聖女ローラ
頭を抱えた俺は、ある人物に相談する事を決める。勇者パーティー『ホープレイ』の四人目。回復&頭脳担当の聖女ローラに対してだ。
彼女は俺に対して、近寄り過ぎないスタンスを取っている。それは彼女が教皇の孫でり、黒目黒髪の俺に対する周囲の目を意識しての事である。
とはいえ、『ホープレイ』の仲間として、戦闘では俺にもしっかり支援をくれる。困った状況に陥れば、問題を打破する助言をくれたりする。
俺に対して好意的でも敵対的でも無い。中立の立場を貫き続けた存在。そんな彼女だからこそ、この状況でも的確な助言をくれると信じている。
「――しかし、これはどういう事だ……?」
現在のローラの職場――王都大聖堂に訪れた俺は、何故か懺悔室に放り込まれてしまった。人一人が入れるだけの小さな個室で、目の前には申し訳程度の小さな木窓があるだけだ。
どうしたものかと考えていると、俺は懺悔室に近づく気配に気付く。そして、程なくして目の前の小窓が開き、聞き覚えのある声が耳に届く。
「迷える仔羊よ。貴方の懺悔を聞きましょう」
「待ってくれ、ローラ。これはどういう事だ? どうして懺悔室なんだ?」
相手がローラ=ホーネストとわかり安堵したが、それでもこの場所は理解が出来ない。俺は受付でローラに相談があると伝えたはず。彼女に懺悔を聞いて貰う目的では無いのだ。
しかし、僅かな沈黙の後に届いた声は、酷く冷たく、硬いものであった。
「ソリッド、貴方は自分の立場が分かっているの? ここには来るなと伝えたはずよね?」
「……それは済まないと思っている。ただ、ローラにしか相談出来ない問題が起きたのだ」
俺の存在は白神教内で疎んじられている。黒は白神教とはライバルに当たる、『黒神教』を象徴する色だからである。その俺が勇者パーティーに所属する事を、白神教としては歓迎していないのだ。
だからこそ、俺の存在は世間に公にされていなかった。聖女であるローラが調整し、現地の協力者という扱いで共に活動し続けて来た。
そういう理由もあって、白神教は俺の存在を無かった事にしたがっている。そんな俺が堂々と大聖堂へ踏み込んだと知られれば、上層部がざわつく事は俺にも想像できる。
とはいえ、その事を理解した上で、俺はこの場所へとやって来た。それを察したローラは、とても長い溜息の後に、俺に対して声を掛けた。
「……そうね。私も長らく教会から離れられずにいました。貴方達の状況を把握出来なかった事を申し訳なく思っています」
「いや、それは仕方がない事だ。まだ戦後処理も落ち着かない状況。聖女であるローラは、誰よりも多忙な状況だろうしな」
少し前に終戦したが、国家間の調整を白神教が行っていた。それを成せた理由の一つが、勇者アレックスと聖女ローラの存在なのである。
白神教が勇者アレックスを導き、育てた。そのアレックスに付き従い、仲間として聖女ローラが支え続けた。そして、勇者パーティー『ホープレイ』は、数多の劣勢となった戦場をひっくり返し続けた。
そして、『ホープレイ』が人族の希望と認められた事で、各国は互いに手を取り合い、連携して魔王軍に立ち向かう事となった。その結果、劣勢と思われたこの戦争は、最終的に人族の勝利で終結する事が出来たのだ。
白神教ではその功績を活用する為に、勇者アレックスと聖女ローラはあらゆる場所に引っ張りだことなっている。先日のアレックスとの密会も、彼が忙しい中で、何とか時間を作ってくれての事だったのだ。
なお、パッフェルは何度か呼ばれた会合で、人々に見せられない粗相を仕出かしている。それ以降は、どこからも声が掛からなくなった。俺に関しては、説明するまでも無いだろう。
俺は一人頭の中で状況を整理していた。すると、そんな俺の理解を感じて、ローラの口調が一瞬だけ和らいだ。
「そう言ってくれるのは貴方くらいのものね。――さて、余り長くなると怪しまれるわ。早速、起きたという問題を、話してくれるかしら?」
ローラの気配が毅然としたものに変わる。恐らくは、パーティーの頭脳として活躍した、あの戦場と同じ表情を浮かべているのだろうな。
俺はローラに頼もしさを感じながら、先日のアレックスとの密会について説明を始める。
