表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章 根暗アサシンと魔族の姫
44/162

伝説の賢者

 俺は想定外の事態に頭を抱える。何故だか、チェルシー姫とヴァイオレットが、俺を『陰の勇者』に仕立て上げたらしい。


 俺の知らない所での暗躍である。俺にはどうする事も出来なかったと思う……。



 ――いや、違うな……。



 気付けるタイミングはあった。俺は魔王軍との戦いの中、ヴァイオレットと出会った。和平派の魔族であり、この戦争を終わらせたいと接触して来たのだ。


 敵意が無いので話を聞いた。そして、夢魔族と和平派の存在を知らされた。その上で、俺は彼の計画に協力する事を決めたのだ。


 平和を求める仲間として、俺が彼の言葉を信じた。そして、彼のシナリオ通りに動き、計画通りに戦争は終結した。彼の説明に嘘は無く騙したとは言い難い。


 そういう意味では彼の言葉に問題は無い。ただ、俺を勇者に仕立て上げる事を、黙っていた一点を除いては……。


「ああ、それとソリッド。我が友への言い訳を許して欲しい……」


「……ん? 言い訳だと?」


 ヴァイオレットは愁いを帯びた顔で、俺の事を見つめていた。黙っていた事に対して、彼なりに悪いと言う思いはあるらしい。


 ならば、その話を聞こうと俺は姿勢を正す。ヴァイオレットはそんな俺に対して、嬉しそうに微笑みながら話し出した。


「この計画は両国の平和の為なのは確か。しかし、私個人としては姫様への忠義故なのです。それを説明するのに、まずは姫様の頭を見て頂けないでしょうか?」


「チェルシー姫の頭を……?」


 チェルシー姫の頭に何かが付いている訳では無い。ピンク色のサラサラヘアーが揺れるだけだ。


 そして、俺が頭を見つめていると、チェルシー姫が頬を染めて俯く。照れた様子で見上げる姿は、何となく胸にグッとくるものがある。


 しかし、俺はその感情が何なのか良くわからない。そして、それ以上に背後で睨むパッフェルが怖い。まさか妹から、本物の殺意を向けられるとは思わなかった……。


「ピンクの髪を持つ悪魔族は、余り数が多くありません。更に魔王の一族の中では初めてとなります。――始祖である、賢者シェリル様を除いては、ですが」


「賢者シェリル……。伝説の勇者の話にあった女性か?」


 俺の問いにヴァイオレットが頷く。そして、チェルシー姫は嬉しそうにはにかんだ。


「『ノアの書』の物語は魔族の中で高い人気を誇っています。その中でも、シェリル=ノア様の人気は断トツです。姫様はその子孫であり、更には闇の精霊に愛されし存在。全魔族にとって姫様は、救世主の再来として期待された存在なのです」


「救世主の再来だと……?」


 俺はチェルシー姫を改めて観察する。可愛さと美しさが同居し、一種のカリスマ性を感じさせる。彼女を守りたいと思う者は多くいる事だろう。


 しかし、俺が感じるのはそれだけだ。それ以外は普通の女性と変わりない。魔族の未来を背負う様な、そんな特別な存在だとは感じられなかった。


「そして、この戦争が起こった原因を御存じですか? パール王国の国王が、娘の誕生パーティーでこう言い放ったのです。――『同じ姫でもウチの娘の方が可愛いな。魔族の姫の何と品の無いことか』と」


「「――は……?」」


 俺とパッフェルの声がハモる。説明の内容が余りに余りで、脳内の処理が追い付かない……。


 この国の国王が、娘の誕生日パーティーで娘を自慢した。その引き合いとして、チェルシー姫を悪く言った。



 ――その結果、戦争が起きた?



「元々、魔族と人族の領域間では、小さな小競り合いはありました。しかし、戦争に成る程の険悪な仲ではありませんでした。パール王国の国王も、戦争を起こす気等は無かったのでしょう。けれど、貶した相手が悪すぎたのです。全魔族が敬愛し、未来を期待する救世主ですよ? ……当然の事ながら、多くの魔族がブチ切れた訳です」


「「…………」」


 ちょっと待って欲しい。俺達の――いや、人族の認識では、魔族が唐突に戦争を仕掛けて来た事になっている。多くの人族にとって、悪いのは魔族側と言う認識なのだ。


 しかし、魔族側には怒る理由があった? 自分達の敬愛する姫が貶されたから?


