宴の始まり
夢魔族のクロウに連れ出され、俺とパッフェルは夜の街に繰り出した。そもそもの彼の訪問目的は、俺に会う為ではない。とある人物の元へと、俺を案内する為だったのだ。
そして、案内された場所は、知る人ぞ知る会員制バー。以前、アレックスと共に利用したお店であった。
「実はこのお店、私達のパール王国支店でしてね。店員は全て夢魔族なんですよ」
「なに? そうだったのか……」
一流のサービスが提供されると評判が高い店。されど多くの人が知らない、不思議な店だと思っていた。
その理由は夢魔族の出張店だからなのか。それならばお店自体が秘匿される。人気があろうと、一部の人間にしか知られない訳である。
そして、アレックスが知っていたのは王侯貴族の伝手だろう。何だかんだと彼も、そういう手合いから接待される立場だからな。
「さあ、こちらへどうぞ。我らの姫が、お二人をお待ちです」
「ふむ、それでは失礼して……」
クロウに案内された部屋は、この店のVIPルームだった。会員の中でも特に選りすぐられた、一部の人しか入れない部屋だと言う。
やや薄暗い照明に、キラキラ輝くミラーボール。室内はホールという程には広くない。しかし、個室にしては大きな部屋である。そして、中央のラウンドテーブルを囲うように3つのソファーが並べられている。
俺は入室して、室内に五人の人物を確認した。座っているのは一人の女性のみ。他は彼女を囲う様に立ち並ぶ美男美女。恐らく、彼等は店員であるホストにホステスなのだろう。
しかし、美男美女のホストやホステスも、中央の人物の前には霞んで見えた。その人物は明らかに存在の格が違っていたからだ。
ピンクの長いサラサラヘアーに、ルビーの様な真っ赤な瞳。顔立ちは可愛いとも綺麗とも感じられる。成人したての様な幼さと、大人っぽさが同居しているのだ。
そして、黒いドレスはスカートが短く、白い足がスラリと伸びている。細い指から伸びた爪は、真っ赤なネイルが非常に目を引く。
彼女は可愛さとカッコよさを兼ね備えた女性だった。誰もが惹きつけられる、不思議な魅力を周囲に放っていた。それは一種のカリスマ性すら感じさせるものであった。
中央に座るその女性は、こちらに気付くとヒラヒラと手を振る。そして、ニコニコと笑みを浮かべてクロウへと問いかけた。
「あ、やっと戻って来た。むっちゃん、その人達が例の人達だよね?」
「はい、姫様。こちらは友人のソリッドに、その妹のパッフェルです」
友人と紹介されて、俺は内心で思わず照れる。ただ、その感情は表に出さず、俺は相手の女性に頭を下げた。
「クロウの紹介にあった、ゆ、友人のソリッドだ……」
「ソリッドの妹のパッフェルよ。知ってると思うけど」
俺はゆっくり頭を上げる。チラリと隣を見たが、パッフェルは頭を下げていなかった。俺はその対応に、内心で冷や汗を流す。
そして、それが原因なのだろう。相手の女性は眉間に皺を寄せていた。そして、不機嫌そうな口調でクロウに問いかける。
「ねえ、むっちゃん。どういう事なの?」
「どういう事とは、何の事でしょうか?」
自らの主に睨まれて、それでも涼しい表情のクロウ。相手の素性は事前に知らされている。だからこそ、俺は内心でハラハラしていた。
しかし、彼女の言葉は俺の想定とは異なるものであった。彼女はクロウに指さすと、呆れた口調でこう言ったのだ。
「ソリッドとダチなんだよね? なんでお店の源氏名を教えてんの? 隠し事とかマジ有り得ないんだけど?」
「はははっ、私達の出会いは戦場でしたからね。流石に本来の身分を伝えては、信頼されなかったでしょうね」
お店の源氏名? クロウとは本名では無かったらしい。まあ、そこは構わない。
ただ、本来の身分とは何だろうか? 知られると不味い立場らしいが、それが何なのかは気になる所である。
そして、俺がクロウに視線を移した一瞬で、女性は俺のすぐ目の前に立っていた。油断していたとはいえ、瞬時に間合いに入られた事に俺は驚きを隠せずにいた。
「ふふん、君がソリッドか~。むっちゃんから聞いた通りの超イケメンじゃん?」
「……何だと?」
超イケメンとは何だろう? 聞きなれない言葉だが、魔族内で使われるスラングだろうか?