「以前から俺は、アレックスに『ホープレイ』の脱退について相談していた。既に戦争は終結に向かい、俺がこの地に居る必要も無くなったからな。……ただ、何故かアレックスは、『ホープレイ』の解散も、俺の脱退も認めないと言うのだ」
「なるほど……。アレックスならば、そういう返事も有り得るわね……」
ローラは俺の説明に、うーむと唸り声を上げていた。その反応から、俺と同じ様にアレックスの行動こそ問題であると感じてくれているみたいだった。
ローラが想定通りの反応を示し、俺は内心で安堵する。そして、アレックスの問題行動を、更に彼女に打ち明ける。
「それと、アレックスは『パーティー解散を行わない』と、神の名の下に宣言した。これでは無理矢理解散させると、アレックスの身に神罰が落ちてしまう。こちらとしても、強引な手は取れなくなってしまった」
「――は……? 神の名の下に、宣言した……?」
ローラは呆然とした表情を浮かべているのだろうな。その声を聞くだけで、彼女の表情が目に浮かぶ様である。
そして、申し訳ないとは思うが、更に俺は話を続ける。この件も話しておかねば、後から問題になりかねいからな。
「それと、アレックスは『勇者アレックス』の名を使い、ギルドに解散禁止の指示を出している。これでは、ギルド側に手を回す事も難しいだろう」
「……………………」
やはり、これもローラにとって想定外だったらしい。彼女は何かを考えているのか、何も返事を返して来なかった。
……というか、目の前の小窓がカタカタと揺れている。あちら側はどういう状態になっているのだろうか?
俺は不安を感じつつも、ローラに対して相談を続ける。
「その……。アレックスは戦場で無茶をする事はあった。しかし、こんな奇行に走る男では無かったはずだ。何が彼を変えてしまったのだろうか?」
「……少し、確認に時間を頂戴。三日後――いえ、五日後の夜に、私から貴方の泊る宿へ伺うわ」
どうやら、ローラも今すぐには答えられないらしい。そして、彼女の――いや、白神教の力を使って、調査を行うつもりなのだろう。
俺もアサシンという職業柄、情報収集だけなら少しは心得がある。しかし、白神教という組織の力には及ばないし、何よりもローラ程の情報を処理する能力も持ち合わせてはいない。
ここは素直に、彼女に任せておくべきだろう。俺は一安心だと胸を撫で下ろし、ついでに思い出した話題を振ってみる事にした。
「そういえば、昨日パッフェルと話をした時の事なのだが……」
「え……?」
何気ない雑談程度のつもりである。それなのに、ローラの声が何故か動揺で震えていた。その事を不思議に思いつつ、俺はそのまま話を続ける。
「パーティーを解散出来たら、俺はグレイシティに向かうと伝えてな。それに対して、パッフェルが付いて来ると言ってきたのだ。しかも、俺達の母さんがパッフェルに、『他の人と結婚しないなら、ソリッドにずっと付いて行きなさい』と言ったらしいのだ。……少し邪推もしてしまったのだが、これは兄妹として普通の事だと思うか?」
俺が問い掛けると、壁の向こうでドンっと言う音が響いた。驚きのあまり、壁に頭でもぶつけたのだろうか?
しかし、俺がローラの身を案じていると、彼女はいつも通りの穏やかな声でこう告げて来た。
「ソリッド、やはり十日後にして貰えるかしら? そちらの件も、しっかり調べておきたいの」
「そ、そうか……。調べて貰えるなら、こちらとしては助かるが……」
何故だか、有無を言わさぬ圧力を感じる。ここは逆らうべきではないと感じ、俺は見えもしないのにコクコクと頷いた。
すると、やはり彼女は相当に忙しいのだろう。その後は雑談をする間も無く、俺は大聖堂から追い出されてしまう。
慌ただしい感じになってしまったが、彼女が調べるというなら問題ないのだろう。俺は彼女が訪れる十日後まで、一旦は問題を忘れる事にした。
「さて、少し時間が空いてしまうな……。体が鈍らない様に、ギルドの仕事でも受けてみるか……」
王都の冒険者ギルドなら、様々な依頼が存在するはず。俺一人でも受けられて、数日程度で片付く依頼もあるはずである。
俺はちょっとした気分転換も兼ねて、そのまま冒険者ギルドへと足を向ける事にした。