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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第一章 根暗アサシンと駆け出し冒険者
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魔導士パッフェル

 俺はモヤモヤした気持ちを抱え、泊っている宿へと一人で戻る。アレックスは賓客として王様に招かれ、王宮で寝泊まりしているからな。陰の存在である俺とは、住む世界が違うのである。


 まあ、それは良いとして、俺は気配を消して二階へと移動する。気配を消す事に意味は無い。単なる習慣と言う奴で、人目が怖いとかでは絶対にない。


 ……まあ、話がそれそうなので話題を変えよう。俺は自室の前までやって来て、溜息を吐いてドアノブに手を掛ける。どうやら、いつもの彼女が来ているみたいだ。


「……パッフェル。また来たのか?」


 鍵の開けられた扉を開き、中の人物に声を掛ける。すると、ベッドに寝転ぶ人物が、俺に向かって眠そうな眼差しを向けて来た。


「お帰り、ソリッド。また来てたよ」


 悪びれた様子も無く、彼女は俺へと手を振っていた。明るい栗色の髪を持つ、18歳の小柄な女性。そう、アレックスの妹でもある、パッフェル=アマンである。


 なお、パッフェルは白いローブを身に着け、その上に黒いケープを羽織っていた。魔導士である彼女は、本当ならば黒のローブを希望した。しかし、もう一人の仲間から反対に合い、このコーディネートに落ち着いた経緯がある。


