初デート
あーしの名前はチェルシー=ノーム。魔王国のお姫様。魔王であるベリオール=ノームの一人娘なんだよね。
そんなあーしが、今は人間の国にお忍びでやって来てたりする。バレると色々と不味いんだけど、その辺りはむっちゃんが何とかしてくれてる。
「あ、ソリッド! カフェあるじゃん! ちょっと休んでこっか?」
「……洒落たカフェだな。いや、チェルシー姫となら問題無いか?」
ソリッドはじっとカフェを見つめる。何か悩んでるっぽいけど、悩む必要なんて無くない?
入りたいと思ったら入る! ダメだったら、出れば良いだけっしょ!
あーしはソリッドの手を引くと、強引にカフェの中へと踏み込んだ。ただ、抵抗する素振りは無かったので、本気では嫌じゃなかったんだなと思う。
あーしとソリッドは空いている席を見つけて座る。そして、店内を歩く店員のお姉さんを見つける。
「お姉さ~ん! お勧めのドリンクと、スイーツ持って来て~!」
「は~い、わかりました~!」
少し込んでるカフェだったけど、店員のお姉さんには注文が聞こえたみたい。手を振ったら手を振り返してくれたので、ちゃんと受け付けてくれてるんだと思う。
注文を終えたあーしは、ソリッドと改めて向き直る。すると、テーブル向かいに座る彼は、じっとあーしを見つめながら呟いた。
「あんな注文の仕方があるとは……」
「別に普通でしょ? 初めてのお店だし」
このお店で何が美味しいか何てわかんないしね。店員さんにお任せする方が、間違いは少ないと思うんだよね。
もちろん、それで外れることはあるかもだけどね。でもまあ、そんな事まで考えてたら、今をしっかりと楽しめないと思うんだよね。
「てかさ、教会やばくね? 朝市よりも人多かったんだけど」
「……白神教の教徒だろう。王都は熱心な教徒が多いと聞く」
いや、教徒なんはわかるけど、朝一にすることがお祈り? あーしからすると凄い違和感。魔族が教会で祈る時って、神様に頼み事がある時だけだからね~。
あ、もちろん神官の人達は別ね! あの人達はそれがお仕事だし。サボってると思われたら、お布施とか貰えなくなっちゃうからさ!
「それに、この街って何だかお行儀良いよね? 喧騒とか聞かないし、買い物する時に順番待ちで並ぶしさ」
「王都は規律が厳しいそうだ。都市部から離れれば、ここ程に行儀良くはないぞ?」
ソリッドの台詞にあーしは納得する。王様のお膝元だから、その考えに従う人が多いんだろうね。
それに、王都は白神教の総本山もある。白の神様の教えに従って、秩序とか理性とかを重んじてるのだろう。
「……思ってたより息苦しい所だね。まあ、そういうのも人間らしさかもだけど」
「……そうだな。これが人間の文化だ。魔族から見ると、滑稽に映るのだろうな」
ソリッドの言葉に、私はポカンと口を開く。こういう台詞を、人間のソリッドが口にするとは思って無かったんだよね。
ただ、あーしはその事で少し嬉しくなる。すっと身を乗り出して、ソリッドに問い掛けてみた。
「前から思ってたんだけどさ。ソリッドってあんまり人間寄りじゃないよね? 人族と魔族の中立派って感じ?」
あーしの問いにソリッドの目が細まる。そして、周囲を警戒する様に、さっと見回していた。
その仕草であーしは思い出す。そういえば、ソリッドに言って無かったなと。
「あ、周りの目は大丈夫だよ。あーしの闇魔法で、周りはあーし達を意識出来なくしてるから」
「……闇魔法だと? それは具体的に、どういった効果のものだ?」
ソリッドは興味を引かれた様子で、こちらに身を乗り出して来た。何故だか、魔法に関して関心があるみたいだね。
あーしはソリッドの気を引けた事で嬉しくなる。それで、あーしの知ってる範囲で、出来る限り答えてみた。
「闇魔法って言うのは、闇の精霊の力を借りるものなんだ。そんで、闇の精霊の得意技には、姿を隠すってのがあるわけ。あーしが今使ってるのは、あーし達の存在が周囲に認識しにくくなるって魔法だよ」
「それは気配を殺したり、潜伏するようなものか?」
それって魔法じゃなくてスキルじゃね? ソリッドって暗殺者だし、魔法が良くわかってないんかな?
