秘めた想い
私の名前はパッフェル=アマン。表では『天才魔導士』。裏では『歩く天災』と呼ばれ、人族の中では有名な存在である。
現在の年齢は十八歳であり、十三歳から五年間を魔王軍との戦いで費やした。その戦果として金も地位も名声も手に入れたので、その参戦について後悔はない。
そして、そんな私には一つの秘めた想いがある。それは私を背中から抱きしめる、彼に対しての感情である……。
「パッフェル、寒くはないか?」
「うん、このくらいは平気だよ」
いつも通りのソリッドの気遣い。そして、背中に彼の熱を感じて嬉しくなる。
なお、今の私達は空の上だ。ドラゴンの背に乗り王都への移動中。ソリッドは私が落ちない様にと、私をしっかりと抱きしめていた。
……ちなみに、ソリッドは細マッチョだ。見た目に反して、その筋肉はガッチガチだ。それは本人を別にすれば、私しか知らない秘密である。
「流石にこの高さは落ち着かんな。落ちれば俺達と言えど、只では済まんだろう」
「心配し過ぎだよ。いざとなれば、私が風の力を使って何とか出来るだろうしね」
眼下には豆粒の様な木々が見える。高度もあるが、それ以上に速度もある。常人であれば落下すれば即死だろう。
しかし、私は風の魔法を使って浮遊が可能。ソリッドは常人ではないので、運が悪ければ骨折程度で何とかなるだろう。
私はクスリと笑うと、ソリッドの背に頭を預ける。そして、そっと目を閉じ、ソリッドへと告げる。
「空の上は暇だね。ひと眠りするから、着いたら起こして?」
「え、嘘だろ? この状況で寝るとか本気で言ってるのか?」
慌てたソリッドが、私を強く抱きしめる。決して私が落ちない様にと、責任感を発揮しているはずだ。
そして、私はいつも通りソリッドに甘え、手の掛かる妹を演じる。この関係が心地良過ぎて、いつまでも止められないのだ。本当は駄目だってわかってるんだけどね……。
その理由は、私がソリッドを異性として愛しているから。本当は妹ではなく、彼の恋人になる事が望みだからだ。
ただ、本心を告げても、今のソリッドが受け入れる事はない。彼にとって私は妹でしかなく、恋愛対象として見て貰えてすらいないのだ。
そして、断られたら私はきっと立ち直れないだろう。更に今みたいに、妹としても扱って貰えなくなれば、私は絶望で死んでしまう。
だから、私はこの関係を未だに続けている。魔王軍との戦いが終わったその時は、本心を告げるって決めてたはずなのに……。
「なに、やってんだろう……」
「……ん? 今のは寝言か?」
思わず漏れた声を、ソリッドが聞き留めた。しかし、それは寝言と判断されたらしい。私はその勘違いに乗っかり、そのまま寝たフリを行う。
そして、最近ずっと考え続けている、この先についての検討を行う。ソリッドが私と結婚出来ると認識した今なら、僅かでも可能性が増えたのではと期待しながら。
――ソリッドは私を異性として見ているか?
答えは当然ながらノーである。イエスであるなら、今も私を抱きしめたりはしていない。今時点では、意識の変化は期待出来ないだろう。
――この先に、私を異性として見る可能性は?
これはイエスと言える。お母さんの話を聞いて、ソリッドは戸惑っていた。つまり、戸籍上の他人と知った事は、彼の意識に影響を与えたはずである。
――では、このまま様子を見続けるだけで良い?
これはノーだと言える。ソリッドから行動を起こす事は無い。私から動かねば状況は変わらない。ただし、これは慎重に行動する必要があるだろうけど……。
――では、時間を掛けてゆっくり責めれば良いか?
これもノーだ。お母さんの直感により、恋のライバルが示唆された。お母さんの直感は、もはや予言と言うべき代物。あまり悠長にしていられる状況では無いのだろう。
――では、今の私にとって最善の行動は?
今まで通りに『遠見の水晶』での監視。ソリッドの行動に目を光らせる事であろう。そして、チャンスがあれば、彼との距離を詰めて行く……。
って、これで本当に良いのかな? これでは、結論がこれまで通りって事だよね?
それに、お母さんの言う恋のライバルも気になる。ソリッドを好きになる人が、三人から四人ほどいるはずなのだ。
しかし、今の私にはそんな候補者は思い当たらない。仲間のローラはそんな素振りを見せていない。彼女がソリッドを好きとか、流石にそれは無いだろうし……。
この前の盗賊の子はどうだろう? 師匠として尊敬はしてるだろう。けれど、あんな短期間で好きになるとか考え難いよね……。
村の中では話し相手も居なかった。魔王軍との戦いでも、ソリッドと接点のある者は限られる。感謝する者は少数居るが、好きになりそうな者は居ないはず。
――つまり、現状は該当者無し!
私は内心でホッとしつつ、今後について意識を引き締める。これから現れる女性に対して、しっかりと目を光らせて行かねばならない。
この私の目が黒い内は、ソリッドに女性を近づけさせない。いや、むしろソリッドの行動には、常に私が付いて居るべきかもしれない。
「ふふ、絶対に負けないから……」
「……楽しい夢でも見てるのか?」
思わず決意が口から洩れる。その声が楽し気だったのだろう。ソリッドは嬉しそうに、私へと問いかけて来た。勿論、眠ったフリを続ける私は、その問いに応えたりはしない。
ただ、空の上は少々肌寒く、そこのソリッドの体温。更には羽ばたくドラゴンの振動。目を閉じていると、本当に眠気が襲ってくる。
こんな上空で流石に不味い気はする。しかし、私はこの眠気に抗い続けるのが難しそうでった。
……まあ、ソリッドが居るしね。万が一と言う事はないだろう。
私はそう自分に言い聞かせると、眠気に抗う意思をアッサリと手放すのであった。