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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章(裏) 魔族の姫と根暗アサシン
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チェルシー、十八歳の記憶

 あーしは諦めなかった。皆が幸せな世界を目指して、反戦運動の活動組織を作ったんだ。


 初めは人数も少なかったけど、夢魔族の皆は味方してくれた。彼等は魔族の誇りよりも、あーしの気持ちを大切にしてくれたんだ。


 あーしは魔王国中を駆け巡り、平和の大切さを訴えた。話を聞いてくれた人達の一部は、あーしの気持ちをわかってくれた。


 けれど、まだまだ怒っている人達の方が多い。人間達が謝るべきだって考えが、多数派を占めていたんだ。


 そんな状況の中で、あーしは運命の人を見つける事になる。それは敗戦したライオンさんの部下達が、魔王城へと戻った日の事だった。


「――ディーよ、それは真か? そんな人物が本当に居たのか?」


「リオ将軍、間違いございません。この筋肉に誓って真実です」


 話が聞こえて来たのは、魔王城のエントランスだった。ライオンさんと、その腹心のゴリラさんが話し合っていた。その話が聞こえたのは偶然だった。


 そもそも、あーしはゴリラさんを探していて、怪我人の状況を聞こうとしていたのだ。砦の防衛に失敗して、沢山の兵隊が戻って来たと聞いた。


 だから、治療が必要になるだろうと、沢山のポーションを集めた。そのポーションを届ける為に、隊長であるゴリラさんに会おうとしていたの。


 だけど、聞こえてきた内容は、あーしが想定していた事態とは全然違ったものだった。


「彼のお陰で、私の部隊に怪我人はいません。――いえ、正確に言えば、私が軽い打撲を負いましたが、それももう完治しています」


「ううむ、にわかには信じがたい……。いや、ディーの部隊が誰も欠けずに戻って来た。それがその証明なのだろうが……」


 盗み聞ぎも悪いと思ったので、あーしは堂々と二人に近付いて行く。そして、腕を組んで悩むライオンさんに問いかけた。


「どうしたの? 怪我人が居ないって聞こえたんだけど?」


「おお、これは姫様。ええ、丁度ディーから報告を受けたのですが、敗走した彼の部隊は無傷だそうです」


 誰も傷付いてないなら、それは良い事なんだろうね。けれど、そんなことってあるのかな?


 獣人族の人達って好戦的だし、基本的に撤退とか嫌がる。これまでの負け戦では、多くの死者が出て、戻って来た人も再起不能なまでにボロボロだったのに。


「……それじゃあ、あーしの集めたポーションはいらない?」


「ええ、姫様。今回は必要ありません。我々の為にご足労頂いたのに、申し訳ありません」


 ゴリラさんは申し訳ないと言うが、全然そんな顔じゃなかった。負けて逃げ帰ったなら、普通はもっと落ち込むはず。それなのに彼は、何故か朗らかに笑っていた。


「どうして、ゴリラさんは笑顔なの? 負けたって感じじゃないよね?」


「ははは、とんでもない。私は完膚なきまでに負けてしまいましたよ!」


 ゴリラさんは笑いながら答えた。負けたって言ってるのに、めちゃくちゃ嬉しそうにしてんの。


 あーしは意味がわからず混乱してきた。ゴリラさんは負けて、頭がおかしくなっちゃったのかな?