 ……まあ、その辺りは余談だな。俺は木の椅子を引きずると、ベッドの傍で腰を落とす。そして、だらけた雰囲気で寝転ぶ彼女に、疑問を投げかける。


「どうして、いつも俺の部屋にいる? アレックスと同じく、王宮に部屋が用意されてるだろう?」


「王宮の部屋は落ち着かないもん。こっちの方が落ち着く。それに、こっちにはソリッドが居るし」


 パッフェルは可愛らしい顔をふにゃっと歪めて微笑んだ。その笑みを見せられ、俺は何も言えなくなってしまった。


 パッフェルとの出会いは、俺が五歳で、彼女が三歳の時だ。その時から変わらず、彼女は俺に同じ笑みを向けるのだ。信頼できる家族として、ずっと俺に甘え続けて来た。


「……まあ、田舎育ちの俺達に、王族の暮らしは合わんかもな。それにここには知人も居ない。俺の部屋に来るのも仕方がないか」


「そうそう、ソリッドが良いこと言ったね。私がここに来るのは仕方がないこと。むしろ、ここで一緒に住むべきだと思わない?」


 いやいや、一緒に住むのは問題があるだろ。勇者の妹であるパッフェルは、世間からの認知度も高い。俺と違って世間の注目を集める有名人なのである。


 そんな彼女が俺と同じ部屋に住めば、必ずスキャンダルとなる。アマン家の養子となり、パッフェルとは兄妹の仲であるが、世間はそんな事を気にしない。


 黒目黒髪の俺が、血の繋がった兄弟で無い事はすぐにバレる。そうなれば、世の中には無責任な噂が広がり始めるのだ。俺はそんな事態を望んではいないのだ……。


「屋敷には世話をしてくれる人達も居るだろう? パッフェルは家事が苦手なのだから、やはり屋敷に住むべきだと思うぞ」


「屋敷の料理がくそ不味い。やっぱり、ソリッドの料理しか口には合わないの。ひもじい妹に、今夜の夕食をお願いします」


 そういえば、魔王軍との戦いの日々でもそうだった。料理担当は俺であり、パッフェルは俺以外の料理を口にしたがらなかった。


 その理由は、俺が実家で料理の手解きを受けた為だ。アマン家の家庭の味を、俺は再現できるからである。ちなみに、アレックスは料理がまったく出来ない。


「ふう、仕方がない……。後で食材を買いに行くか。何か食べたいものはあるか?」


「ううん。ソリッドの料理だったら何でも良いよ。好きな物しか出て来ないからね」


 うん、確かにパッフェルの好みは熟知している。彼女の為に料理をするのに、嫌いな食べ物を出す事はない。ならば、市場の食材を見て、それから決めるのが良いだろうな。


 俺が今夜の夕食を考えていると、パッフェルがのそりと起き上がった。そして、手のひらに載せた水晶玉を掲げ、俺に対して問い掛けて来た。


「そういえば、お兄ちゃんと密会してた? 何の話?」


「……パッフェル、また遠見の水晶で覗いていたのか?」


 俺の問いに、こくりと頷くパッフェル。それが悪い事だとは、一欠けらも感じた様子が無かった。


 俺は小さく溜息を吐く。どういう訳だか、この妹の趣味は覗きなのだ。それも、俺限定で常に覗いている節がある。


 他人に迷惑を掛けていないので、今の所は放置している。とはいえ、良い趣味とは言えないので、いずれはキッチリ話をしないといけないな。


 まあ、それはさておき。パッフェルからの問いは良い機会だ。彼女にも話をしておくとしよう。


「……実は、前々からアレックスに相談していたんだ。魔王軍との戦いが終わったので、勇者パーティー『ホープレイ』から脱退したいとな」


「えっ……?」


 流石のパッフェルも、この話には動揺の色を見せた。無関心に「ふーん」と流されなくて良かった。妹からそんな反応を見せられたら、俺は枕を涙で濡らす事になっただろう。


 場違いに安堵する俺を他所に、パッフェルは不安げな眼差しを向けていた。そして、悩ましそうな表情で、俺に対して問い掛けてくる。


「ソリッドは脱退して、それからどうするの?」


「ああ、大陸中央のグレイシティを目指そうと思う。あの都市であれば、俺のこの黒髪でも受け入れられると思うのだ」


 俺達の住む大陸は、東側が人族の住む領地となっている。人間、エルフ、ドワーフ、ハーフリング等の種族で、理性を重んじる『白の神』を信奉する勢力である。


 逆に大陸西側は魔族の住む領地である。悪魔、獣人、アンデッド、鬼人等の種族で、本能を重んじる『黒の神』を信奉する勢力となっている。


 実は魔王軍との戦いは、この勢力間の戦いでもあった。人族の代表である勇者と、魔族の代表である魔王が、互いの主張を貫く為に戦っていたのだ。


 これは何度も繰り返されて来た歴史である。人族と魔族は何度も意見が衝突し、その度に戦争を繰り返して来た。勝った側がしばらくは幅を利かせる。しかし、時間が経つとまた元に戻り、同じく意見の衝突が起きる。



 ――しかし、長い歴史の中で、中立地帯も成立した。



 人族と魔族は互いに分かり合える。手を取り合えると考える者達も、少数ながらに存在した。彼等は大陸の中央に街を作り、一切の戦闘を禁じた区域となったのである。


 しかも、その都市は五百年以上の歴史を持つ。五百年以上も平和を維持して来たのである。魔王軍との戦争中は立ち寄れなかったが、俺はその地を目にしてみたいのである。


 黒目黒髪だからと差別をしない人族が居るかもしれない。魔族だけと仲良くなれる者もいるかもしれない。俺にとってその街は憧れの聖地なのである。


「そっか、寂しくなるね。『ホープレイ』を脱退するなら、お別れ会をしないとだね」


「ああ、そうだな。最後に仲間達と飲むのも悪くは無いな……」


 しんみりとした表情で呟くパッフェル。反対されなかったのは意外だが、お別れ会というのは彼女らしい。面倒くさがりな面もあるが、基本的に彼女は仲間想いな、優しい子なのだから。


 グレイシティへ向かえば、この王都は長く戻る事が無いだろう。白神教や王族に囲われたアレックスやパッフェルは、この王都から余り離れる事も出来ないはずだ。


 次にいつ会えるかわからなくなるのだから、未練を残さぬ為にも最後の思い出を作れるなら作りたい。『ホープレイ』のメンバーだけで、最後に腹を割って話をしてみたいものだな……。