ただ、その疑問は脇に置き、俺はパッフェルを守る様に立ち位置を変える。相手は相当の手練れである。もしかすると、俺でも対処出来ない相手かもしれない。
相手の立場を考えると、敵対的な行動は悪手なのかもしれない。しかし、相手はそんな対応に気を悪くもせず、俺に対して微笑んでこう告げた。
「むっちゃんから、もう聞いてるよね? あーしはチェルシー=ノーム。敬語とかマジいらないから。これからよろしくね!」
「あ、ああ……。こちらこそ、宜しく頼む……」
相手はニコニコと笑みを浮かべ、右手を俺へと差し出して来た。それを無視するのは無礼になるだろう。俺は躊躇いながらも、相手の握手に応じることにした。
そして、それはパッフェルも同じであった。何とも言えない難しい表情で、求められた握手に応じている。
なお、クロウは彼女を姫と呼んでいる。それは比喩でも何でも無く、彼女は本物のお姫様である。かつて、俺達が討伐に向かった魔王――その一人娘なのだ。
戦争を終えた今では、失礼があってはいけない相手。和平交渉の最中に、国際問題を起こすと不味いからである。
とはいえ、俺とパッフェルは彼女の父親を殺そうとした人間。恨まれて当然の立場である。この後にどんな要求を突きつけられるか、気が気では無かったりする。
「あ、座って座って! 今日はあーしの奢りだから、好きなもの頼んで良いからね!」
「さあ、二人とも気を楽にして下さい。我らがサービスをたっぷりとご堪能下さい!」
チェルシー姫に背中を押され、俺はソファーに座らされる。そして、パッフェルもクロウに促されて、俺の隣に腰かけた。
チェルシー姫は、俺の隣のソファーに座る。クロウはもう一つの空いているソファーに。流石に姫様の隣に座ったりはしなかった。
「そんで、さっきの続きね! むっちゃんの名前はヴァイオレット=ローズ。髪と目が紫色だから、あーしはむっちゃんって呼んでるけどね?」
「ふふ、私をそう呼ぶのは姫様だけですよ。まあ、私は友人が少ないので、それが原因でもありますがね」
クロウ――もとい、ヴァイオレットも友達が少ないらしい。何となくだが、彼に対して親近感を感じざるを得ない。
ただ、チェルシー姫の説明は終わりでは無かった。続けて彼女は、何でもない様子で爆弾を投下して来た。
「んで、むっちゃんは夢魔族の王様なの。更に言うと、魔王四天王の一人でもあるって訳」
「うーん、そこまで話します? 私の正体って、魔王軍の中でも機密事項なんですけどね」
……ん? 夢魔族の王様? それに魔王四天王?
いやいや、ちょっと待って欲しい。彼は魔王国内での俺の協力者。魔王軍の情報を横流ししていた人物なのだが?
あまりの状況に理解が追い付かない。そして、隣のパッフェルが凄い目で俺を睨んでいる。疑いの眼差しは勘弁してほしい。俺だって何が何だかわからないのだから……。
俺は妹に信じて貰えず内心で凹む。ただ、事態はそんな悠長な状況では無かった。
――パチン!
チェルシー姫が唐突に指を鳴らした。すると、ミラーボールは止まり、部屋の空気が急変する。ヴァイオレットと四人の夢魔族も緊張した表情に変わった。
何が始まるのかと、俺とパッフェルは身構えた。そんな俺達に対して、チェルシー姫は薄っすらとした笑みを見せた。
「じゃあ、自己紹介はもう良いよね? こっからが本題なんだけど……。二人は何で呼ばれたか、もうわかってるよね?」
「俺達が呼ばれた理由だと……?」
楽しそうに笑みを浮かべるチェルシー姫。その表情を見て、俺は自分の馬鹿さ加減に強く苛立つ。
空気に流され油断が過ぎた。俺とパッフェルは彼女の父親の敵。仇となっていたかもしれない存在なのである。
誰の目にも付かない密室。俺を上回る実力者の姫様に、魔王四天王のヴァイオレット。更にはその配下の夢魔族が四人。
狭い部屋と言うのも俺達には不利だ。俺の機動力は発揮出来ず、パッフェルの大魔法も自滅を招くだけ。
俺達の命を奪うつもりか? それとも、何らかの要求を突きつける気なのか?
そう緊張する俺とパッフェルに対して、チェルシー姫が声高らかに宣言した。
「それじゃあ、始めるとしましょうか……。私達の――ずっ友記念パーティーを!」
「「「うぇーい!!!」」」
ハイテンションで叫ぶ夢魔族達。更には続々と入室してくる追加の夢魔族達。彼等の手によって、料理や酒が次々に運び込まれて来る。
ラウンドテーブルの上は、料理と酒で溢れてしまう。すると、更に追加のラウンドテーブルが並べられる。
しかし、テーブルの一つは料理では無く、ワイングラスが積み上げられる。並べるとかでは無く、ピラミッド型にどんどん上に積み上げているのだ。
「なんだ、これは……?」
状況がわからず、俺は隣のパッフェルに視線を向ける。すると、呆然とした彼女も、俺の方へと視線を向けていた。いつの間にか真っ赤な三角帽子をかぶり、陽気な雰囲気となった彼女が……。
そして、呆然となり、油断していた俺は、顔に何かを付けられる。何をされたのかと焦っていると、隣のパッフェルが急に吹き出した。
「ぶふぉっ……?! ソ、ソリッドの……鼻眼鏡は、卑怯……」
その場に崩れ落ち、身を震わせるパッフェル。多大なダメージを受けているが、恐らく致命傷では無いと思う。
というか、本当にこれは何なのだろう? 状況がまったく理解出来ないのだが?
俺はそっと自らの顔に触れる。鼻の下のサラサラとした何かは、思いのほか手触りが良かった……。