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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章 根暗アサシンと魔族の姫
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夜明け

 何だかんだで、長い時間を過ごした気がする。隣に座るパッフェルは、既に限界が近い。ソファーにもたれながら、うつらうつらと舟をこぎ始めている。


 まだまだ気になる事はあるが、ここいらで一旦お開きだろうか? そう思っていると、チェルシー姫がパチンと指を鳴らした。


「むっちゃん、いつもの宜しく!」


「……はい、姫様。承知しました」


 ヴァイオレットは一瞬だけ考える気配を見せた。しかし、すぐに頷いて扉の方へと視線を向ける。


 すると、ホストっぽい男性店員が部屋に入って来る。その手にはトレイが載せられており、こちらの近寄るとテーブルにドリンクを並べは始めた。


 ……並べられた三つのグラスには、紫色の液体が注がれていた。何故かシュワシュワと泡立ち、見るからに怪しい飲み物である。


「……これは、何だ?」


生命活性水エナジードリンクです」


 生命活性水エナジードリンク? 初めて聞く名前だな。その名前から推察するに、ポーションの一種なのだろうか?


 俺が戸惑いながら観察していると、チェルシー姫の手が伸びた。そして、グラスの一つを手に取ると、躊躇う事無く喉に流し込み始める。


「ん……。ごく……。ぷはぁ……! あぁ、めっちゃ効くね、これ!」


「はい、少し強めのを用意しました。この後も続けるのでしょう?」


 ヴァイオレットの問いに、チェルシー姫は親指を立てて見せる。どうやら、この話し合いはまだまだ続くみたいだ。


 ならば、俺も飲んだ方が良いのだろう。俺はグラスを手に取ると、そっと紫の液体を喉に流し込む。


「こく……。ん……? こ、これは……?」


 ポーションの一種だからだろう。飲んだ直後に効果が表れ始める。疲労感がスッと抜ける感覚があった。


 それに頭がクリアになり、集中力が増す感覚もある。体力回復の効果に合わせて、身体能力向上の効果まであるみたいだ。


「……確かにこれは効く。味は好みが分かれるが、パッフェルも飲んでみるか?」


「……私はいらない。後の反動が怖いから、大人しく宿に帰って寝る事にする」


 どうもパッフェルは、このポーションの事を知っているらしい。というか、これは効果が切れた後の反動があるのか?


 いやまあ、高性能なポーションには、時々そういう物もある。恐らくは効果が切れた後に、身体能力低下の効果でもあるのだろう。


 とはいえ、チェルシー姫も飲んでいるし、それ程のデメリットとは思えない。流石に後遺症が残るレベルの物は出さないだろうし、チェルシー姫が注文する事も無いだろう。


「それでは、私が宿までお送りしましょう。場所はソリッドの泊る宿で?」


「うん、お願い。倒れたりはしないけど、変なのに絡まれるとしんどいしね……」


 パッフェルとヴァイオレットが、連れ立って部屋から出ていく。当然の様に、俺の泊る宿に向かっているのは何故だろうか?


 ……まあ、王城までは距離があるしな。魔族のヴァイオレットが王城に近付くのもアレだし、きっと合理的判断の結果なのだろう。


 俺はそう納得して、一人で内心頷いておく。そして、目をギラギラさせたチェルシー姫に向き直り、彼女に対して問い掛けた。


「それで、この後はどうするのだ? 急ぎで話すことでも?」


 これまでも長い時間、夜が明けるまで話し合った。普通に考えれば一旦解散して、睡眠を取ってから仕切り直す方が良いだろう。その方が互いの負担も少なくて済むしな。


 しかし、そうしないという事は、このまま続けなければならない理由があると言うことだ。明日まで待つ訳にいかず、今日中に話しておかなければならない何かが……。


「とりま、朝食っしょ! ここのフレンチトースト、マジ旨いから食ってみ!」


「……異論はない。フレンチトーストは頂こう」


 フレンチトーストが旨い物とは、パッフェルから聞いて知っている。しかし、実際に口にした事はない。俺は好奇心に負けて、チェルシー姫と一緒にフレンチトーストをオーダーする。


