フェイカー家
実家に戻ったその日の夜。俺は母さん、父さんと三人で、楽しく思い出を語り合った。二人の態度に変わりは無く、戸籍が違っても家族なのだと感じる事が出来た。
しかし、パッフェルは夜分遅くまでディナーショーが続いたらしい。深夜に帰宅するとそのままベッドにダイブ。朝から部屋を覗いたが、昼までは起きそうにない感じであった。
そして、俺は朝から村長宅を訪れる事となる。小間使いらしき人がやって来て、村長がしびれを切らしていると告げて来たのだ。
昨晩は挨拶をせずに実家で過ごしてしまった。戸籍上とはいえ親でもあるし、挨拶の一つも必要だったなと思う。俺は朝食後にすぐ村長宅を訪れたのである。
「――おうおう、ソリッドちゃん! しばらく見ん内に、随分とキレッキレになりよって! さあさあ、奥へ入った入った!」
「……ご無沙汰しています。村長はお変わりないみたいですね」
出迎えてくれたのは、白髪白髭の老人。この村の村長であるパイオン=フェイカーであった。
すぐさま自宅に引き込まれ、客間のテーブルに座らされる。奥さんのリア=フェイカーがお茶と茶菓子を置くと、そのまま三人で話が始まった。
「噂は聞いとるよ! ホントに戦争を終わらせるとはなぁ! いや、それでこそ、ワシが見込んだ子供達じゃわい!」
「ふふふ、この人ったらソリッドちゃん達の活躍を聞く度に、村の人やお客さんに自慢しているのよ?」
ガハハっと笑う豪快な村長に、物腰の柔らかなその奥さん。俺にとっては敬うべき村長夫妻であり、それと同時に祖父母の様な存在である。
俺としてはお世話になった二人に喜んで貰えた事は嬉しい。しかし、それよりもまず、話さなければならない事があるだろう。
「村長、実は最近、戸籍の事を知りました。戸籍上、俺の扱いがどうなっているかについて……」
「そうか、ようやくこの時が来たか。そして、ワシはソリッドちゃんに、謝らねばならんな……」
俺が切り出した話題に、村長から笑顔が消える。そして、沈痛な面持ちを浮かべる。それは奥さんも同じであった。
恐らくは、戸籍の事を黙っていたからだ。母さんの無理強いがあったとはいえ、村長もその事を黙っていたのだから……。
「すまんかった、ソリッドちゃん。お主の影が薄過ぎて、村の看板に名前を載せてやれず……」
「いや、待ってくれ。まず謝る所がそこなのか?」
確かに村の看板は『ようこそフェイカー村へ! ~勇者&大魔導士 誕生の村~』となっていた。兄妹の事は掛かれているが、俺についての記載はない。
だが、影が薄い原因は、俺自身が存在を伏せていたからだ。兄妹や関係者の迷惑にならぬよう、居ない者として扱って貰っていた。決して俺自身の存在感が薄いからではない。
そうだというのに、村長夫妻は目元をハンカチで拭い、悲しそうに頭を下げて来た。
「仲間外れにされたら、ソリッドちゃんが悲しむとは思ったんじゃが……。けどな、噂話にはソリッドちゃんが含まれておらず、看板に載せても観光客を困惑させるだけ。そう結論付けて、泣く泣く見送る結果となってしまってな……」
「待って、この人は最後まで反対したのよ? けれど、村の人達の殆どが載せるべきじゃないって……。それに、ソリッドちゃんのお母様も必要ないって言うし……」
確かに俺の存在を載せても、知らない人達には『誰?』ってなる。俺がその場に居ても反対していた。そして、母さんは適当なので、皆が反対だから反対したのだろう。
というか、そんな事はどうでも良いのだ。俺が気付いていなかったポイントで、俺の心を抉りに来ないで欲しい。
「……それは良いとして、村の様子がかなり変わったな。どうしてこうなったのだ?」
「どうしても何も、村を発展させるのがワシの仕事じゃろがい。ワシは金の匂いを嗅ぎ取って、客が喜ぶサービスを提供して来ただけじゃよ」
さも当然という顔で、村長が胸を張っている。奥さんもどこか誇らしげに、自らの夫を見つめていた。
そして、俺は村長の言葉を聞いて思い出す。この人はかつて旅商人であったと。村長であるのは確かだが、その根っこは商人のままなのかもしれない。
「……驚きはしたが、村長が考えた結果という事か。パッフェルにも金が入ってると聞いたが、その辺りはどういう経緯で?」
「ん? もしや、聞いておらんのか? パッフェルちゃんはワシの弟子じゃよ。商売の手解きも兼ねて、一緒に商売やっておるんじゃが?」
「ええ、ええ。パッフェルちゃんはその手解きを元に、王都でグッズ販売も始めたみたいね。プロマイドとかで、ぼろ儲けしてるって言ってたわよ」
……え? 王都のグッズ販売は、パッフェル自身が手掛けた物なのか?
