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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第二章(裏) 根暗アサシンの妹の過去
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パッフェル、十三歳の記憶(後編)

 とても厄介な事になった。今になって宮廷魔術師が出張って来たのだ。私の能力が非常に高いと知り、自分の派閥へと取り込むためにだ。


 そして、相手の宮廷魔術師は貴族でもある。領地を持たない上に、周囲の印象も悪い貴族。それでも、農家の生まれで平民の私とは立場が違う。私もソリッドも、どう対処すべきかわからなかった。


 しかし、私達にも救いはあった。それがハーゲンである。彼は宮廷魔術師の使いと名乗る男を、冒険者ギルドの応接間へと招き入れたのだ。


 ハーゲンは私の付き添いとして、一緒に対処してくれることになった。こっそりと俺に任せろと言い、何やら自信あり気な態度であるが……。


「ふん、貧相な部屋だな。さっさと話を済ませるとするか」


「ははは、そうですな! お互いにその方が良いでしょう」


 私に並んでソファーに座るハーゲン。相手の嫌味なセリフにも動じず、軽く笑いながら受け流していた。


 私は改めて相手の魔術師を見る。宮廷魔術師の使いという、金髪碧眼の魔術師の男だ。年齢はまだ二十歳ぐらいで若く見える。


 着ているローブは紺色で、金の刺繡が施されている。指輪や腕輪もゴテゴテしていて、成金っぽくて趣味が悪い。


 彼はソファーの上で足を組み、横柄な態度を見せている。薄い笑みでハーゲンを睨むと、吐き捨てる様にこう命じた。


「ケフカ様はそこの小娘を、弟子として招き入れるとの事だ。手間ではあるが、宮廷までは俺が連れ帰ってやる」


「ははは、パッフェルは冒険者ギルドの仲間だ。お前等如き三下に渡すはずがないだろう?」


 相手の魔術師はポカンと口を開く。何を言われたのか、瞬時に理解出来なかった様だ。そして、それは隣に座る私も同じであった。


 だが、それのつかの間の事。相手は顔を真っ赤にすると、目の前のテーブルを足蹴にして吠えた。


「貴様、何を言っているかわかっているのか! ケフカ様はガストラ家のご当主様! 宮廷魔術師というだけでなく、子爵でもあるのだぞ!」


 そう、彼は貴族の使いで来ている。彼の言葉に逆らうという事は、貴族の命令に逆らうと同義。どのような仕打ちを受けるかわからないのである。


 それだと言うのに、ハーゲンはゆっくりソファーから腰を浮かせる。そして、身を乗り出すと、相手の襟元に手を伸ばした。


「あぁ、それがどうした? テメェの前に居るのは冒険者だぞ。そんな借り物の権威が通じると思ってんのか? 文句があんなら、テメェの言葉で話してみろやっ!!」


「――ひっ……?!」


 相手の襟首を締め上げ、片手でその体を浮かせてしまう。唐突な暴力に、私は唖然となって固まってしまう。


 相手の男は顔を青くしている。それが恐怖か酸欠かは不明だが、ジタバタと藻掻きながら弱々しく告げる。


「ほ、本当にわかっているのか……? このような行為を、ケフカ様が許すはずがない……」


「だから知らねぇって言ってんだろ。そもそも、関係ねぇんだよ。俺等も貴族同様、舐められたら終いの商売だ。売られた喧嘩は買うだけなんだよ」


 冷たい眼差しで吐き捨てるハーゲン。その言葉で男は諦めたらしく、黙り込んで震えるだけになってしまった。


 そんな態度を見て、ハーゲンがチッと舌打ちする。興味を失ったらしく、相手をソファーへ放り投げた。


「飼い主に伝えな。パッフェルに手を出すなら、冒険者ギルドが黙っちゃいねぇ。喧嘩を売るなら買ってやるってな」


「……わかった」


 貴族の使いと言う男は、ただ大人しく頷く。そして、逃げ帰るように、そそくさと扉へと向かう。


 しかし、そんな男の背中に向けて、ハーゲンが更なる言葉を掛けた。


「ああ、そうそう。俺には冒険者だった時の伝手があってな。もし、俺等に喧嘩を売るつもりなら、その時はクリストフ将軍にご助力願うことになるだろうな」


「ク、クリストフ将軍だと……?」


 帰りかけていた男は、驚いた表情で振り返る。その表情は引き攣っており、先程とは違う意味で青ざめているみたいだった。


 ニヤリと笑うハーゲンを見て、男とはブルリと震える。そして、それ以上は何も言わずにギルドから去って行った。


 二人っきりになった部屋の中。私はハーゲンに向かって問い掛けた。


「あんな事を言って、本当に良かったの?」


「当たり前だろ? 本物の冒険者ってぇのは、仲間を決して売らねぇもんだからな」


 ハーゲンはやってやったとばかりに、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。そして、その表情には一切の後悔が無かった。