 そして、同時に添えられたドリンクに、俺は眉を顰める。この香りはコーヒーだ。ギルドマスターの元で飲んだが、苦くて飲めたものでは無かったのだが……。


「あ、私と同じでカフェラテじゃん。ちょい甘いけど、ソリッドは平気?」


「……カフェラテ? ふむ、試してみるか」


 確かに以前とは色合いが違う。真っ黒では無く、茶色っぽい色となっている。つまり、コーヒーとは違う飲み物なのだろう。


 俺はそっとカップを持ち上げる。そして、芳ばしい香りにドキドキしながらも、その熱い液体を喉に流し込む。


「――っ……?! これは、旨いな。コーヒーとは違う飲み物なのか?」


「マジ? もしかして、飲んだことなかった? カフェラテはコーヒーに、ミルクと砂糖を混ぜたやつだよ!」


 チェルシー姫がケラケラと笑いながら答える。そして、自分も美味しそうに、カフェラテに口を付ける。


 俺はカップをテーブルに置き、続けてフレンチトーストにも口を付ける。そして、カッと目を見開いて、チェルシー姫へと告げた。


「……今日、初めて知ったのだが。どうやら、俺は甘い物が好きらしい」


「ぶふっ! それを今日知っちゃうって何なの! 自分の好みっしょ!」


 チェルシー姫がカフェラテを吹き出し、腹を抱えて笑い出した。俺はそれ程、おかしな事を言ったつもりは無いのだがな……。


 幼い頃はフルーツを食べる事はあったし、子ども故にそれが美味しいと思った。しかし、大人になってからは多くの時間を戦場で過ごした。甘い物を口にする機会等無かったのだ。


 ……まあ、彼女は王城に住まう王女である。俺とは違う世界に住んでいたのだ。こういう感覚のズレは仕方が無いのだろう。


 俺は一人で納得して、出された朝食を綺麗に食べきる。これ程に美味しい朝食は、余り食べられる機会が無いからな。


「……それで、次は? 急ぎ話す事があるのだろう?」


「いや、無いけど? この後は王都の観光予定だよ?」


 ……ん? 王都の観光予定? え、それって俺が残る必要あったのか?


 そもそも、どうして俺はチェルシー姫と一緒に朝食を食べていた? この状況が全然理解出来ないのだが?


 混乱して俺が何も言えずにいると、チェルシー姫がソファーから立ち上がる。そして、ぐっと背を伸ばした後に、ニッと俺に笑みを向けた。


「まだ早いけど、まあいっかな? それじゃあ行こうか。二人でデートに!」


「…………ん? デート?」


 デートって何だっけ? 男女が一緒に出掛ける事を言うんだったか? いや、恋人同士で無くても、デートって言うんだっけ?


 いやいや、そもそもの前提条件がおかしい。どうして俺はチェルシー姫と出かけるのだ? いつの間にそんな流れになったのだろうか?


 俺が首を捻っていると、不意に手を引かれた。チェルシー姫は桃色の髪を揺らし、俺をグイっと無理矢理立ち上がらせた。


「じゃあ、まずは朝市! 人間の国って、魔族の国と同じなんかな? あーし、めっちゃ楽しみなんだ!」


「……そうか。楽しみなら仕方が無いな」


 状況はまったくわからない。俺は今の状況にただ流されているだけなのだろうとも思う。ただ、こんな純真な笑顔を見せられ、断る勇気が俺には無かった。


 子どもみたいに感情を曝け出すチェルシー姫。こんなキラキラした瞳は、幼少期のパッフェル以外には向けられた記憶が余りない。


 俺はこの少々変わった王女様に興味が湧く。そして、その手に引かれながら、彼女とのデートに出かける事を決めた。

第三章の表が終わります。

次からは王女視点の裏に移ります!

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