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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章(裏) 魔族の姫と根暗アサシン
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魔族の姫

 楽しい時間はあっという間だった。空は茜色に染まり、デートの時間は終わりに近づいていた。


「……今日はこれで良かったのか?」


「うん、もちろん! 超楽しかったよ!」


 王都の中央にある公園で、あーし達はベンチに並んで座る。別に疲れてる訳じゃないんだけどね。


 けれど、楽しい時間の終わりが嫌で、少しでもこの時間を引き延ばしたかった。だから、あーしは彼を引き留め続けていた。


「……この街って、凄く平和なんだね。少し前まで戦争してた何て嘘みたい」


「戦地から離れているからな。この街の住人は、戦争を遠い世界の出来事と思っている」


 戦争の切っ掛けとなったのは、パール王国の国王による発言。だけど、パール王国自体は魔王国と隣接してる訳じゃない。


 戦地となったのは、魔族と人族の領地の境界線。獣人族の領土と、ガーネット王国の間だった。その両者は五年の戦争で、多くの死傷者を出してしまった。


「戦争なんて無い方が良いよ。世界中がここみたいに、平和だったら良いのにね?」


「その通りだな。戦争は互いに傷付け合い、悲しみを生み出すだけの愚かな行為だ」


 ソリッドは静かに頷き肯定する。あーしはその横顔を、チラチラと横目で眺め続けた。


「……ん?」


 しかし、あーしはふと気付く。ソリッドの視線が遠くに向いていることに。そちらに視線を向けると、一人の少女が手を振っていた。


 ソリッドはその少女に手を振り返す。けれど、あーしの視線に気付いた少女は、慌てた様子で走り出してしまった。


「今の子って獣人族? 何で逃げ出したの?」


「逃げ出した理由はわからん。ただ、人間と獣人族のハーフで、最近出来た俺の弟子だ」


 人間と獣人族のハーフ? そんな女の子が、普通に街を歩いて大丈夫なのかな?


 魔王国の中――特に獣人族の領地では、人間は堂々と表を歩けない。戦争で怒りや憎しみをため込んだ人達が、無関係な人間にも感情をぶつけてしまうからだ。


「この国って本当に戦争から遠かったんだね。あんな子が平然と歩けてるなんてさ」


「いや、そうではない。あの子も被害に合っている。戦争帰りの傭兵に、暴行を受けている」


 さらりと放たれた発言に、あーしはポカンと口を開く。結構ショッキングな出来事のはずなのに、淡々と話し過ぎじゃないかな?


 あーしはマジマジとソリッドの顔を見つめる。すると、ソリッドはあーしに視線を返し、同じく淡々とした口調で語りだした。


「けれど、彼女は迫害と戦う道を選んだ。自らの猫耳を晒し、魔族が人族の敵では無いと、証明しようとしている。これからの時代に、少しでも被害にあう人を減らそうと考えているのだ」


「え……?」


 あーしは感情を押し殺す。身勝手かもしれないけれど、あーしにとって彼女は、同じ志を持つ仲間なんじゃないかって思ってしまった。


 けれど、今はそれを喜ぶ場面じゃないとも思う。そもそもが、あーしは彼女のことを何一つ知らないのだから。


「……それって、茨の道じゃないの?」


「そうかもしれん。しかし、過酷な運命は自らの手で切り開くしかない。俺は彼女の意思を尊重し、ただ見守り続けるだけだ。……無論、助力を請われれば、全力で手を貸すつもりだがな」


 ソリッドの言葉は、どこまでも平坦だった。ただ当たり前の事を口にしてるだけって態度。


 彼女を助けるのを当然みたいに言うけど、彼女は単なる弟子なのかな? それとも、それ以上の関係だったりするのかな?


