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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章(裏) 魔族の姫と根暗アサシン
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チェルシー、五歳の記憶

 あーしは生まれながらのお姫様。おうちは別にあるんだけど、魔王城にも良く遊びに行っていた。パパの働く姿を見るのが好きだったんだ。


 それに、お城で働く皆も、あーしの事を可愛がってくれた。あーしが手を振ると、皆が笑顔で手を振り返してくれた。


 あーしは物心付いた頃から、皆の事が好きだった。魔族の皆が好きだった。皆が笑顔で居てくれるのが好きだった。


 そんな幸せな環境で、あーしは育った。そして、五歳の誕生日パーティーに、あーしは自分の運命をハッキリ自覚したんだ。


「姫様、お誕生日おめでとう御座います」


「ありがとう、ライオンさん! 今日もおっきいね!」


 ピンクのドレスで着飾ったあーしの前に、凄く体の大きなライオンさんが立っている。彼は獣人族の王様で、リオ将軍と呼ばれてる。


 この時は良くお城にいる、気の良いおじさんとしか思ってなかった。けれど、後で知ったのだけど、魔王軍の指揮官で、魔王四天王と呼ばれる人物の一人だったんだよね。


 ライオンさんは、自慢の力こぶをあーしに見せてくる。そして、ニッと笑った彼の笑顔が素敵で、あーしはパチパチと拍手で返した。


「ははは、相変わらずだな! 今日は娘の誕生パーティーに良く来てくれた!」


「これは魔王様。姫様の誕生祝に、私が参上するのは当然の事で御座いましょう」


 気付くとあーしのすぐ後ろに、パパがやって来ていた。黒いマントとスーツ姿で、今日もパパはカッコいい。黒に近い灰色の髪は、魔族の皆が良く褒めている。


 パパとライオンさんは、とっても仲良し。この日も二人は笑顔で向かい合い、あーしの話で盛り上がっていた。


「姫様はまた大きくなられましたな。とても利発で賢いですし、かの大賢者――シェリル様の再来かもしれませんな」


「うむ、私もそう思っている。周囲を魅了する笑顔。そして美しいピンク色の髪。きっと魔族を導く存在となる事だろう」


 周りの来客も気にせず、二人だけで盛り上がってる。パパもライオンさんも、お酒を飲んでるみたいだった。こうなると、この話も長くなりそうだな。


 そう思った私は、そっとその場から一人で離れた。ずっと話を聞いてるのも退屈だからね。


 そして、どこに行こうかなと思っていると、あーしの友達が目の前をよぎる。いつも傍に居てくれる、闇の精霊のヤミちゃんである。


 言葉は話せないけど、いつもあーしを守ってくれてる。そんなヤミちゃんが、あーしに何かを伝えようとしていた。どうも、あーしをどこかに連れて行きたいみたいだった。


「う~ん、それじゃあ行ってみようか!」


 あーしはヤミちゃんの後を追い、パーティー会場からそっと抜け出す。誰にも見つからなかったので、ヤミちゃんが魔法で見えなくしてくれたみたいだ。


 どこにまで行くんだろうと思っていると、お城を抜けて庭園へとたどり着いた。真っ赤なバラが咲き誇る庭園だけど、今は夜だからその赤をハッキリと見る事は出来なかった。


 そして、真っ暗闇の庭園を進むと、その真ん中で一人の人物が立っていた。彼はあーしを見て、少し驚いた様な表情を浮かべていた。


「姫殿下……?」


「うん、そうだよ。それで、あなたは誰なの?」


 大人の男の人だけど、パパ達に比べると若く見える。魔王城の中で初めて出会う人だから、パーティーに呼ばれたお客様なのかな?


