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ソリッド、五歳の記憶

 その日は村長宅で長く語り合い、様々な話を聞く事が出来た。村長が行商人だった頃。村を作るに至った経緯。その後の村人達の移住等々。


 ついでに、住人達の弱み等の裏話も聞かされた。村長が言うには、何かあれば活用しろとの事だ。基本、そのような事態にならない事を祈っている……。


 そして、俺は日が暮れる頃に村長宅を後にし、アマン家へと戻る事にした。村長夫妻は泊って行けと言うが、流石にそれは遠慮した。戸籍上の親だとしても、いきなり息子として振舞えるものでもないからな。


「……随分と長居したな」


 俺は沈みゆく夕日を眺め、小さく呟いた。そして、夕日と重なる森林を見て、ふと過去の記憶がフラッシュバックする。


 あれは俺が五歳の頃。アマン家に引き取られて一月程が経った頃である。俺はその記憶に引きずられる様に、アマン家とは逆方向へと足を進め始めた。


「……確かこの辺りだったか?」


 手入れもされず、雑草が生え放題の土地。村の南端に位置する、森林に近い草原。人気のないその場所で、俺は目的の物を発見した。


 それは古い枯れ井戸である。村が出来てすぐの頃に掘られた井戸だが、水の出が悪くなって破棄されたらしい。俺は井戸へと近寄り、その手前で足を止めた。


「ああ、ここは変わらないな……」


 村に来たばかりの俺を、アマン家の皆や村長は歓迎してくれた。家族として接してくれた事で、俺は徐々に皆と打ち解けていった記憶がある。


 だが、一月もすれば俺の置かれた状況も理解し始めた。村人達が俺を避けていると。当時の俺は子供ながらに、黒目黒髪が原因で気味悪がられていると察していた。


 その事に気付いた俺は、内心では酷く傷付いた。アマン家の中以外では、あまり話す事が無くなり、俯いて日々を過ごす様になったのである。


「そして、丁度こんな夕暮れだったな……」


 村長の家へとお使いに行き、その帰りに聞いてしまったのだ。村の子供達が集まって、俺について話しているのを。物陰に隠れて聞き耳を立てると、こんな内容が聞こえて来た。


『ソリッドって気味悪いよな。全然、しゃべらないし』


『いつも俯いて、アレックスの後を付いて歩いてさぁ』


『あれ魔族だよね。いつかボク達を襲うんじゃない?』


 村人達の視線や態度で、何となく察しはついていた。しかし、改めてその声を聞いた俺は、声を押し殺してその場から逃げ出した。



 ――ああ、やはりそうなのか……。



 頭では納得していた。しかし、心が納得するかは、また別問題だった。あの時の俺は悲しかったのだろう。ただ、頭が真っ白になり、その場から逃げ出したのである。


 涙で視界が滲み、夕暮れにより影が落ち始める。そんな中で走り続けた俺は、気付くとこの枯れ井戸の中に落ちていた。今と違って当時は、安全の為に蓋の設置等されていなかったのだ。