 気にはなったけど、そんなことを聞けるはずがない。あーしはソリッドから目を逸らすと、別の話題を彼に振った。


「あーしはね、幸せな世界を作りたいんだ。魔族も人族も一つになって、みんなが笑顔でいられる世界。ずっと小さな頃からの夢なんだけど、ソリッドはそんな事は出来ないって思う?」


 あーしはいつだって、自分の夢を口にして来た。周りの皆に話してきて、皆が口を揃えてこう言うんだ。



 ――出来たら良いね、って……。



 誰もあーしの夢を否定したりはしない。けれど、本当に出来ると思ってる人には出会ったことがない。


 みんなが他人事なんだ。応援してくれるけれど、心のどこかでは無理だって思ってる。唯一の例外はむっちゃんだね。


 だから、あーしは口にしてから怖くなった。否定の言葉が返ったらどうしようって……。


 恐る恐る視線を向けると、ソリッドの真剣な眼差しがあーしを捉えていた。


「出来るか、出来ないかは関係ない。それが叶えたい夢なのだろう? ならば、全身全霊で挑むべきだ」


「え……? 関係ないって……」


 それは全力の肯定ってことで良いのかな? ただ、あーしは想定外の答えに、思わず戸惑ってしまったんだ。


「出来るかどうか何てのは、後にならければわからない。けれど、一つだけわかることもある。それは夢を半ばで諦めたなら、その後の人生は常に後悔が付き纏うという事だ」


「――っ……?!」


 あーしにもわかる。ソリッドの言う事に間違いはない。きっと、ここで諦めたら、あーしはずっと後悔し続ける事になるって。


「だからこそ、挑め、戦え、決して諦めるな。必ず成し遂げると、自らの魂に誓うんだ」


「で、でも……。それでも、駄目だったら……?」


 こんな弱気な発言は、あーしらしくない。いつもなら、絶対に言わない弱音だった。


 けどね、むっちゃんはいつも、あーしにどうしたいか問うだけ。両親や友達も、無理をするなって言うばかり。


 それなのに、ソリッドは戦えと言う。諦めるなと言う。そんな強い言葉を掛けられたのは、これまで初めてだったんだ。


 そんな、あーしの初めての甘えに、ソリッド力強く宣言した。


「それでも駄目なら俺を呼べ。俺がお前の力になろう。夢は必ず叶うと証明してみせる」


「……う……うぐっ……」


 あーしの瞳から、何故だか涙が溢れ出した。心と体が自分じゃないみたいに、わけがわからない状態になってしまう。


 この気持ちは何なの? あーしはどうして泣いているの?


 あーしは子供みたいに泣きじゃくる。ソリッドは固まってしまい、呆然とただ見つめるだけだった。


 ただ、彼を見ていると、あーしの心がキュっとなる。それでいて、今までに感じた事の無い、安堵感に包まれていた。


「も、もし……。もしも、だけどね……? あーしが将来、魔王になったとしたら……」



 ――ずっと、隣に居てくれる?



 喉まで出かけたその言葉が、どうしても発する事が出来なかった。彼に尋ねたいのに、あーしの体が従ってくれなかった。


 けれど、心のどこかでは気付いていた。あーしは怖がっている。彼の返事が望む物で無かった時に、あーしの心が壊れてしまうんじゃないかって思ったんだ。


 だから、あーしは本当に聞きたかった問いを封じ込めて、彼にこう問い掛ける事しか出来なかった。


「……皆が幸せに暮らせる世界。それを作るのに協力してくれないかな?」


「ああ、勿論だ。魔王で無かったとしても、いつだって俺を頼ってくれ」


 今のあーしには、この問いが精一杯だった。けれど、ソリッドの返事を聞いて、心の中は幸せで一杯だった。


 そして、あーしはむっちゃんの言葉を思い出す。むっちゃんが言った通り、ソリッドこそが本物。あーしにとっての、本当の『勇者』だったんだ。


「うぐっ……うぇ~ん……!」


「ちょっ、これは一体……?!」


 あーしは気持ちが抑えきれず、大泣きを始めてしまう。人目を気にせず無くなんて、本当に小さな子供の時以来だと思う。


 そして、隣に座るソリッドは、困った末にとんでもない行動に出た。あーしを胸に抱き寄せると、あーしの頭を優しく撫で始めたのだ。


「昔から無く子には弱いのだ……。頼むから泣き止んでくれ……」


 先程までと打って変わり、ソリッドの口調はとっても弱々しかった。けれど、あーしはそんなソリッドにも、何故か胸がキュンキュンしていた。


 あーしはソリッドの背中に腕を回す。その厚い胸板に顔を埋めて、彼のぬくもりを感じ続けた。


 それは日がすっかり暮れて、むっちゃんが迎えに来るまでずっと続いたりした……。

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