 黒いスーツ姿だし、その可能性は高いだろうと思っていた。ただ、彼はその場で膝を突くと、あーしに向かってこう自己紹介した。


「失礼しました、姫殿下。私はヴァイオレット=ローズ。魔王四天王の一人。立場上は魔王様の部下という事になります」


「そうなの? お城で初めて見たけど?」


 パパの部下はお城に一杯いる。お城で働く人達なら、あーしと知り合いのはずだ。調理長やメイドさんだって、あーしは全員の顔と名前を憶えてるくらいだからね。


 この人は嘘を付ているのだろうか? そう思ってジッと見つめていると、彼は柔らかな笑みを浮かべてこう言った。


「魔王様の部下は、お城以外にも沢山いるのですよ。私はここよりも北の街。ブルームシティで普段は働いているのです」


「へえ、そうなんだ。パパの部下って、お城以外にもいるんだね!」


 あーしの言葉を聞いて、彼はニコリと微笑んだ。あーしはその顔をじっと見つめる。そして、彼に対して問い掛けた。


「あなたって顔は笑顔なのに……。どうしてそんな、退屈そうな目をしてるの?」


「――っ……?!」


 彼は驚きで目を大きく開いた。そして、あーしの事を興味深そうに観察し始めた。


 あーしはその目を見て理解していた。彼が初めてあーしを見た。チェルシー=ノームという、あーしの事を見る気になったのだ。


「あなたは退屈してるの? パーティーが退屈で抜け出したの?」


「……いえ、違いますよ。私が退屈しているのは、この世界そのものです」


 彼の顔から笑顔が消えた。先程までの作り物ではない。感情をむき出しにした、心の底からつまらなそうな顔に代わった。


 そして、大きく息を吐き出すと、夜空を見上げながら語りだした。


「かつて我が母は、仲間と共に『黄金の時代』を作りました。人々が希望に満ち溢れ、誰もが手を取り合いながら、幸せに生きた時代です」


「あーし、知ってるよ! シェリル様が作った時代だよね!」


 物心付く前から読み聞かされた物語。『ノアの書』に書き残された、シェリル様と勇者様の物語。あーしはその物語が本当に好きだった。


 彼は少しだけ嬉しそうに目を細める。ただ、それも一瞬のことで、すぐに退屈そうな顔に戻ってしまった。


「私は母より、その後を任されました。『黄金の時代』が終わった後の世界を……。私も初めは使命感に燃え、この世界を見守り続けました。しかし、長い年月をかけ、緩やかに腐敗していく世界の姿を見ました。私にとってこの世界は、ただ終わりに向かうだけの、醜悪な世界に見えているのです」


「『黄金の時代』って、凄く大昔のお話でしょ? あなたって、とっても長生きなのね」


 彼の話の半分も理解出来なかった。ただ、凄く大昔から生きてるってことには驚いた。


 そして、わかって貰えなくて残念だったのだろう。その瞳には失望する色が滲んで見えた。あーしはそんな姿にムッとして、彼に対してこう言った。


「あなたは昔が良かったの? 今が不満なら、良くなるように頑張るべきじゃない?」


「頑張っても無駄なのです。この世界から、真なる王は去ってしまった。魔族も人族も等しく従え、世界を導ける王はもう居ないのですから……」


 彼の言葉難しくて、わかりずらい。けれど、あーしを子供と思わず、その気持ちを話してくれているのはわかった。


 だから、あーしは彼の悲しみを取り除きたいと思った。この人だって、あーしが大好きな、この国の魔族なのだから。


「もう、その王様は戻らないんでしょ? なら、新しい王様を用意すれば良いじゃない」


「新しい王様? いえ、そんな事は出来るはずが……」



 ――ビシッ!



 彼の言葉を遮るように、あーしは人差し指を彼に向けた。そして、驚く彼に向かって、あーしはキッパリと宣言した。


「あーしがその王様になってあげる! あーしはシェリル様の再来だからね! あなたの望む王様になってみせるわ!」


「いや……。しかし、それは……」


 彼の顔が苦悩するように歪む。きっと、そんな事は出来ないと思っているんだろう。


 けれど、そんな考えだから良くないんだ。出来ると思わないと、どんな望みだって叶うはずが無いのだから!


「だから、あなたも見てるだけ何て止めなさい! あーしが立派な王様になれるように、あーしの事を助けてよ! きっと、あなたはその方が退屈しないと思うわ!」


「私が、姫様を助ける……?」


 彼の目が、あーしを真っすぐ見つめていた。そして、その瞳に宿る希望を、あーしは見逃さなかった。


「あなたは紫色の綺麗な瞳をしてるのね? だから、あーしはあなたの事を、むっちゃんって呼ぶわ! これから一緒に、頑張って行きましょう!」


「……承知しました。愛しの我が姫君ディア・マイ・プリンセス


 あーしはむっちゃんに手を差し伸べる。しかし、むっちゃんはその手を握らなかった。


 代わりに恭しく手に取ると、あーしの手の甲に口づけをした。それは誓いを立てる、騎士みたいだなって思った。


 こうして、あーしはこの日より立派な魔王を目指す事になった。更には、あーしに力強い味方が加わったのであった。

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