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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第二章(裏) 根暗アサシンの妹の過去
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パッフェル、十三歳の記憶(前編)

 私は十歳で精霊魔法を習得し、ソリッドの指導の下で冒険者となった。当時のソリッドは既にC級冒険者であり、一人前と認められる実力者となっていた。


 そして、ずっとソロで活動していたソリッドは、初めてパーティーを組む事になる。それが、私とソリッドの二人だけのパーティー。そのパーティー名は『ホープ』であった。


 『ホープ』には新人という意味がある。十二歳のアサシンであるソリッドに、十歳の魔法使いである私。知らない人達には、無謀で若すぎる新人パーティーと映ったであろう。


 しかし、私達がその名を付けたのは、胸に『希望』を抱いていたからだ。勇者である兄アレックスにも引けを取らない。誰からも認められる冒険者に成ってみせるのだと。


 その願いは容易なものでは無い。それでも、私達の希望は決して潰えなかった。ソリッドの的確な指示と、私の強大な精霊魔法。その二つが合わさり、格上の強大な魔獣をいくつも仕留め続けた。


 その結果、私達はついにB級の冒険者としてギルドに認められた。それは私が十三歳の誕生日を迎えてすぐの事であった。



 ――ゴウッ! ズガガガッ!!!



 B級昇格の記念すべき日。冒険者ギルド内で嵐が吹き荒れた。取るに足らない下等な冒険者による、無神経な発言によって……。


「――けるな……。ふざけるな! 何も知らないくせにっ! 知ったような口をきくな!」


 キレた私が発動したのは、中級魔法に相当する風魔法。それが加護ギフトの効果で、上級魔法相当に強化されたものであった。


 発言した冒険者とその仲間達は、壁を突き破って大通りでノビている。開放的になった冒険者ギルドの出入り口からは、驚きに満ちた多数の通行人の姿が見えた。


 そして、直撃を免れた他の冒険者達は、怯えた視線を私に向けている。何が起きたかわからず、私の怒りに巻き込まれぬ様にと身を小さくしていた。


「パッフェル、何をしているっ?!」


 事態に気付いたソリッドが、慌てて私の元へ駆け寄って来る。そして、混乱した様子で私の両肩に手を置き、私の顔を覗き込んだ。


「何があった? どうして、こんな事をしたんだ?」


「う、うぅっ……」


 私はその問いに答えられなかった。ソリッドには答える事が出来なかった。そして、ただ俯いて涙を流し続けた。


「教えてくれ、パッフェル? 何があったというのだ?」


 ソリッドが困った様子で問い掛ける。けれど、私は言いたくなかった。ソリッドにだけは、その理由を知られたくなかった。


 そして、何も答えられずにいる私の元に、誰かがドシドシと足音を立てて近づいて来た。


「おいおい、マジかよ……。B級昇進の直後だぜ? 随分とやらかしたな……」


「す、すまない……。壁の修理費については、支払わせて頂くつもりだ……」


 ソリッドの恐縮した声が聞こえる。恐らく相手はギルド職員なのだろう。ソリッドは私に代わって謝っていた。


 しかし、その職員は陽気な声で笑い出した。何故か楽しそうな様子で、こう私達へと告げたのだった。


「はははっ、実に冒険者らしいじゃねぇか! 冒険者ってのは、やっぱこうじゃなきゃな!」


「え……? あ、いや……。それは流石にどうかと思うのだが……?」


 ギルド職員の言葉にソリッドが戸惑っている。そして、どうやら怒られる雰囲気では無かった。その状況を不思議に思い、私は思わず顔を上げた。


 私の目に飛び込んで来たのは、ムキムキのおっさんだった。いかつい顔のモヒカンだけど、どこか憎めない笑み。彼は私に向かって手招きをした。


「まあ、何となく状況はわかってる。悪い様にせんから、ちょっとあっちで話し合おうや?」


「……うん、わかった」


 おっさんは怖い顔だけど、悪人には見えなかった。そして、私達に好意的な態度に見えたので、今は大人しく従った方が良いと思えた。


 ソリッドは心配そうだったけど、私は大丈夫と告げて別れた。いざとなれば、このおっさんも吹き飛ばせば良いと内心で思う。そう思える程には、今の私は強くなっているしね。


 私はソリッドを残して、おっさんとギルド職員専用の会議室に入る。互いに適当な椅子に座ると、おっさんは気楽な口調でこう言った。


「格下の冒険者が馬鹿にして来たか? そんなやっかみに反応してたらキリが無えぜ?」


「……でも、ソリッドを悪く言うのは許せない」


 そう、あいつらはソリッドを馬鹿にした。ソリッドのことを、『加護ギフト持ちの妹にぶら下がる寄生野郎』と言ったのだ。


 私を育てたのはソリッドだ。私がここまで来れたのもソリッドのお陰。ソリッドは決して、私の力頼りでB級へと昇進した訳では無い。


 それが私には許せなかった。私自身が馬鹿にされても、ここまで怒りはしなかっただろう。けれど、ソリッドを馬鹿にされるのだけは、我慢出来なかったのだ。


「仕方ねぇだろ? お前さんもとんでもねえが、ソリッドの坊主はもっとヤベェからな。若手の奴等からしたら、恐ろしくてしょうがねぇんだろうよ」


「え……?」


 ソリッドが恐ろしい? あんなにも優しくて穏やかな人なのに?


