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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第二章(裏) 根暗アサシンの妹の過去
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パッフェル、八歳の記憶

ソリッドと私はいつも一緒だった。ソリッドはいつも隣に居て、私の望むことを何でもしてくれた。恐らくは、両親以上に私の面倒を見てくれていた。


 けれど、ソリッドが十歳。私が八歳になると状況が変わった。ソリッドはアサシンの修行を兼ねて冒険者になった。そして、村を離れる事が多くなったのだ。


 それが私には不満だった。いつも傍に居たソリッド。隣に居るのが当たり前だったソリッド。その彼が居なくなった。それが私には納得いかなかったのだ。


「これ、パッフェル。ワシの授業に集中せんか」


 私に声を掛けたのは村長だった。黒板を背にして、私に白いチョークを指している。今は村長が私に、算数を教える時間だった。


 けれど、私は勉強机に身を預ける。やる気なく溜息を吐いて、困り顔の村長へと問いかけた。


「勉強、めんどい……。ソリッドも居ないし……」


「ソリッドがおった頃は、もうちょい身が入っておったがなぁ。おらんもんは、しょうがないじゃろ。はよシャキッとせんか」


 それは無理な相談というもの。ソリッドが居た頃は、いつも彼のフォローがあった。詰まりそうな所は、先回りしてヒントをくれていたのだ。


 それが無いという事は、一人で全てを考えないといけない。そんな辛くて面倒なことを、どうしてわざわざ続けないといけないのだろうか?


 そして、やる気のない私を見て、村長が顎に手を添える。何やら考えた結果、私に対して問い掛けて来た。


「パッフェルはソリッドが好きか?」


「一番好き! その次は家族のみんな! 村のみんなは嫌い!」


 八歳の子供である。素直に答えた私に、村長は怒るでもなく苦笑していた。


 そして、村のみんなが嫌いなのは、ソリッドに意地悪だからだ。村の人達が居る所では、ソリッドが悲しそうな雰囲気を出し、無口になってしまうのだ。


 村長は私を咎めるでもなく話を続ける。それは八歳の私にとっても、とても興味深い話であった。


「ワシは村人達に恐れられても嫌われておらん。頼りにされておるし、敬われてもおる。それは何故じゃろうな?」


「村長は、村長だからじゃないの?」


 私の知る限り、ずっと村人はそんな感じだった。だから私にとっては、村長はそういう存在としか考えていなかったのだ。


 しかし、村長はゆっくり首を振る。そして、ニヤリと笑って私に告げる。


「全ての村の村長が、ワシと同じではない。少なくとも、この村でワシが頼られ、敬われているのはたった一つの答え。それは、ワシが金持ちだからじゃ」


「金持ちだから?」


 村長が何を言っているのか理解出来なかった。ただ、ぼんやりと思ったのは、相変わらずお金が好きなんだと言うことだ。


 呆れる私に対し、村長はチッチッと指を振る。そして、胸を張ってこう告げた。


「村人皆の良い暮らしを保証してやっとる。衣食住は完備で、飢えや寒さに苦しむ事がない。この村でそれが出来ておるのは、ワシがそれだけの蓄えを持っておるからじゃな」


「ふ~ん」


 飢えや寒さで苦しんだ事が無い私には、その説明では理解出来なかった。なので、生返事を返したのだが、村長はそこで間違いに気付いたらしい。ふっと笑みを浮かべると、話の流れを修正して来た。


「パッフェルで言うなら、それはソリッドの居る生活と言うことじゃ。他の村にはソリッドが居らん。大変な事が起きても、全て自分で何とかするしかないって事じゃな」


「何それ。超大変じゃん」


 村長の説明で私は状況を理解する。お腹がすいたら、お菓子が出たりしない。喉が渇いたら、自分で飲み物を用意しないと行けない。そんな大変な状況が起きてしまうからだ。


 つまり、この村の村長はそれが起きない様にしているのだ。ソリッドと同じ存在だと知り、私の中で初めて村長が尊敬出来る大人に昇格した。


「ワシは金の力を使い、食料も住居も何でも買える。じゃから、村人全員の生活を守ってやれる。ワシが金持ちじゃから、村の皆がワシを敬い、言う事を何でも聞くという事じゃな」


「金持ちってすごい!」


 欲しいの物を何でも買える。皆が何でも言う事を聞く。お金があれば、そういう状態に出来るって事だと理解した。お金に対して強く興味を持った私に、村長はしたり顔で説明を続ける。


「そして、金持ちになるには賢くなければならん。金を稼ぐだけでなく、失わん様にも考える必要がある。その考える力を得られるのが、パッフェルがやっている勉強というもんじゃな」


「じゃあ、私はお金持ちになれるの!」


 私は手元のノートに目を落とす。汚い字で文字が並んでいる。しかし、これがお金だと思うと勿体なく思った。もっと沢山のお金にもなるんじゃないかと思ったのだ。


 興奮している私に対して、村長がずいっと身を乗り出して来た。そして、意味ありげな視線で、私に対して問い掛けてくる。


「勿論、しっかり勉強すれば金持ちになれる。じゃが、パッフェルは金持ちになって、何をしたいんじゃね?」


「そんなの決まってるでしょ! ソリッドに意地悪するなって、皆に命令するの!」


 まず一番にしたい事はそれだ。皆が意地悪しなくなれば、ソリッドが悲しむ事がなくなる。いつでもソリッドが優しいままで居られるのだ。


 それで、ソリッドと一緒に街に出かける。美味しいものを食べて、新しい服を買ったりする。きっとそれは、とても楽しい時間になるはずである。


 それにもしかしたら、ソリッドが冒険者を辞めてくれるかもしれない。いつもボロボロになって帰って来て、お母さんが魔法で治療している。そんな悲しい姿も見なくて良くなるかもしれない。


「……よし、良ーくわかった」


「え? どうしたの、村長?」


 何故だか村長は、ハンカチで目を覆っていた。急に目が痛くなったのだろうか?


 私が不思議に思っていると、村長は強い口調で告げて来た。ハンカチで目を覆ったままの姿で。


「今日からワシの全てをパッフェルちゃんに託す。世界一の金持ちになれる様に、ワシが全てを教えてやろう」


「やった、世界一の金持ち! それならソリッドと、ずっと一緒にいられるよね!」


 私は無邪気に喜んだ。世界一の金持ちなら、世界中の人達に命令出来るのだと思って。


 そして、村長は身を震わせて、無言で部屋から出て行ってしまう。体調でも崩したのか、その日の授業は村長の奥さんと交代になってしまった。


 ただ、この日から村長は大量のお菓子とジュースを用意し、とても親身に授業をしてくれる様になった。もしかすると、それは村長の仕事よりも、時間も力も入れていたかもしれない。


 こうして私は、冒険者になるまでの二年間。村長の下で英才教育を受ける事になる。十歳なる事には、下手な商人に負けない程に、ビジネス感覚を掴む様になっていた。

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