ソリッド、十歳の記憶(後編)
花祭りの後、俺は一人で村へと帰って来た。ただ、頭が真っ白になっていた為、どうやって帰ったかは覚えていない。
そして、村の入り口に差し掛かった所で、俺は背後から声を掛けられた。
「よう、坊主。お前さん魔族か?」
「……違いますけど」
聞き覚えの無い声だった。恐らくは村人ではない。道中に村へ立ち寄った、商人か旅人だろう。
そして、ぶしつけな問いに、俺はムッとなり答えた。ごく稀にではあるが、こういう失礼な事を平気で口にする人がいるのだ。
しかし、俺は問い掛けた人物に目を向け、驚きで目を剥いた。その人物の頭に、獣の耳が生えていたのだ。
「ふぅん、確かに耳も尻尾も見えねえな。とはいえ、人族で黒目黒髪は珍しいだろ?」
「そ、そうですね……」
年齢は二十台の半ば頃だろう。俺を物珍しそうに眺める人物。それは、スラリとした高身長の獣人であった。
灰色の耳や尻尾を見る限り、人寄りの人狼だと思われる。そして、獣人族は人族ではない。何故か魔族が、普通に村に居たのだ。
こちらも物珍しさから、思わず彼を見つめていしまう。すると彼はニッと笑みを浮かべる、俺に対して問い掛けて来た。
「そんなしょぼくれてどうした? 腹でも減ってるのか?」
「いえ、そういう訳では……。ちょっと花祭りで、無能の烙印を押されただけですよ」
初見の人には珍しく、彼がフレンドリーな態度だったからだろう。俺は自虐的にではあるが、簡単に事情を説明した。
すると、彼はドカッとその場に座り込み、不思議そうに俺へと尋ね返して来た。
「花祭りってあれだろ? 成人前の子供のステータス見るってやつ? それでどうやったら、無能の烙印が押されるってんだ?」
「俺にはマナが無いそうです。どんな職に就こうとも、大成することは無いだろうって……」
問われて答えたが、彼は納得いかない様子であった。腕を組んで首を捻り、不思議そうに質問を続ける。
「何でマナが無いと大成しないんだ? お前さんは魔術師志望だとか?」
「いえ、そういう訳では……。ただ、プロだと覚えて当然のスキルを、マナが無いと使えませんので……」
各職業の基本スキルは、マナ無しで使える物が多い。見習いの内は、マナが無くても問題は無いだろう。
しかし、戦闘職なら戦闘力アップや、強大な攻撃スキル。生産職なら特定アイテムの生成や成功率アップのスキルが存在する。マナが無ければ、それらが使えないと言う事になる。
それでは素人と変わりない。それだと言うのに、彼は未だに納得いかない様子で首を捻っていた。
「お前さんは何がしたいんだ? それは、マナが無いと出来ない事なのか?」
「やりたいこと? 兄弟が勇者になるので、その役に立ちたいんですが……」
兄弟が勇者とか、突拍子もない説明である。しかし、子どもの話と思い、その辺りは聞き流してくれたのだろう。
彼は顎に手を当て、考える仕草を見せる。そして、ニッと笑みを浮かべ、再び俺へと問いかけて来た。
「なら、アサシンになってみるか? サポート役としてなら、マナが無くても問題無いしな」
「ア、アサシンですか……」
アサシンという職を、この時は何となくしか理解していなかった。暗殺を行う職であり、人族の中では好まれない職という程度しか。
しかし、彼は親指で自らを指す。そして、胸を張ってこう告げて来た。
「俺っちはこう見えて、それなりに腕が経つアサシンでな。見聞を広める為に、今は人族の領地で冒険者やってんのさ。坊主が成りたいってんなら、この村に数日滞在して、坊主を鍛えてやっても良いぜ?」
「俺の事を、鍛えてくれる……?」
その提案を受けるべきか、俺は瞬時に判断出来なかった。魔族に弟子入りするのも、アサシンの職に就くのも、世間からは良く思われない行為だからだ。
しかし、今の俺に選択肢があるのだろうか? 花祭りの状況を見ても、他職に就くのは難しいだろう。どのギルドからも、期待されていなかった訳だしな……。
ならば、この救いの手を取るべきではないか? かつて心に決めた誓い。アレックスに恩を返すには、これ以外の方法があるとは思えないのだから。
「……一つ、聞かせて貰えませんか?」
「おう、一つと言わず、好きなだけ聞けば良いさ」
俺が迷っていると知ってだろう。彼は陽気な態度で俺に応える。俺はほっとして、彼へと問いかけた。
「どうして、俺を助けてくれるんですか?」
「あ? どうしてって、お前……」
彼は笑いを嚙み殺す様に、俯いて肩を揺らしていた。しかし、それもしばしの事で、顔を上げると嬉しそうな笑顔で答えた。
「そんなの、俺が大人だからだよ。ガキが困ってたら、助けるのが当然だろ?」
その言葉を聞いて、素直にカッコいいと思った。俺も出来るならば、こんな大人になってみたいとも。
だから、俺はすっと頭を下げた。この人の指導であれば、俺はきっと強くなれると思ったのだ。
「よろしくお願いします。俺はソリッドです。俺の事を鍛えて下さい!」
「おう、任せろ。俺の名はガロン。今日からお前さんは俺っちの弟子だ」
こうして俺は、この陽気な人狼の弟子となった。アサシンという、人族の中では非常に珍しい職の弟子として。
しかし、師であるガロンさんは、唐突に俺の体を触りだす。何事かと思っていると、低く唸りながらこう呟いた。
「それにしても細ぇな……。ちゃんと飯食ってんのか……?」
「え? ええ、それは勿論。村の中では普通の体格かと……」
同世代の子供と比べ、特別に細いという事はない。むしろアレックスと剣の稽古をしたりと、村の中では動ける方だと自負している位である。
しかし、ガロン師にとって、俺は細すぎるらしい。困った様子で手を放し、俺に対して強い口調で宣言した。
「人狼族じゃ女子供でも、もっと筋肉があるぞ? とりあえず、お前さんは肉を食え! そして、体を鍛えてマッチョになれ!」
「え? マッチョに……?」
師匠からの突然の指示に、俺はポカンと口を開く。マッチョなアサシンとか、余りイメージが無いのだが……。
しかし、師匠は腕を組んでウンウンと頷く。したり顔で俺へと説明を始める。
「何をするにも筋肉は重要だぞ? パワーがあれば、雑魚はゴリ押しで倒せる。脚力があればスピードも出せる。サポートって言っても、アサシンは戦闘職だからな。まずは筋肉がなけりゃ、話にならんだろうな」
「な、なるほど……?」
え? アサシンってゴリ押しで敵を倒すの? 暗殺するんじゃなくて?
一概に間違っているとも言えない。しかし、アサシンの考え方がこれで良いのか、一抹の不安を感じてしまうのだが……。
「まあ、心配すんなって。スキル何て有れば便利だが、無くて困る物じゃねえ。筋肉とレベルさえあれば、大抵の問題は解決可能だからよ!」
「は、はあ……」
この時点で俺は予想出来ていた。俺の師匠が脳筋であると。
そして、それは鍛えて貰う中で確信に変わる。これがアサシンとして正しいかは不明。だが俺はパワー型アサシンとして、スタートを切る事になったのだった。
まあ、実際にスキルは後から必要に応じて身に着けた。それで何とかなったので、師匠の教えはあながち間違いでは無かったのだろう……。