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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第三章 根暗アサシンと魔族の姫
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伝説の勇者

 不味い、パッフェルが本気で怒っている。その背後に、幻影の鬼が見える程に……。


 俺にここまでの怒りを見せたのは初めてかもしれない。どう接して良いかわからず困っていると、意外な所から助け舟が出された。


「お待ちください。ソリッドに非はありません。これは姫様と私で計画した事なのです」


「……どういう事か説明して貰える?」


 ヴァイオレットの言葉に、パッフェルの視線が移る。その怒りを含んだ冷たい視線は、そのままヴァイオレットに向けられた。


 先程までの、和気あいあいとした雰囲気ではない。ピリリとした緊張感の中、ヴァイオレットは芝居がかった仕草でグッと拳を握り締めた。


「姫様は魔族と人族の争い等、望んでおられませんでした。しかし、始まった戦争に対して、姫様の言葉だけで軍が止まる事はありません。そして、私もまた姫様の志に感銘を受け、どうにかその力に成りたいと考えていたのです」


「あ~、うん。ざっくり言うと、そんな感じで合ってるかな~?」


 真剣に語るヴァイオレットの横で、チェルシー姫が困った笑みを浮かべていた。彼女の含みがある言い方が気になったが、ヴァイオレットは間髪入れずに説明を続ける。


「互いの正義を信じて戦う両軍。平和を愛する姫様の言葉が届かない中、どうすれば戦いを止められるのか? 考え合った私達が出した結論……。それこそが――ドラマ性だったのです!」


「「……ドラマ性?」」


 俺とパッフェルは揃って首を傾げる。ヴァイオレットの説明が、いまいち理解出来なかったのだ。


 だが、そんな俺達に対して、ヴァイオレットは笑みを浮かべる。白い歯をキラリと光らせ、俺達に対して問い掛けて来た。


「所で話は変わりますが、お二人は『伝説の勇者』についてご存じですか?」


「『伝説の勇者』だと? いや、知らないな……」


 隣を見るがパッフェルも首を振っている。やはり、思い当たるものは無いらしい。


 しかし、ヴァイオレットはウンウンと頷いている。知らなくて当然と言わんばかりに、俺達に対して説明を始めた。


「代々の魔王様が引き継ぐ、『ノアの書』なる書物があります。これは千年前の賢者である、シェリル=ノアという名の悪魔が残した歴史書です。この『ノアの書』の中に、『伝説の勇者』についての記載があるのです」


「シェリル=ノア……?」


 チラリとパッフェルに視線を向けるが、先程同様に首を振っている。やはり、彼女もその名を知らないみたいだ。


 ただ、俺も知らないはずなのだが、何かが引っかかる。どこかで聞いた気もするのだが、どこだっただろうか……。


「千年前のこの大陸において、魔族と人族が共存する『黄金の時代』がありました。その時代を作った人物こそが『伝説の勇者』。人間でありながら黒目黒髪であり、神々の寵愛を受けた人物なのです」


「なに? 黒目黒髪の人間だと?」


 その歴史が真実かはわからない。しかし、黒目黒髪でありながら、勇者と認められた人物には興味を引かれた。


 千年前の時代なら、黒目黒髪が嫌われる事は無かったのだろうか? その疑問については、ヴァイオレットがすぐに答えを口にした。


「その勇者は黒目黒髪という事もあり、人族の中では好まれておりませんでした。しかし、勇者はそんな事には興味がありません。彼は神の意志に従い、争いの無い世界だけを望んでいたからです」


「…………」


 その勇者も人族内で嫌われていたのか。けれど、それを気にしていなかったらしい。


 彼はどんな気持ちだったのだろう? 周囲の雑音が気にならない程に、敬虔な神の使徒であったのだろうか?


「そして、勇者は人間の国王に騙されます。『魔王を倒せ。それこそが平和な世に必要な事だ』と信じ込まされ、魔王を倒す旅に出たのです」


「マジ、エグイよね……。何も知らないからって、神様の使いを騙すなんてさ……」


 チェルシー姫が悲しそうに呟いた。騙された勇者に同情したのだろう。そして、俺もその考えに同調する。


 魔王とは魔族の王である。戦争をしていれば敵国かもしれない。だからと言って、倒せば平和が訪れるなんて事はあり得ないのだから。


「しかし、勇者に間違いを指摘し、真なる平和への道を示した者がいました。それこそが賢者シェリル=ノア。魔族族最高の頭脳と称賛され、魔王四天王一人でもあった悪魔族の女性なのです」