あーしは首を静かに振ると、ソリッドに顔を近づけてゆっくりと話す。
「勇者が光の魔法使うっしょ? それで、体を元気にしたり、精神を高揚させたりするんじゃない?」
「確か、使っていた気がするが……」
心当たりはあるけど、あんまり良くわかってないっぽい。むっちゃんが言ってたけど、勇者と別行動してる事が多かったからかな?
まあ、それは別にどうでもいっか。あーしはソリッドの瞳を真っすぐ見つめ、あーしの魔法について説明する。
「闇ってのはね、夜をイメージするとわかりやすいかな? 夜はみんな体を休めるし、外では姿が見えづらくなったりするよね? そういうイメージを再現することが出来るんだよね」
「……具体的には、どういった魔法のことだ?」
あーしの説明、あんまり伝わってないっぽいな。パッフェルが傍にいるし、もうちょいわかるかなって思ってたんだけどね。
……いや、あれかな? 人間って魔術とか使うしね。魔法が良くわかってないのかも。次はそういう前提で説明してみよっかな。
「基本的に魔法って、イメージの世界なんだよ。暗い夜は眠くなるもの。そう思える人は、闇魔法で相手を眠らせる事が出来る。暗闇の中では相手をぼんやりとしか見えない。そう思える人は、闇魔法で相手の認識をぼやかす事が出来る」
「……つまり、今のチェルシー姫は、姿をぼやかす魔法を使っていると?」
どうやら今回は上手く伝わったらしい。あーしはソリッドの問いに、コクコクと頷きで返した。
そして、腕を組んで何やら考え始めるソリッド。あーしはその姿をじっと見つめる。
――うん、めちゃカッコ良い。
精悍な顔立ちで落ち着きがある。強者の貫禄がめっちゃ出てる。
それに何より黒目黒髪! 高貴な色である、黒で統一されてるのが超高ポイント!
黒い髪も、黒い目も、夜の闇みたいで凄く惹かれる。話には聞いてたけど、近くで見るとホントにヤバイわこれ……。
「――お待たせしました! 季節限定のベリーケーキにベリーティーです!」
「――うわっ! ……って、お姉さん、ありがとう! 超おいしそうだね!」
うっとりしてた所での不意打ちだった。思わず驚きの声を上げちゃったけど、闇魔法のお陰で気にされる事は無い。
お姉さんにはぼんやりと、こっちを見たとか、お礼を言った位にしか認識できない。あーしが驚いたとか、思わずきょどったとかは認識できていないはず。
その証拠に、お姉さんはそれ以上何も言わずに去って行った。ただ、ソリッドが驚いた様子であーしに問い掛けて来た。
「俺の姿を見ても、何の反応も示さなかった……。今のも闇魔法の効果なのか?」
「そうじゃない? お姉さんにはソリッドが、ぼんやりと成人男性くらいにしか見えてなかったと思うよ?」
まあ、普通の女性が見たらヤバイよね。若い女性はみんな、ソリッドに恋に落ちんじゃね?
……いや、違ったかな? 人族とは美意識に差があった気がする。魔族の女性程には、ソリッドの事をカッコいいと思わないんだったかな?
まあ、そんな事はどうでもいっか。今はソリッドの事を見つめていたい。こんなに近くで見れるチャンスは、次にいつ来るかわかんないんだしさ!
あーしはベリーケーキにフォークを指しつつ、ソリッドの顔をじっと見つめる。何やら考え込む彼は、あーしの視線すら眼中にないみたいだった。
――マジ、眼福だわ……。
何もしゃべらないソリッドの姿を、あーしは静かに見つめ続ける。そして、そんな幸せな時間を、心の底から楽しみ続けた。