「中は暗く、冷たかったな……」


 枯れ井戸とはいえ、僅かな水は染み出していた。井戸の底で横たわる俺の服は、水気を含んで冷たくなっていった。


 そして、五歳の子供が穴の底へと落ちたのだ。体が痛んで身を起こす事も出来ず、声を出す事も出来ずにいた。恐らく、体の骨が何本か折れていたのだろう。


 仰向けに横たわり、そこから見えるのは夜空であった。微かに瞬くのは星明り。それは十分な光量とは言えず、暗い闇を強調しているかの様であった。



 ――痛い……冷たい……寂しい……



 ここは皆に忘れさられた古い井戸。助けを呼ぶ事も出来ない俺に、誰かが気付いてくれるとは思えなかった。


 こんな暗闇の中、誰にも気付かれず死んで行く。そう思うと涙が溢れた。どうして俺は、他の皆と違うのか。どうしてこんなに、孤独なのかと考えていた。


「……誰、か……。たす、けて……」


 蚊の鳴く様な小さな叫び。誰かに届くと思えなくても、俺の口からは自然に漏れ出していた。


 誰かに気付いて欲しい。誰かに助けて欲しい。たった一人でも良いから、俺を救ってくれる存在を、心の底から願ったのだ。


 こんな理不尽な世界に、たった一つだけでも救いがあっても良いではないかと……。



 ――チカッ……チカッ……



「――えっ……?」


 空が急に瞬いた。星明りとは明確に違う、優しい輝きが俺を照らしていた。


 何が起きたか理解出来ず、その明かりを呆然と眺め続ける。すると、その明かりの中から、見知った顔が覗き込んで来たのだ。


「ソリッド? もしかして、そこにいるの?」


「アレッ、クス……?」


 俺を覗き込む金髪碧眼の少年。それはアレックスだった。彼は眩い光に包まれながら、驚いた顔で俺を見下ろしていた。


「ちょっと、まって! すぐ、もどるから!」


 アレックスは慌てて井戸から離れていく。彼では俺を運び出せないので、大人を呼びに行ったのである。


 アレックスと共に照らす明りも去ってしまう。暗闇に取り残された俺は、彼と言う輝きが消えた事に心細さを感じていた。


 だが、彼はすぐに舞い戻り、俺はその輝きに安堵した。それと同時に、母さんが井戸を覗き込み、俺を目にして驚きの声を上げる。


「ソリッド! こんな所に居たのっ?!」


 しかし、驚かされたのはこちらの方であった。母さんは身を乗り出すと、軽やかな身のこなしで井戸の中へと落ちてくる。


 トンっと軽い着地音を立てると、俺の体を優しく抱き起す。そして、呆然とする俺に向かって、パチンとウィンクして見せた。


「この程度なら大丈夫! 母さんは、ちょっとした怪我なら治せるのです!」


 そして、実際に母さんは回復魔法を使い、俺の怪我を癒してしまった。その時の俺は母さんの過去を知らず、何が起きているのかも理解出来ずにいた。


 しかも、傷を癒した母さんは、俺を抱きかかえて井戸を駆け上がる。それなりに高さがあったはずだが、脚力だけで井戸から抜け出したのである。


 余りの出来事に、俺はひたすら混乱していた。傷の痛みも、心の痛みも忘れ、ただポカンと口を開けていた。すると、俺のすぐ隣から心配そうな声が掛かった。


「大丈夫かい、ソリッド?」


「そりっど、だいじょぶ?」


 声を掛けられて気付いたが、父さんとパッフェルも近くに居た。アレックスが呼びに行って、皆が集まってくれていたのだ。


 そう気付いた俺は、内心で嬉しく感じていた。そして、俺を地面に下ろした母さんは、不思議そうに俺へと尋ねて来た。


「でも、何でこんな所に? こんな誰も来なさそうな場所にさ?」


「それは……」


 何と答えれば良いのだろうか? 村の子供に悪口を言われ、思わず逃げ出したと言えば良いのか?


 恥ずかしさや後ろめたさ。色々な感情が入り混じり、俺は思わず口を噤んでしまう。


 しかし、ふと気になる事があり、俺は母さんの隣に視線を移す。そこにはアレックスが並んで立っていた。そして、眩しい程に輝いていた。


「……どうして、輝いてるの?」


「わかんない。ソリッド探してたら輝いた」


 俺を探していたら輝いた? 何だそれは? まったくもって意味がわからない。


 だが、そのあっけらかんとした答えに、俺は思わず笑いが込み上げて来た。つられて母さん、父さんも笑い、パッフェルも真似して笑っていた。


 キョトンとしたアレックスの姿に、俺はお腹が痛い程に笑った。そして、何か色々な事がどうでも良くなり、胸の内を素直に語る事が出来た。


「村の子が悪口言ってるのを聞いて、胸が苦しくなって逃げ出したんだ。皆に嫌われてるって思ったら、自分は皆から必要とされてないって思えてさ」


「え、そうなの? なら、悪口を言われたらボクに言ってよ。ボクから皆に注意するからさ」


 アレックスは明るく笑い、俺に対して胸を張る。守ってくれるという言葉を、俺は嬉しいと感じていた。


 ただ同時に、それが無意味な事も理解していた。アレックスから注意されたとしても、変わるのは表面的な部分のみ。内心で嫌われる事に変わりは無いのだから。


 しかし、そんな俺の気持ちに気付いたのだろう。アレックスは眩しい笑みを俺に向け、俺に対してこう伝えて来た。


「もし、それでも不安なら、いつでもボクに言ってよ。みんなが敵になっても、ボクだけはソリッドの味方でいるから。それで、ボクはいつまでも、側にいるって約束するからさ!」


 俺にとってアレックスは、本当に眩しい存在であった。実際に光り輝いてたが、今はそういう意味ではない。


 その在り方が、俺には眩しく映ったのである。裏表なく味方で居てくれる。本心から俺の事を思ってくれているのだ。


 だから、俺の心はこの時に救われた。例え俺が深い暗闇の中に居ようとも、彼と言う光が存在する限り、俺はやって行けると思ったのだ。


「……うん、わかった。アレックスがそう言ってくれるなら、もう何があっても大丈夫だよ!」


 これが俺とアレックスの始まり。俺にとって、彼が英雄となった瞬間であった。


 彼はその後も、俺の期待を裏切る事は無かった。いつでも人々を守り、奇跡を起こし続け、勇者として世界を救う存在となったのである。


 あの日、俺は心に誓ったのだ。俺を救ってくれた彼の為に、俺は出来る限りの恩返しをしようと。そのために俺は、やれる事を何でもやって来た。


 あれは今日の様な明るい夜。雲一つない夜空に満月が浮かび、眩い星々が瞬く夜であった。

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