 その顔を見て、私はそれ以上何も言えなくなる。その代わりに、彼の先程の発言について尋ねた。


「そういえば、クリストフ将軍って誰なの?」


 さっきの男の態度から、恐れられてる感じがした。将軍と言うからには、偉い立場の人なのだろう。


 ハーゲンは私の問いに目を丸くする。そして、呆れた表情で説明する。


「パッフェルは知らねぇか? 王国騎士団のトップで、騎士道を体現したみてぇな人でな。曲がったことが嫌いな方なんで、事情を知れば助けてくれるかもしれんな」


 かもしれん? どうしてそんなあやふやな言葉を?


 私は何となく嫌な予感を覚える。そして、まさかと思いながら、ハーゲンへと尋ねた。


「……ハーゲンはその人と知り合いなんだよね?」


「いや、あっちは俺なんか知らんだろ。まあ、相手に『もしかしたら?』って思わせるだけで良いんだよ。時にはそういうハッタリも重要なんだぜ?」


 得意そうな彼の笑みに、私は軽く眩暈を覚える。こんな適当な対応なのに、自信満々にやり遂げてしまうなんて……。


 彼に頼ったのは失敗だったか? そう疑念を抱く私に対して、ハーゲンは自信あり気な表情を向けた。


「俺も昔はB級冒険者だって言ったろ? B級ってのは数少ない上級の冒険者。貴族の相手をする事も多いのさ。だから、ハッタリが通じる相手かどうか、ちゃんとその辺りの情報は押さえてあんだよ」


「え、そうだったの?」


 私はハーゲンのことを、適当に生きてるおっさんと思っていた。しかし、彼もきちんと頭を使って生きているのかもしれない。


 そう驚く私に、彼は楽しそうに笑って見せる。そして、大きく胸を張って、自分の胸を親指で指す。


「こう見えて俺も、それなりに苦労して来てんだ。人生経験豊富な先輩として、頼りにしてくれて良いんだぜ? お前さんが大人になるまで、もうしばらくは守ってやれるはずだからよ!」


「……うん、わかった。もっと頼りにさせて貰うね!」



 ――私の直感がこの時に告げた。



 ハーゲンは使える人材であると。もっと使い倒しても大丈夫な手札なのだと。


 そして、彼の庇護を手に入れた私は、ここから自重というものを手放した。起きるであろう問題は、全て彼に任せてしまえば良いのだから。


「おう、頼れ頼れ! お前さん等の道を阻む奴は、この俺が排除してやっからよ!」


「うん、ありがとう! きっと私達は、今以上にビッグになってみせるからね!」


 互いに顔を突き合わせ、笑い合う私達。彼がこの時の言葉を後悔するのは、もう少し先の話である。


 私の起こす様々な問題が彼へと押し寄せる。私の問題は彼に任せれば問題ない。そう周囲が認識するまで、さほどの時間が掛からなかったからである。


 そして、この出来事から三年後に、彼はその実力が認められる。王都の冒険者ギルドで、ギルドマスターを任される程の大抜擢を受けるのだ。


 ただ、ギルドマスターの就任祝いで電話を掛けた私に、ハーゲンは恨みがましく怒鳴ったのは忘れられない思い出である。


『祝いの言葉とかふざけんな! お前さんからのストレスのせいで、すっかりハゲちまったじゃねぇか!』


 そう、彼は私の知らぬ内にハゲてしまったのだ。冒険者ギルドのトップとなった代償として、少なくない犠牲を払う事になったらしい。


 ただ、私も言われっぱなしで、黙っている女ではない。怒鳴られた腹いせとして、彼にこう言い返してやった。


『名前のせいでしょ? ハーゲンなんて、禿るために付けられた名としか思えないし』


 私は敢えて憎たらしい口調で話す。魔導デバイスの向こうからは、低く唸るハーゲンの声が聞こえたきた。


 まあ、こんなやり取りが出来る程度には、私達は上手くやって来たと言う話だ。何だかんだで私は彼を信用している。数少ない理解者の一人だと思っているのだから。

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