チェルシー、六歳の記憶
あーしは王都の実家で勉強の日々を送っていた。あーしが立派な魔王になれる様にって、むっちゃんが家庭教師をしてくれる事になったんだよね。
ただ、今のあーしはむっちゃんの前で正座している。床に額を付けながら、言い訳せずに謝った。
「ごめんなさい。夜に宿題しようとしたら、気付いたら寝てました」
「またですか……。だから夜の勉強は止めるように言いましたよね?」
むっちゃんの呆れた声が頭上から届く。恐らくはいつもみたいに、やれやれと肩を竦めているんだと思う。
そして、あーしが土下座を続けていると、背後の人達の動く気配がした。あーしの事を取り囲むと、むっちゃんへと抗議し始めた。
「キング、姫ちゃんは悪くねぇ! 叱るなら、俺達を叱ってくれ!」
「そうだぜ! 俺達と遊ぶために、姫ちゃんは夜に勉強してんだ!」
この声はマークとミックだ。あーしと超仲良しのインキュバス。むっちゃんの部下らしいけど、いつもあーしの味方をしてくれる。
「ねえ、キング。わかってるんでしょ? 姫ちゃんは悪くないって」
「そうよね。こんな小さな子に、沢山の勉強を詰め込み過ぎなのよ」
この声は、マヤ姉とイズ姉だ。あーしと超仲良しのサキュバス。こっちもむっちゃんの部下だけど、いつもあーしの味方をしてくれる。
むっちゃんは部下たちの抗議に大きく息を吐く。そして、厳しい口調でこう告げた。
「ええ、姫様は悪くありません。悪いのは姫様を誑かす、あなた達四人ですからね」
「「「「…………何のことですかね?」」」」
四人はいつも通りにとぼけ始めた。見なくてもわかる。こう言われて、視線を逸らす姿をいつも見てるからね。
再び大きな息を吐くむっちゃん。そして、あーしの手を引いて立ち上がらせると、四人を睨みながらこう呟く。
「余り悪影響ばかり与えるなら、貴方達をブルームシティに送り返しますよ?」
「「「「断固として拒否する!!!」」」」
むっちゃんに対して、キッパリと拒否の意思を示す四人。彼等はむっちゃんの部下のはずなんだけど、何故だかむっちゃんの言う事をいつも聞かない。
それどころか、この話をするといきり立って、いつもむっちゃんに食って掛かってる。
「姫ちゃんはウチらの命なんで。キングの言う事でも聞けねぇっすね!」
「俺たちゃ姫ちゃんの親衛隊だぜ? 姫ちゃんの傍を離れる気ねぇから」
「無理矢理引き離すなら辞表出します。姫ちゃん家でメイドしますんで」
「良いねそれ! いっそウチら全員で、姫ちゃん家に再就職しよっか!」
ワイワイと盛り上がる四人。視線をむっちゃんに移すと、頭を抱えて溜息を吐いていた。
ここ最近、むっちゃんは溜息が多いな。あーしのせいもあるんだけど、苦労がとっても多いみたい。
「何でインキュバス、サキュバスが揃って、姫様に魅了されてるんですか? こんな謀反は、まったくもって想定外です……」
「そ、そうだよね……。うん、喧嘩は良くない! みんなで仲良くしよ?」
「「「「だよね、姫ちゃん! 姫ちゃんはいつも良い事言うなぁ!」」」」
四人があーしを囲んでちやほやし始める。それを見つめるむっちゃんは、やはり溜息をついていた。
ただ、今日は何か様子がおかしい気がする。いつもなら続く小言が無く、何やら真剣な眼差しで私を見つめていた。
「……やはり、賢者路線は諦めるべきか?」
「「「「……え?」」」」
むっちゃんの異変に気付いたらしく、四人が顔を見合わせる。彼等は恐る恐る、むちゃんの様子を伺っていた。
しかし、むっちゃんは彼等の視線を無視する。あーしだけを真っすぐに見つめながら、あーしに対してこう問い掛けてきた。
「姫様は映画館を御存じですか? 我々が運営している娯楽施設の一つなのですが」
「うん、知ってる! 勇者様とシェリル様の映画を見た事があるよ!」
急だったけど、映画の話題に嬉しくなる。映画館は私達の住む首都と、ブルームシティの二か所にある。あーしは何度か行ったけど、本当に面白かった。
その映画について話をするのかな? そう思ってたんだけど、むっちゃんの話は思ったのとは違うものだった。
「姫様は人並み外れた感性。そして、多くを魅了する笑顔こそが長所でしょう。ならばそれを生かすためにも、女優の道も有りかもしれないですね」
「……女優?」
それってあの映画で映っていた女の人のことだよね? つまり、あーしがシェリル様の役を演じるってことなのかな?
それって、とっても面白そう! 映画の中でなら、あーしもシェリル様みたいになれるかも!
私はワクワクして、仲良しの皆に笑みを向けた。すると、皆は互いに相手を指さしながら、声を揃えてこう言った。
「「「「その発想は無かった。キング、マジ天才じゃね?」」」」
どうやら皆も賛成みたいだった。ノリノリな感じでテンションを上げている。
それもそのはず。彼等は夢の国から来た魔族。歌に踊りにメイクに着付け。それらエンターテイメントを扱うプロ達だからね。
これまでは護衛&友達という立場だったけど、これからは一緒に映画を作る仲間。皆の才能がこれまで以上に発揮できるのだ。
「姫ちゃん、マジ頼りにしてくれよな? ウチらの本気見せっからよ」
「キレッキレのダンス仕込んでやるぜ? 皆の度肝抜いてやろうぜ!」
「姫ちゃんに何着せよっかな? 可愛いのも綺麗なのも似合いそう!」
「それよりメイクよ! 大人っぽい姫ちゃんもキュンってなりそう!」
いつも楽しそうな四人だけど、今日はいつも以上に楽しそうにしている。その姿を見ているだけで、あーしも思わず笑顔になっちゃう!
そして、あーし達がテンションを上げていく中、むっちゃんは苦笑しながら、あーしの頭を撫でて来た。
「これまで遊んでいた時間は、演技や踊りの練習ですよ。それと、我が王に相応しい教養も必要です。量は減らしますが、勉強は続けますからね?」
「うん、わかった! 大変だけど、あーし頑張るからね!」
みんなで一緒に頑張るって楽しい! 大変かもだけど、それでもやってみたいって思える!
あーしはむっちゃんに抱き着き、そして顔を上げて笑顔を向ける。そんなあーしに対して、むっちゃんも笑顔を返してくれた。
その笑顔はあの庭園で見た、造りものとは違っていた。むっちゃんの本物の笑顔だった。
いつも苦労してるけど、それでも退屈な姿を見る事は無い。きっと、むっちゃんも今という時間を楽しんでいるんだろう。
あーしは幸せだった。大好きな皆に囲まれて、楽しい時間を過ごしている。あーしにとって世界は、幸せで溢れかえる場所だったんだ。