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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第二章(裏) 根暗アサシンの妹の過去
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パッフェル、十歳の記憶(後編)

 花祭りから三日後。ソリッドは私をおんぶすると、村から南の街道を駆け抜けた。私を背負って三時間も走り続ける体力に、私はソリッドの凄さを再認識していた。


 そして、背負われるのも疲れたなと思い始めた頃。どうやら目的の場所に到着したらしい。街道から外れる様に存在する小道。ソリッドはそこへと足を踏み込む。


「ここに噂の魔女がいるのかな?」


「恐らくは。居て貰わねば困るな」


 息も乱さず返事を返すソリッド。一切の疲れを見せないとか、本当に体力お化けなんだと思う。


 それはさて置き、程なくして道の先に小高い丘が見えて来た。ソリッドの聞いた噂が本当なら、ここに魔女が居るはず。その噂と言うのは……。



 ――南の丘に隠れ住む、才持つ少女を探す魔女。



 ここ数年、冒険者達の間で囁かれる噂らしい。何もないはずの丘に、小さな小屋が現れる事がある。そこには魔女が棲んでいて、特別な少女を探していると言うのだ。


 そして、魔女と言っても恐ろしい存在では無い。誰かに迷惑を掛ける事も無い。時々、困っている人を助ける事すらあるらしい。


 助けた際も対価を求めたりしない。ただ、特別な才能を持つ少女がいたら、自分の元を訪ねる様に伝えて欲しいと頼むだけなのだとか。


「本当に、それが私の事なのかな……?」


 ソリッドはそうだと思っている。いや、そうであって欲しいと思っているのかもしれない。その魔女が私の『ユニーク』加護ギフトの秘密を知っているのだと。


 そうであれば、私は魔術を使える様になるかもしれない。誰にも『はずれ』なんて言われなくなるかもしれないのだ。


 可能性があるのなら、確かめる価値はあるだろう。そう言われた私は、ソリッドにここまで連れられて来たのだけれど……。


「……ん?」


 ソリッドの足が止まった。どうしたのかと思っていると、私にもその理由がすぐわかった。


 私達のすぐ目の前に、膝丈ほどの土人形が立っているのだ。その土人形はこちらに手を振り、こっちだと身振り手振りで示していた。


「……使い魔か? とりあえず、付いて行くか」


 ソリッドは小さく呟く。そして、先行する土人形に続き、迂回する様に遠回りながら、丘の上へと昇って行く。


 危害を加える感じでは無いが、付いて行って本当に大丈夫なのだろうか? あれは前にソリッドが話していた、魔物というやつに思えるのだけれど……。


 そう不安に思うのだが、何故だかソリッドは警戒していない。その事を不思議に思っていると、不意に目の前の景色が変化した。


「――あっ……」


 何もなかったはずの丘に、急に小屋が出現した。見えない壁で覆われているのか、先に進む程に少しずつその姿が見える様になって来た。


「光属性の魔術か? 恐らく、光の屈折と思うが……」


 ソリッドには思い当たる魔術があるのだろう。興味深そうではあるが、余り驚いている感じではなかった。


 そして、土人形の案内で小山で到着する。小屋は街道とは逆側――崖に面した方角に、その入り口が存在していた。



 ――キィッ……



 私達が近寄ると、扉が独りでに開いた。私がその事に驚いていると、扉の奥から声が掛けられた。


「――ふぇっふぇっふぇ。ようやく、待ち人が来たようだね。さあ、入っておいで」


 それは少し甲高いが、お年寄りの声であった。怖い感じでは無かったが、ソリッドは警戒した様子も無く小屋へと足を踏み込んでいく。


 その小屋は不思議な造りであった。木製ではあるけど、普通の家ではない。木の枝や根っこが絡まったみたいな床や壁。植物がそういう風に育って出来たみたいな小屋だった。


 そして、木の枝で作られた様なテーブルとイス。そこには腰かける一人の老婆が居た。緑色のローブとマントを纏った白髪の老婆は、私達を見て嬉しそうに微笑んだ。


「おやおや、懐かしい顔だこと……。それで、その背の少女が、頼まれた子でしょうか?」


「懐かしい顔? それに頼まれた子とは? 貴女とはどこかで会った事がありましたか?」


 老婆の言葉にソリッドが戸惑っている。老婆の口ぶりから、ソリッドを知っているみたいだった。けれど、当のソリッドにはその心当たりが無いらしい。


 しかし、ソリッドの問いに老婆は首を捻る。額にしわ寄せながら、不思議そうに呟いた。


「いや、お主の事など知らんよ? もしやそれは、新手のナンパ手法かのう?」


「違う、俺に老人を口説く趣味等ない。誤解を招く発言は控えて頂けないか?」


 ソリッドが不安そうに私をチラチラ見ている。私がソリッドの好みに付いて、勘違いするとでも思ったのだろうか?


