夜明け
何だかんだで、長い時間を過ごした気がする。隣に座るパッフェルは、既に限界が近い。ソファーにもたれながら、うつらうつらと舟をこぎ始めている。
まだまだ気になる事はあるが、ここいらで一旦お開きだろうか? そう思っていると、チェルシー姫がパチンと指を鳴らした。
「むっちゃん、いつもの宜しく!」
「……はい、姫様。承知しました」
ヴァイオレットは一瞬だけ考える気配を見せた。しかし、すぐに頷いて扉の方へと視線を向ける。
すると、ホストっぽい男性店員が部屋に入って来る。その手にはトレイが載せられており、こちらの近寄るとテーブルにドリンクを並べは始めた。
……並べられた三つのグラスには、紫色の液体が注がれていた。何故かシュワシュワと泡立ち、見るからに怪しい飲み物である。
「……これは、何だ?」
「生命活性水です」
生命活性水? 初めて聞く名前だな。その名前から推察するに、ポーションの一種なのだろうか?
俺が戸惑いながら観察していると、チェルシー姫の手が伸びた。そして、グラスの一つを手に取ると、躊躇う事無く喉に流し込み始める。
「ん……。ごく……。ぷはぁ……! あぁ、めっちゃ効くね、これ!」
「はい、少し強めのを用意しました。この後も続けるのでしょう?」
ヴァイオレットの問いに、チェルシー姫は親指を立てて見せる。どうやら、この話し合いはまだまだ続くみたいだ。
ならば、俺も飲んだ方が良いのだろう。俺はグラスを手に取ると、そっと紫の液体を喉に流し込む。
「こく……。ん……? こ、これは……?」
ポーションの一種だからだろう。飲んだ直後に効果が表れ始める。疲労感がスッと抜ける感覚があった。
それに頭がクリアになり、集中力が増す感覚もある。体力回復の効果に合わせて、身体能力向上の効果まであるみたいだ。
「……確かにこれは効く。味は好みが分かれるが、パッフェルも飲んでみるか?」
「……私はいらない。後の反動が怖いから、大人しく宿に帰って寝る事にする」
どうもパッフェルは、このポーションの事を知っているらしい。というか、これは効果が切れた後の反動があるのか?
いやまあ、高性能なポーションには、時々そういう物もある。恐らくは効果が切れた後に、身体能力低下の効果でもあるのだろう。
とはいえ、チェルシー姫も飲んでいるし、それ程のデメリットとは思えない。流石に後遺症が残るレベルの物は出さないだろうし、チェルシー姫が注文する事も無いだろう。
「それでは、私が宿までお送りしましょう。場所はソリッドの泊る宿で?」
「うん、お願い。倒れたりはしないけど、変なのに絡まれるとしんどいしね……」
パッフェルとヴァイオレットが、連れ立って部屋から出ていく。当然の様に、俺の泊る宿に向かっているのは何故だろうか?
……まあ、王城までは距離があるしな。魔族のヴァイオレットが王城に近付くのもアレだし、きっと合理的判断の結果なのだろう。
俺はそう納得して、一人で内心頷いておく。そして、目をギラギラさせたチェルシー姫に向き直り、彼女に対して問い掛けた。
「それで、この後はどうするのだ? 急ぎで話すことでも?」
これまでも長い時間、夜が明けるまで話し合った。普通に考えれば一旦解散して、睡眠を取ってから仕切り直す方が良いだろう。その方が互いの負担も少なくて済むしな。
しかし、そうしないという事は、このまま続けなければならない理由があると言うことだ。明日まで待つ訳にいかず、今日中に話しておかなければならない何かが……。
「とりま、朝食っしょ! ここのフレンチトースト、マジ旨いから食ってみ!」
「……異論はない。フレンチトーストは頂こう」
フレンチトーストが旨い物とは、パッフェルから聞いて知っている。しかし、実際に口にした事はない。俺は好奇心に負けて、チェルシー姫と一緒にフレンチトーストをオーダーする。
そして、同時に添えられたドリンクに、俺は眉を顰める。この香りはコーヒーだ。ギルドマスターの元で飲んだが、苦くて飲めたものでは無かったのだが……。
「あ、私と同じでカフェラテじゃん。ちょい甘いけど、ソリッドは平気?」
「……カフェラテ? ふむ、試してみるか」
確かに以前とは色合いが違う。真っ黒では無く、茶色っぽい色となっている。つまり、コーヒーとは違う飲み物なのだろう。
俺はそっとカップを持ち上げる。そして、芳ばしい香りにドキドキしながらも、その熱い液体を喉に流し込む。
「――っ……?! これは、旨いな。コーヒーとは違う飲み物なのか?」
「マジ? もしかして、飲んだことなかった? カフェラテはコーヒーに、ミルクと砂糖を混ぜたやつだよ!」
チェルシー姫がケラケラと笑いながら答える。そして、自分も美味しそうに、カフェラテに口を付ける。
俺はカップをテーブルに置き、続けてフレンチトーストにも口を付ける。そして、カッと目を見開いて、チェルシー姫へと告げた。
「……今日、初めて知ったのだが。どうやら、俺は甘い物が好きらしい」
「ぶふっ! それを今日知っちゃうって何なの! 自分の好みっしょ!」
チェルシー姫がカフェラテを吹き出し、腹を抱えて笑い出した。俺はそれ程、おかしな事を言ったつもりは無いのだがな……。
幼い頃はフルーツを食べる事はあったし、子ども故にそれが美味しいと思った。しかし、大人になってからは多くの時間を戦場で過ごした。甘い物を口にする機会等無かったのだ。
……まあ、彼女は王城に住まう王女である。俺とは違う世界に住んでいたのだ。こういう感覚のズレは仕方が無いのだろう。
俺は一人で納得して、出された朝食を綺麗に食べきる。これ程に美味しい朝食は、余り食べられる機会が無いからな。
「……それで、次は? 急ぎ話す事があるのだろう?」
「いや、無いけど? この後は王都の観光予定だよ?」
……ん? 王都の観光予定? え、それって俺が残る必要あったのか?
そもそも、どうして俺はチェルシー姫と一緒に朝食を食べていた? この状況が全然理解出来ないのだが?
混乱して俺が何も言えずにいると、チェルシー姫がソファーから立ち上がる。そして、ぐっと背を伸ばした後に、ニッと俺に笑みを向けた。
「まだ早いけど、まあいっかな? それじゃあ行こうか。二人でデートに!」
「…………ん? デート?」
デートって何だっけ? 男女が一緒に出掛ける事を言うんだったか? いや、恋人同士で無くても、デートって言うんだっけ?
いやいや、そもそもの前提条件がおかしい。どうして俺はチェルシー姫と出かけるのだ? いつの間にそんな流れになったのだろうか?
俺が首を捻っていると、不意に手を引かれた。チェルシー姫は桃色の髪を揺らし、俺をグイっと無理矢理立ち上がらせた。
「じゃあ、まずは朝市! 人間の国って、魔族の国と同じなんかな? あーし、めっちゃ楽しみなんだ!」
「……そうか。楽しみなら仕方が無いな」
状況はまったくわからない。俺は今の状況にただ流されているだけなのだろうとも思う。ただ、こんな純真な笑顔を見せられ、断る勇気が俺には無かった。
子どもみたいに感情を曝け出すチェルシー姫。こんなキラキラした瞳は、幼少期のパッフェル以外には向けられた記憶が余りない。
俺はこの少々変わった王女様に興味が湧く。そして、その手に引かれながら、彼女とのデートに出かける事を決めた。
第三章の表が終わります。
次からは王女視点の裏に移ります!