「ちなみにシェリル様は、あーしのご先祖様だよ! 代々の魔王って基本的に、シェリル様の子孫が務めてるの!」


 ニコニコと笑顔で告げるチェルシー姫。その表情はとても誇らしげであった。先祖であるシェリル=ノアを尊敬しているのが良くわかった。


 ヴァイオレットはそんなチェルシー姫に、柔らかな笑みを向ける。そして、こちらに視線を戻すと、二人の物語を語り続ける。


「勇者はその強大な力と勇気で。賢者シェリル様は知恵と優しさで、この魔王国を一つに纏めました。更には人族とも手を取り合い、平和な世界を作り上げたのです。その偉大なる勇者こそが『伝説の勇者』。神に認められし、只一人の本物の勇者なのです」


「……只一人の本物の勇者?」


 その言い方では、それ以外が偽物みたいではないか。アレックスが偽物扱いされたみたいに思い、俺は内心で複雑な気分となる。


 しかし、何故だかチェルシー姫も不機嫌そうにしていた。やれやれと首を振りながら、呆れた口調でこんな事を言い出したのだ。


「白神教の神官って勝手だよね? 精霊に愛されてるからって、その人達を勝手に勇者って認定してさ? しかも、光と火水土風の精霊だけが、神の使いみたいに扱って……。本当は闇の精霊だって、白の神様に仕えてたんだよ?」


「え、そうなの? 闇の精霊は黒の神様じゃないんだ……」


 隣のパッフェルが驚いた表情を浮かべている。そして、俺も内心では同じ様に驚いていた。


 人族の中では闇の精霊を敬う習慣が無い。それは魔族が敬う対象なのだと思っていた。しかし、ヴァイオレットは楽しそうに笑みを浮かべる。


「魔族内では闇・火・雷の精霊を敬う者が多いですね。ただし、これらはシェリル=ノア様に仕えていた精霊だからです。黒の神『ノエル』様に仕えていたからではありません」


「あ、それとあーし、闇の精霊の加護持ちだから。人族と同じ考えなら、あーしも勇者って事になってたかもね?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるチェルシー姫。どうやら、彼女は加護ギフトとして、『闇の精霊に愛されし者』を所持しているらしい。


 人族の中でアレックスは勇者と呼ばれている。しかし、チェルシー姫は魔族内で勇者と呼ばれはしない。


 ならば、勇者とは一体何なのだろうか? チェルシー姫達の言う通り、『伝説の勇者』以外は偽物なのだろうか?


 常識を揺るがされた俺は、腕を組んで内心で唸る。すると、話の流れを変えるかの様に、ヴァイオレットがパンと手を打ち鳴らした。


「――さて、これで我々の言う『伝説の勇者』についてご理解頂けましたね? それでは、話をドラマ性に戻したいと思います」


「……そういえば、そんな話をしていたな」


 確か戦争を終わらせるのに、ドラマ性が必要だったか? どうして、『伝説の勇者』の話になったのだろうか?


 俺とパッフェルが揃って首を捻っていると、ヴァイオレットは俺に対して恭しく右手を差し出した。


「黒目黒髪の人間が平和を求め、この戦争に終止符を打ちました。まるで、どこかで聞いた話ではないでしょうか?」


「――ん? いや、ちょっと待ってくれ……」


 何なんだこの流れは? とてつもなく、嫌な予感しかしないのだが……。


 隣を見ると、パッフェルの頬が引き攣っている。恐らく彼女も、俺と同じ予感を感じたのだろう。


「魔族であれば皆が知っています。『ノアの書』の物語は、誰もが知る英雄譚なのです。そんな物語を彷彿させる人物が現れたとしたら? この終戦に対して、反対する者が居るでしょうか?」


「ま、待て……。何故だか、嫌な予感がするのだが……?」


 心の準備が追い付かない。しかし、それを待ってくれるヴァイオレットではなかった。彼はパチンと指を鳴らすと、俺に向かって指をさした。


「私と姫様のプロデュースにより、ソリッドを――勇者に仕立て上げちゃいました!」


「マジ、ヤバかったよね! 完全にハマり役だったし! めっちゃ、バズッたしね!」


 ドヤ顔でこちらを指さすヴァイオレット。そして、興奮した様子で、キラキラした瞳を向けるチェルシー姫。この二人は何て事をしてくれたのだろう……。


 隣を見ると、パッフェルがポカンと口を開けていた。表情は完全に無であり、どこかで見たキャラクターに似ている……。


 ああ、そうだ。どこかの村で作っていた、ハニワとか言う土人形だ。あれとそっくりな表情を浮かべている。


 納得した俺は小さく頷く。そして、天井を見上げると、無言で顔を手で覆った……。

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