チェルシー、十歳の記憶
映画の撮影は半年ちょっとで終わったんだけど、それからもう少し時間が掛かった。むっちゃん達が編集に拘ったり、映画上映の利権がどうとか。
あーしには難しい所がわからない。その辺りは全て、むっちゃんが取り仕切ってる。こういうのは得意な人に任せるのが一番だって思うんだよね。
そして、何だかんだあったけど、王都での上映はとっても好評。ブルームシティでも、あーしのファンが沢山増えた。むっちゃんも自信があったみたいで、この辺りには何の不安も無かったんだ。
ただ、不安があるのが不死族と鬼人族の領地での上映。この辺りは文化的にも独自色が強いし、魔王国との繋がりも強くない。あーしの映画に興味を持って貰えるか、正直わからないんだって。
そんな事から、あーし達は初上演に合わせて、不死族の領地へやって来た。映画の上演前にスピーチすることで、少しでも皆に興味を持って貰おうって作戦なんだよね。
初めて足を踏み込む不死族の領地。ドキドキしながらやって来た地で、あーしは初っ端から度肝を抜かれた。
「ウェェェルカァァァム! 魔王国のお嬢さん! 我等、不死族の陽気な仲間達はぁ……。お嬢さん達の来訪をっ! ぜっっっんりょくでっ、歓迎するぜぇ! イヤァ!」
「テンション、ヤバぁ……」
馬車から降りたあーしの前に、超ハイテンションな出迎えが待っていた。いきなりここまでのハイテンションは、夢魔族の領地でも中々にお目に掛かれないレベルだ。
……しかもね。出迎えた相手がカカシなの。頭が何故かカボチャの、カカシがピョンピョン飛び跳ねてんの。
正直、不死族の領地を甘く見てたわ。ゾンビとかスケルトンみたいな種族で、もっとオドロオドロシイのをイメージしてたんだけどね……。
「これはこれは、ジャック殿。お出迎えありがとうございます」
「いえぁ、ローズの旦那! アンタはウチ等のヒーローだ! ブラザーの俺様が出迎えんのが、当然ってもんだろ?」
カカシのジャックさんが、むっちゃんの周りを飛び跳ねている。そんなジャックさんの事を、何故かむっちゃんは無の微笑みで見つめていた。
相手はめっちゃフレンドリーだけど、むっちゃんの反応がヤバい。これ絶対に、むっちゃんが感情を押し殺してる感じのやつだ……。
「えっと、それじゃあジャックさん。あーし達を映画館まで連れて行ってくれる?」
「勿論だぜ、お嬢さん! 道案内なら俺様に任せな。完璧にエスコートしてみせっからよ!」
ジャックさんはハイテンションに叫ぶと、激しく跳ねて飛び出して行った。
てか、あーし達を残したまま、姿を消してしまったんだけど……。
突然の出来事に驚いていると、むっちゃんが頭を抱えて説明し始めた。
「あれでも彼は、この国の守護騎士でしてね。私でも倒すのが難しい猛者なんですよ。四天王のアリア殿に次いで、この国のナンバー2だったりするんですよね……」
「マジで? カカシなのに、めっちゃ強いってこと?」
体と腕はちょっと細めの丸太だった。それにマントみたいなぼろ切れを纏い、カボチャの頭が載っているだけ。
そんな彼が不死族というだけでも驚きなのに、この国では二番目に強いの? 世の中ってのは、本当に不思議で一杯なんだね。
そして、あーしが呆然としていると、むっちゃんがスッと顔を近づけてくる。周囲に気を配りながら、あーしの耳元でそっと囁いた。
「彼の生前は切り裂きジャック……。千人の魔族を、無差別に殺した殺人鬼です……。今では改心したようですが、念の為にご注意下さい……」
「――え、殺人鬼? マジヤバじゃん……」
あーしはジャックさんの姿を探す。しかし、近くには居ないらしく、全然見当たらなかった。
代わりにおかしな事に気付く。遠くに見える大きなお城と、そこから広がる田園風景。城下町と聞いていたのに、牧歌的な巨大な村が存在しているのだ。
しかも、歩いているのはゾンビやスケルトンじゃない。魔族や人間のお年寄りばかり。あーしにはここがどういう場所か、まったくわからなくなっていた。
「――って、おいおい! お嬢さん、いきなり迷子かよ! ちゃんと付いて来てくんなきゃ困るぜ!」
どこからともなく、ジャックさんが姿を現す。そして、コミカルな動きで、あーし達の周りを飛び跳ねていた。
色々と言いたい事はあるけど、まずは聞きたい事がある。ジャックさんを目で追いながら、あーしは疑問を投げかけた。