「それで、グレイシティにはどうやって行くの? ここから凄く遠い場所でしょ。お金は掛かるけど、ワイバーンの背中に乗って行くの?」


「……いや、時間は掛かるが徒歩で行くつもりだ。先を急ぐ必要は無いしな。街々でギルドの依頼をこなし、路銀を稼ぎながらになるな」


 訓練されたワイバーンであれば、数名の人を背に載せる事が出来る。そのワイバーンを使って空を飛べば、馬等より遥かに早く目的地へ到着出来る。


 しかし、それには莫大な賃料が必要となり、王侯貴族でも無ければ利用出来る代物ではない。そんな事にお金を掛けるよりは、平和となった世界を見てみたいのだ。


 俺達が戦い続けた五年間が、世界にどんな影響を与えたのか。それをこの目で見てみたいのである。


「うん、ソリッドらしいね。それで、ついでに人助けをするんでしょ?」


「いや、まあ……。場合によってはそういう事も、あるかもしれんが……」


 わかっていると言わんばかりに、ニヤニヤ笑いを向けられる。俺は自らの鼻をかき、苦笑を浮かべる。


 パッフェルとは十五年の付き合いなのだ。誤魔化すだけ無駄と言うもの。俺は曖昧な返事で肯定する。


「それじゃあ、私も準備が必要だね。いつでも出れる様に、一度王宮で荷造りしてくるね」


「ああ、わかった――って、待て。荷造りだと? どうしてパッフェルが荷造りを行う?」


 俺の問いかけに、パッフェルが不思議そうに首を傾げる。何故だか彼女の視線は、俺がおかしな事を言い出したと言わんばかりであった。


 そして、状況がわからず混乱する俺に、パッフェルは面倒そうに溜息を吐いた。


「だって、ソリッドが居ないと、私は生活出来ないんだよ? 付いて行くしかないじゃない」


「いや……。生活面が不安なら、実家に帰ればどうだ? 実家での食事なら問題ないだろ?」


 生まれ育った村に戻れば、両親が面倒を見てくれるはず。時々手紙で近況を報告し合っているが、両親共に健在で、今も畑を耕していると聞いているしな。


 ならば、俺が面倒を見るのは違う気がする。いくら可愛い妹とは言え、ずっと面倒を見続ける訳にもいかないのだし……。


「あ、お母さんから家には帰って来るなって言われてるから。他の人と結婚しないなら、ソリッドにずっと付いて行きなさいって言われてる」


「――いや、初耳だが? 大体、母さんがそんな事を言うはずが……」


 しかし、俺はそこで言葉を止める。ふと、実家で暮らしていた頃を思い出したのだ。


 あの頃の俺は、特に何も気にしていなかった。しかし、確かに母さんは、事あるごとにこう言っていた。


『パッフェル! 出かけるんなら、ソリッドから離れるんじゃないよ!』


『ソリッド、パッフェルをお願い! 今は母さん、手が離せないから!』


『ソリッドが私の子で良かったよ。これからもパッフェルを宜しくね?』


 ……うん、母さんなら言うな。何があっても、俺に付いて行けと。


 というか、母さんの手助けになると思い、子どもの頃からパッフェルの面倒を見て来た。その事を不満に思ったことも、嫌だと思った事もない。


 しかし、このタイミングでその話を聞かされると、別の意味を含んでいるのではと疑ってしまう。それが俺の邪推であれば、特に問題は無いのだが……。


 俺が嫌な汗を流していると、パッフェルはベッドからノロノロと降りた。そして、手を振りながら部屋から出ていく。


「それじゃあ、パーティーを脱退したら教えてね。いつでも出れる様に準備しとくから」


「あ、いや……。それは、ちょっと待って……」


 しかし、俺の言葉を最後まで聞かず、パッフェルは部屋から出て行ってしまう。俺は部屋に一人残され、今の状況に頭を抱える。


「パッフェルを、連れて行くのか……?」


 長旅になるし、パッフェルに負担を掛けてしまう。勿論、魔王軍との戦いの日々でも、俺は面倒を見続けて来た。それが出来ないとは思っていない。


 しかし、その決断は何か取り返しのつかない事態になる気がしていた。何が正解か判断できず、俺はいつまでも途方に暮れ続けた。

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