 私にはおっさんの言葉が理解出来なかった。すると、おっさんは肩を竦めて説明し始めた。


「お前さんは、すげえ加護ギフト持ってるだろ? その若さでB級ってのも理解出来る。周囲の若手達からすれば、自分達とは違うんだって納得出来る訳だ」


 私は少し面白くなかった。私が昇級出来たのは加護ギフトだけが理由ではない。人に負けないだけの努力をしたという自負があったからだ。


 勿論、その事を口に出す程子供では無い。加護ギフトの影響が大きいのは理解している。それに、それ以上にソリッドのお陰だと言う思いもあったしね。


 ただ、おっさんの話はこれが本題では無かった。その続きこそが、私に大きな衝撃を与えたのだ。


「けれど、ソリッドは違う。あいつはマナを持たない。加護ギフトも持たない。強力なスキルも使えず、強い武具を持つ訳でもねえ。なのに、常に結果を出して、日々成長し続けてやがる。それが周りには理解出来ねえし、不気味に映っちまうのさ」


「それの何が問題だって言うの?」


 ソリッドは誰よりも努力している。誰よりも知恵を絞って工夫をしている。ただそれだけのことだと思う。


 それがどうして理解出来ないのだろう? 不気味に映るのだろうか?


 そんな周囲こそが理解出来ない私に対して、おっさんは苦笑いを浮かべて見せた。


「他の冒険者も努力してんだよ。上に上がろうって、奴等なりに考えてもいる。けれど、それでも上手くいかねえ訳さ……」


 それは努力が足りないのではないだろうか? 或いは頭が悪いだけではないのだろうか?


「ソリッドは持たざる者だ。能力に恵まれず、装備も平凡で、仲間すら居ない。それなのに十二歳でC級に昇格しちまった。同業者からすれば、自分との違いは何だって思う訳なんだよ」


 ソリッドは毎日ボロボロになりながら戦い続けた。使える手札は何でも使ってきた。そんなソリッドの努力を知らぬ者達に、私の怒りは増すばかりであった。


「……ただ、本当は奴等もわかってんだよ。ソリッドは命を懸けている。覚悟が他とは違うんだってな。けれど、それを認めたら心が折れちまう。だから殆どの奴らは、ソリッドから目を背けちまうんだ」


「なによそれ……。そんなの、ソリッドが可哀そうなだけじゃない!」


 私の我慢は限界寸前だった。私はおっさんを強く睨み付け、その怒りをぶつけた。


 しかし、おっさんは悲しそうに首を振る。そして、乾いた笑みを浮かべて、私にこう言ったのだ。


「ソリッドもお前さんも特別だ。ここの奴らと、同じ舞台にいちゃいけねえのさ。だから、お前さん達はもっと先に行け」


「……先に? それって、どういう意味?」


 おっさんの言葉に私は戸惑う。意味がわからなかったのもあるが、おっさんの空気が急に変わったのだ。


 先程までの陽気な雰囲気がなりを潜める。不思議な圧力を滲ませながら、身を乗り出してこう告げる。


「手の届く存在だなんて思わせるな。凡人どもを突き放して行け。誰も手が届かない、その頂きに立った時――お前らは全冒険者の憧れになる」


「全冒険者の憧れ……」


 そうなれば、ソリッドが侮られる事が無くなるのだろうか? 物語の中の英雄みたいに、人々から賞賛されるのだろうか?


 もしそうなのであるなら、それは魅力的な提案だった。私達が目指す先として、とても『希望』が持てる未来と思えた。


 私はおっさんの提案を真剣に考え始める。そんな私に対して、おっさんは手を差し伸べてニッと笑った。


「膝の怪我で引退したが、俺も元はB級冒険者でな。まあ、職員って立場でだが、お前さんらの活動を応援させてくれねえか?」


「応援、してくれるの……?」


 おっさんは何故か照れた様子であった。私は怪訝に思っておっさんをマジマジと観察する。すると、おっさんは頭をガリガリとかいて、恥ずかしそうに自白した。


「まあその、何だ……。ソリッドの事は新人の頃から見ててよ。あいつは普通じゃねえなって、ずっとその行動を目で追ってたんだよ。言っちまえば俺は、奴のファン一号ってことになんのかね?」


「ソリッドのファン……。ふふ、そうなんだ……」


 そうか、ソリッドを見てくれる人も居たんだ。ちゃんとわかってくれる人も居てくれたんだ。


 それが私には嬉しかった。私はにこりと笑って、おっさんの差し出した手を握った。


「俺の名はハーゲン=ダッツ。困った事があれば、遠慮なく相談してくれ」


「うん、わかった。これから宜しくね、ハーゲン」


 これが私とハーゲン=ダッツとの出会いであった。彼はこの先も長く続く、私達の支援者の一人である。


 ただ、そんな関係になるとは、この頃の私に知る由は無い。私はただ彼の名前を聞いて、何故だか美味しそうな名前だとしか考えていなかった。

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