 ……理解はできるが納得は出来ない。この戦争でそれなりに多くの死傷者が出ている。俺達だって、命を懸けて戦った。


 それだと言うのに、開戦の切っ掛けがそんな下らない理由だった何て……。余りの下らなさに、俺は眩暈すら感じ始めていた……。


「や、ほら……。魔族って感情に従う種族じゃん? 怒ると手が付けられなくなんのよ。あーしが止めてって言っても、誰も聞いてくれない位にさ……」


 見るとチェルシー姫が涙目だった。肩身が狭そうな様子で、身を小さくしている。


 ……確かに、今の彼女の境遇を思うと居たたまれないな。望んでも居ないのに、自分が原因で大陸を巻き込む戦争が起きたのだから。


 確かに思う所はある。しかし、その姿を彼女の前で見せるべきではないだろう。俺は気持ちを切り替えると、ヴァイオレットへと問いかけた。


「戦争の原因は理解した。しかし、それがどうして、チェルシー姫への忠義に繋がる?」


「良くぞ聞いてくれました! ああ、やはり私の見立てに狂いは無かった!」


 俺の問いに対して、ヴァイオレットは感動した様子で叫び出した。俺とパッフェルは若干引いたが、チェルシー姫は苦笑いを浮かべている。


 こういう反応に慣れているのだろうか? そう疑問に感じていると、ヴァイオレットが興奮気味に説明を始める。


「救世主と皆が姫様に期待しています! そして、姫様も皆の期待に応えたいとお考えです! しかし……しかしですよ! 戦争の原因となった姫様が、この先にその期待に応えられるでしょうか? かつての『伝説の賢者』、シェリル=ノア様のように!」


「む……? それは……」


 ハッキリ言って難しいだろう。『ノアの書』に掛かれた物語では、人族と魔族が手を取り合い、平和に過ごす時代が記録されていると言うのだ。


 終戦直後で互いに恨みもある。互いの理解を深めるならば、戦争の理由も話さなければならない。魔族が戦争を仕掛けた理由が、チェルシー姫を貶したからだと。


 そんなチェルシー姫が動いた所で、人族が彼女の呼び掛けに応じるだろうか? 手を取り合って共存しようと言った所で、彼女に何かあれば戦争が起きると、人族は距離を置くだけだろう。


「そう、姫様だけでは難しい……。けれど、ソリッドが居れば話は変わります。姫様とソリッドの二人ならば、少なくとも魔族側は大人しくなるのです!」


「……何故、俺が一緒なら魔族が大人しくなる?」


 これも『ノアの書』に絡むのだろうか? 俺が『伝説の勇者』の再来だとか?


 恐らく、そういう理由もあったのだろう。けれど、ヴァイオレットの説明はそれとは違うものであった。


「ソリッドは戦場で多くの戦果を上げています。人族内での評価はアレですが、魔族側からは凄腕の暗殺者として知られているのです。更にはソリッドは暗殺者でありながら――驚く程に、魔族を殺していない」


「…………」


 確かに俺は魔族の殆どを殺していない。戦闘不能に追い込んだりはしても、不要な殺しはしない様に心掛けていた。


 それは俺の師が、魔族の人狼である事が一因なのだろう。彼等が敵だからと言って、どうしても殺しても良いとは思えなかったのだ。


 戦場において、それは甘い考えだとわかっている。俺は自分が半端者の暗殺者だという自覚もある。だがそれが、ヴァイオレットには好都合らしかった。


「魔族は強者に敬意を払う。更には魔族を嫌悪せず、手心を加える善性の人物。ソリッドと戦った多くの者が、戦地から撤退した後にこう言うのです。『彼は本物の武人だった。人間ではあるが、敬意を払うに値する人物だった』とね」


「そういう、評価なのか……?」


 戦場で人を殺さないのが武人なのか? 普通は多くの敵を殺した者が褒められるのでは?


 どうして俺が敬意を払われているのか理解出来ない。俺が内心で首を捻っていると、ヴァイオレットは俺に対して微笑みを向ける。


「ソリッド、そういう所ですよ? 決して驕らず、誰に対しても敬意を払う。貴方のそういう所が、私は大好きなのです」


「………………そうか」


 何だろう。物凄く恥ずかしいのだが……。


 こんなストレートな言葉を初めて投げかけられた。大好きなんて言葉は、育ての親からしか言われた記憶が無い訳で……。


 だが、俺は途中でハッと気付く。ヴァイオレットが何者であるのか思い出したの。


 そう、彼の表の顔はホスト。そういうお店で働くインキュバスなのである。きっと、沢山の人に同じ言葉を投げ掛けているに違いない。


 俺だけが特別だなんて思ってはいけない。俺は自分の心にそう言い聞かせる。


 そして、気持ちを切り替えて、彼を見つめ返し――たが、無理だった。俺はそっと目を伏せ、彼と視線を交わさぬ様に、話の続きに耳を傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