「姫様、詳しい話は彼に聞いてください。姫様への報告を、ずっと待ってるみたいですよ?」


「え? 報告……って……」


 ゴリラさんの指さす先には、むっちゃんが立っていた。確かめたい事があると、しばらく王都を離れていた、あのむっちゃんである。


 それが扉の前で立っている。それも何故か、目をギラギラと輝かせながら……。


「姫様、急ぎお知らせしたい事が……!」


「え、ちょっと……?! むっちゃん……!」


 むっちゃんは、あーしの手を掴んで駆け出した。あーしは引きずられるようにして、薄暗い空き部屋へと引き込まれる。


 こんなに強引なむっちゃんは、始めてかもしれない。そう思ってドギマギしていると、むっちゃんは見覚えのあるアーティファクトを取り出した。


「あ、それって撮影した奴を映す……」


「ええ、この映像をご覧ください!」


 むっちゃんのアーティファクトが、壁に映像を映し出す。それは、先程のゴリラさんが仁王立ちする、どこかの部屋の中だった。


 ピリピリとした緊張感の中で、ゴリラさんが一人でソワソワしている。そして、部屋の扉が開かれると、ゴリラさんが身を乗り出した。


「どうだ、戦況はっ……! ――いや、誰だ貴様は?」


 入って来たのは、想定の人物では無かったらしい。ゴリラさんは警戒した様子で、大きな斧を正面に構える。


 入って来たのは一人の青年。恐らくは、あーしと同い年位の人間だった。


「俺は『勇者の影』だ。貴様との一騎打ちを希望する」


「何だと? 俺との一騎打ちだと?」


 人間の青年は静かに扉を閉める。そして、腕を組んで、相手の返事を待っていた。


 ゴリラさんは斧を肩に担ぎ、右手を顎に添える。しばらく考えた末に、彼に対して問い掛けた。


「……その身のこなしといい、貴様は恐らく暗殺者だろう? 戦士でも無い貴様が、どうしてこの俺に正面から挑む? 貴様の望みは何だ?」


「俺の望みは無血開城。一騎打ちに俺が勝てば、この砦から全軍を撤退させろ」


 青年の言葉に、ゴリラさんは動きを止める。表情を険しくすると、ギロリと青年を睨みつけた。


「俺達に尻尾を巻いて逃げろと? そんな要求を呑むと思っているのか?」


「ああ、飲むさ。貴様らは挑まれた勝負から、決して逃げないのだからな」


 そう告げた青年は、着ていた上の服を脱ぎ捨てた。ドサリと重たそうな音を立てた後、彼はその裸身を露にした。


 それはとても鍛えられた体だった。服の上からは細身に見えたけど、獣人族の戦士にも負けない筋肉だった。


「――貴様、筋肉マッスルか……?!」


「さあ、来い。一騎打ちだ」


 青年は無手のまま、両手を広げて待ち構える。武器は服と共に床の上だ。彼は獣人族の戦士を相手に、その肉体だけで挑むつもりらしい。


 ゴリラさんはニヤリと笑う。そして、自らも武器と鎧を床に投げ、のしのしと相手に歩み寄る。そして、互いの手が届く手前で、青年に対して名を名乗る。


「俺の名はディー・コング。魔王軍でNo.2の筋肉マッスルだ。貴様は?」


「……ソリッド=アマン。勇者パーティー『ホープレイ』の一員だ」


 互いの名乗りが終わり、それが開始の合図となった。二人はガッチリと手を握り合い、力比べを始めた。


 傍から見れば結果は歴然。二人には親子ほどの対格差がある。人間の青年が、ゴリラの獣人に勝てるはずがない。



 ――メキキッ……!



「――っ……! 何だと……?!」


 そう、体格差は歴然だった。それだと言うのに、膝と付いたのはゴリラさんの方。


 青年は腕力でねじ伏せる。そして、圧倒的な力でゴリラさんを地に叩き伏せてしまった。


「その小さな体に……。どれ程の筋肉マッスルを秘めているというのだ……?!」


 床に転がりながら、ゴリラさんが驚愕していた。そんなゴリラさんを見下ろしながら、青年は静かに告げた。


筋肉マッスルによる勝負だ。約束通り全軍を撤退させろ」


「ふ、ふふふ……。ふははははっ……!!!」


 ゴリラさんは仰向きになると、楽しそうに高笑いを始めた。青年はゴリラさんを一瞥すると、床の服を拾って身に着け始める。


 そして、元通りに服を着終えたと同時に、ゴリラさんの高笑いが止まる。上半身をその場で起こすと、ゴリラさんは親指を立てて彼に告げた。


「約束は守る。ナイス、筋肉マッスルだった」


「……ああ、お前もな」


 青年も同じく親指を立てる。そして、それ以上は何も言わずに、部屋から立ち去って行った。



 ――映像はそこで終わる。



 あーしはむっちゃんに視線を移す。すると、薄暗い部屋の中、ランランと瞳を輝かせる、むっちゃんの姿がそこにあった。


「……ふふふ。見ましたか? 見ましたよね、姫様! とうとう見つけたのです! ……これこそ神の采配。ああ、そうに違いない! 彼こそが真なる勇者! かの勇者の後継者なのです!! 姫様の夢は、まだ終わっていなかったのです……!!!」


「テンション、ヤバぁ……」


 むっちゃんが、めちゃハイテンションだった。いっつもは冷静なのに、今はちょっと狂気すら感じるんだけど?


 更に何やら叫びながら、あーしに向かって語り続けてる。話の内容が入って来ないくらいに、今のむっちゃんはキモかった……。


「……でも、さっきの彼。ソリッド=アマンって言ってたっけ?」


 綺麗な黒目黒髪で、凄くクールな男の子だった。これまで出会ったどんな人よりも、カッコいいって思った。


 思い出すと胸がドキドキする。これまで感じたどんなドキドキとも違う。頭がフワフワして、とっても幸せになれるドキドキだった。


「会って……みたいかも……」


 実際に会えたらどうなるんだろう? この胸のドキドキはもっと激しくなる? あーしの胸が爆発したりしないかな?


 でも、いつかは会ってみたい。もし会えたらって思うと、居ても立っても居られない気持ちになる。


 あーしは十八歳にして初めて知った。この時のあーしには、まだ自覚が無かったけれど……。



 ――この時からチェルシー=ノームは、ソリッド=アマンに恋をし始めたんだ。

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