「ここって本当に不死族の領地なの? 不死族の人達が見当たらないけど……」
「ああ、今は昼間だからな! 俺様の仲間達なら、棺桶や墓ん中で眠ってるぜ!」
ああ、なるほど。不死族の人達は夜行性なんだ。そういった人達は、夢魔族の街にも沢山いたからな。答えとしては納得出来た。
ただ、それだけでは納得出来ない事もある。この街で行きかうお年寄りの人達についてだ。
「ここに居る人達も住人なの? 不死族じゃ無い人達ばかりだけど……」
「確かにまだ生きてんな! ただ、もうすぐ俺等の仲間入りだけどな!」
縁起でもない事を平然と言うなぁ……。なまじ冗談とも言えないから、全然笑えないんだけど……。
あーしが反応に困っていると、隣のむっちゃんが助け舟を出す。あーしに向かって、この状況を説明してくれた。
「彼等は身寄りのないお年寄り達。一人寂しく死ぬのが嫌で、この地へ来る事を望んだ人達です。そして、人生に未練を残す大半の者は、死んだ後に不死族の仲間に加わるのです」
「それじゃあ、元々は別の土地で暮らしていた人達なの……?」
あーしの問いに、むっちゃんは静かに頷く。複雑な感情の入り混じる、何とも言えない表情だった。
あーしは改めて街を見る。そこを歩く人達の表情は様々だった。穏やかな表情で微笑む人。何かを堪える様に顔を顰める人。その感情はそれぞれ違っているみたいだった。
「まあ、理由なんて色々とあるわな! 家族に迷惑掛けたくないってのもいりゃ、逆に家族に見捨てられたってのだっている! 人の数だけ人生があるってわけさ!」
「人の数だけ人生がある……」
それは当たり前のことだと思う。誰一人として、同じ人生を歩む人なんているはずがない。
けれど、あーしはそんな事もわかってなかった。誰もがみんな、幸せなのが当たり前だと思ってたんだ。
「ねえ、ジャックさん……」
「あん、どうしたんだい? お嬢さん?」
ピョンピョンと飛び跳ねるジャックさん。あーしはそんなジャックさんに視線を向けず、街の人々を見つめながら問い掛けた。
「あーしの映画を見れば、あの人達も幸せになれるのかな?」
「さあ、どうだろうな! 精々が奴らの人生の、1%でも変わりゃ良い方じゃねぇの?」
……そっか。そりゃそうだよね。
長い人生を生きて来たんだと思う。映画を見たくらいで、人生が全て幸せになんてなる訳ないよね。
あーしは自分の甘い考えに落胆する。しかし、寂しさに目を伏せていると、ジャックさんの静かな声が耳に届く。
「――ただし、それは人生最後の1%かもしれねぇな。人生の最後を、幸せに終えれるかもしれねぇってことだ」
「――えっ……?」
あーしは驚いてジャックさんに視線を向ける。すると、彼は恭しく頭を下げていた。
先程までのコミカルな動きじゃない。腰を曲げて、微動だにせずにこう続けて来たんだ。
「未練を残さず逝けるなら、これ程幸せなことはない。彼等の幸せを願ってくれるってんなら、俺様はお嬢さんに敬意を示そう」
「ジャックさん……?」
先程までとの落差に、あーしは戸惑ってしまう。さっきまでの不思議な不死族じゃない。あーしには真摯な姿を見せる、一人の紳士として目に映っていた。
彼はそのカボチャの頭を上げると、あーしに対して軽く肩を竦める。そして、少しだけおどけた口調でこう言った。
「ただまあ、不死族ってのは女王陛下を崇める種族なんでな。俺様達にとっては、その娘であるアリア様こそが姫様なんだ。魔王を崇める事も無いし、お嬢さんを姫様と呼ぶ事はない。そこん所は、わかって貰えっと助かるかな?」
「女王陛下……?」
そういえば、『ノアの書』に書かれてる。かつて『黄金時代』を作った一人。元四天王でもあった、不死族の女王って人の話を。
今の四天王はその一人娘である、アリアさんが継いだらしいんだ。まだ会った事はないけど、とても強い騎士だってむっちゃんは言ってたかな。
「四天王のアリアさん、か……」
とても興味は惹かれたんだけど、この時はまだ会う事が出来なかった。あーしの訪問はアリアさんにとって、興味を引く出来事ではなかったみたい。
残念だなって思うけど、それはそれで仕方が無い。またいずれ、次にここを訪れる時。その時には、あーしがアリアさんにとって、気になる存在になってみせれば良いだけだしね!