隠れている位が丁度良いのだ」
「そんな、もったいない! 折角のお披露目の機会だっていうのに!」
駄々っ子みたいな態度で、不満を一切隠そうともしない。こんな姿は勇者パーティー『ホープレイ』の活動中でも見せていなかった。
先程までの不気味な気配は無いが、代わりに今は子供返りしてしまっている。彼は本当にどうしたのだろうか?
「……それで、出発はいつだ? 俺ならいつでも構わないぞ」
「なら、今から行こうか。ガーネット国王も待っているしね」
想定外の回答に、流石の俺も面食らう。いやまあ、実際に今からでも出発は可能なのだが……。
まあ、冒険者時代はこんな事はざらだった。問題は無いので、俺はこくりと頷いて見せた。
「ははは、ソリッドと二人旅か! 本当に楽しみだな! 二人だけって何気に初めてだよね?」
「まあ、そうだな……。というか、ガーネット王国へは、二人だけで向かうのか?」
先程も言ったが、彼はVIP待遇の人物である。厳重に護衛が付けられて当然の人物なのだ。
しかも、訪問相手は一国の王である。そんな気軽に会える人物では無いはずなのだが……。
「ははは、もちろん御者の人達だって同行するさ。ただ、馬車の中は僕達だけだし、泊る宿もそうなるね」
「ふむ、そうか……」
付き添いの人達は別の馬車や、別の部屋割りらしい。そう言う意味での発言なのだろう。
俺がひとまず納得していると、次にアレックスはテーブルに紙の束を広げ始めた。
「それで、ガーネット王国の観光名所なんだけど。こことか行ってみない? 食べ物だとこの辺りが、一通りの名産品が揃っていて……」
「いや、待ってくれ。いきなり観光って、公務は良いのか?」
テーブルの上を確認すると、それらはいずれもパンフレットであった。観光名所や有名店の紹介がされている。
何やらアレックスの頭の中は、完全に観光モードとなっているらしかった。
「いいの、いいの! 公務なんてのは、王様と顔を合わせて終わりだからね! それよりも今は、楽しい事だけ考えようよ!」
「そ、そうか……」
王様への謁見って、そんな気軽な物だったっけ? 平民からすると、謁見できるだけでも名誉な事だった気がするのだが?
……いや、アレックスは特別だからな。普段から王様と話す機会も多いのだろう。
だからこその慣れというやつだ。チキンハートな俺には、決して真似出来ない所業である。
「そうそう、道中にも隠れた名店があってね。旅行中はきっと退屈する事が無いよ! この十日間は君との旅行に備えて、沢山の情報を集めておいたからね!」
「……この十日間は、旅行に備えて?」
……え? ちょっと、まって欲しい。
パッフェルが電話して、この面談の段取りを組んでくれた。十日後であれば時間が取れるとの事で、俺は今日まで待っていた訳である。
それは公務が忙しかったからではないのか? 旅行の準備に十日間を費やしていたのか?
愕然とする俺に対して、アレックスはとても良い笑顔でこう告げた。
「この日をとても楽しみにしていたんだ! 絶対に楽しい旅行にしようね、ソリッド!」
「……そうか、楽しみにしていたのか。ならば、仕方が無いな」
アレックスとて一人の人間。勇者であろうと、楽しみたい時だってある。
いや、人一倍頑張って来た彼なのだ。平和になった今こそ、彼にはその世界を楽しむ権利がある。
俺はそう考えて納得した。兄弟であるアレックスと共に、この旅を楽しんでも良いのだろうと思い始めていた。