 けれど、今はそんな事はどうでも良い。私はソリッドの背中から降りると、老婆に対して問い掛けた。


「お婆さんが魔女なの? 特別な才を持つ少女を探してるって聞いたんだけど?」


「誰がお婆さんじゃ! わしゃピチピチの千歳! 年寄り呼ばわりするでない!」


 急にぷんすかと怒り出す老婆。全然、ピチピチじゃないし、千歳とか意味がわからない。


 しかし、ソリッドは何かに気付いたらしい。丁寧な物腰で、老婆に対して問い掛ける。


「もしや、おば――ごほん! お姉さんは、ハイエルフなのでしょうか?」


「うむ、いかにも。かつてはエルフの長老を務めた事もある、偉大なるハイエルフ。それがこのワシ、エミリア様と言う訳じゃ!」


 長老を務めた? 長老はお年寄り扱いじゃないの? 老婆の言い分は、私には理解出来そうにない……。


 というかその偉大なるハイエルフが、こんな場所で何をしているのだろう? エルフもハイエルフも、私にはどういうものかわからないのだけれど……。


 そう考えていると、急に老婆が私に視線を向ける。そして、立ち上がって近寄ると、まじまじと私の事を観察し始めた。


「ほほう、なるほどのう。こりゃ確かに珍しい。ワシに面倒を頼むわけじゃな」


「ご老――ごほんっ! お姉さん、パッフェルの状況が何かわかるのですか?」


 ソリッドが慌てて問い掛ける。すると、老婆は胸を張って、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「当然じゃな! ワシ、ハイエルフじゃし? 精霊眼持っとるし? この程度は、すぐに見抜けるって訳じゃ!」


「で、では! パッフェルが魔術を使えない理由も、おわかりになるのですかっ?!」


 ソリッドの問い掛けに、老婆の雰囲気がガラリと変わる。急に不機嫌な空気を滲ませて、ソリッドの事を睨みつけた。


「馬鹿者! この子に魔術なんぞ使わせようとするでない! 何という不敬な真似をしよる!」


「「――えっ……?」」


 私とソリッドの声がハモる。老婆の言っている意味が、私達には理解出来なかった。


 しかし、老婆はそんな状況が理解出来ないらしい。ぷんすかと怒りながら、ソリッドに対してクレームを言い続ける。


「この子には既に、自我持つ四精霊が守護しておるのじゃぞ! 劣化版の魔術なんぞ使う必要がなかろう! さっさと精霊魔法を習得させんでどうする! これだから、人間と言う奴はすぐに調子に乗って、ろくでも無い事ばかりを……!」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 精霊魔法とは何なのでしょうか?」


 ソリッドが理解出来ず、老婆に問いかける。そして、私も精霊魔法なんてものは聞いた事がない。


 しかし、老婆はやれやれと首を振る。大きく溜息を吐くが、きちんと説明はしてくれた。


「精霊と友諠を結び、その力を借りるのが精霊魔法じゃ。ワシらエルフが使う魔法であり、人間達にも伝授したはずなのじゃがな。だというのに、人間どもは勝手に魔術なんぞを生み出しよって……。精霊への感謝まで忘れてしまいよる……」


「……もしや人間の使う魔術は、精霊魔法を改良した物なのでしょうか?」


 ソリッドの問いによって、私も何となく察する事が出来た。そして、魔術と魔法が別物なのではないかと思い始めていた。


 老婆はソリッドをギロリと睨む。そして、不機嫌そうにこう答えた。


「改良ではない。あれは改悪と言うのじゃ! 精霊と友諠を結ばず、術によって一方的な命令を下す……。対象が自我を持たぬ下位精霊とはいえ、そんな扱いを続ければ、いつか人間は精霊に見放されるぞ!」


「……なるほど。貴女の怒る理由が、何となく見えてきました」


 老婆は精霊を大切にしているのだろう。いや、エルフという種族全体が、そうなのかもしれない。


 それに対して、人間は精霊を道具のように扱っている。だからこそ、こんなにも怒っているのだ。人間の魔術師が使う、魔術というものに対して……。


 こういう時に、どうするのが正しいのだろうか? 人間を代表して謝るべきなのだろうか?


 私にはその答えがわからなかった。けれど、ソリッドは私の肩に手を置いて、老婆に対して頭を下げた。


「無礼な発言を謝罪します。今後、俺達は決して魔術を扱う事はないでしょう。――そして、どうか俺の妹に精霊魔法を教えて頂けないでしょうか?」


「うむうむ、良い心掛けじゃな。しかし、そう畏まらんでも良い。その為にワシは、ここで待っておった訳じゃしな」


 どうやら、私は精霊魔法を教えて貰えるらしい。その力を手に入れれば、誰にも『はずれ』なんて言われなくなるのだろうか?


 それも重要な疑問なのだけれど、私はもう一つの疑問を持っていた。それはこの老婆が、どうして私の存在を知り、この地で待っていたのかという事である。


 老婆はその疑問を察したのだろう。何やら楽しそうに、こう説明し始めた。


「遥か昔、エルフ族が滅びかけた頃の事さね。魔王国のとある方に、我ら種族を救って頂いてね。これはその恩返しなのさ。――そして、これ以上は教えちゃいけない約束なのさね」


 結局、その説明では何もわからなかった。遥か昔の恩人との約束らしい。しかし、どうして私の事を知っていたのかは、答えられていなのだから。


 ただ、私はこの少々ボケの入った老婆――エミリア師に弟子入りした。そして、その下で精霊魔法を叩き込まれる事となった。


 そして、非常に癖は強かったが、この師のお陰で強くなれた。私は人間界で最強と言われる、『魔法使い』になれたのだった。

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