確かに幼少期は、俺もパッフェルも村長から読み書き計算を習った。しかし、俺は商売の手解きを受けた事などないし、パッフェルが弟子だと言うのも初耳である。
戸籍の件だけでも衝撃だったのに、更なる衝撃が飛び出して来るのだが? 最近の俺は、何故だか驚いてばかりいる気がするな……。
「まあ、あの頃のソリッドちゃんは、アレックスちゃんと剣の稽古ばかりじゃったしな! まだ先で良いかと様子見てたら、そのまま冒険者の活動始めよるし! 元気なのは何よりと思ってたら、魔王退治に飛び出して行きよるしな!」
「ふふふ、本当に元気いっぱいの子供時代でしたね。魔王を倒せるぐらいの元気さには、私も驚かされましたけど」
子供が勢いのまま突っ走ったら、倒せてしまったみたいなノリは止めて貰えないだろうか? 決して元気だけで魔王に勝った訳では無いのだが……。
ただまあ、俺が商売の手解きを受けてない理由は理解した。俺とアレックスが剣の稽古や冒険者の活動をしている間に、パッフェルは弟子入りしていたという事なのだろう。
ひとまず、その話はもう良いだろう。というか、そろそろ本題に入りたい。
「……そいえば、戸籍上は俺と村長は親子となる。村長はこの件を、形式だけの物と考えているのか?」
「ふむ、その事も話しておかねばならんな……」
ようやく、一番聞きたかった部分に踏み込めた。村長が話を聞く姿勢になった事で、俺はほっと胸を撫で下ろす。
そして、話が脱線しない様にと警戒していると、とんでもない言葉が飛び出した。
「ワシはソリッドちゃんを実の息子と思っとる。いずれは、この村を譲ろうともな」
「……村を、譲る?」
おかしいな? 割と真面目に、困る話題が降って来たのだが?
――いや、違う。おかしなことはない。
そう、本来はこういう話で良いのだ。俺が村長を継ぐとは想定していなかっただけ。村長の子供であるなら、あってしかるべき話なのである。
ただ、それが現実的かどうかは別問題だ。俺は自分の感じた疑念を、村長へと投げかけた。
「村長として、跡継ぎを考えるのはわかる。しかし、それは難しくないだろうか? 俺は村人達から避けられていた。村の皆も反対するのではないか?」
村長に権力があると言えど、それにも限度がある。村人全員にボイコットされれば、村の運営もままならないだろう。
しかし、村長はガハハッと豪快に笑う。そして、再び俺の知らない事実が飛び出した。
「反対なんぞ出来るもんか! この村の社長はワシじゃぞ? 給料貰っとるだけの従業員が、トップに逆らえる訳なかろうが!」
「……ちょっと、何言ってるかわからない。社長とか従業員とは?」
貴方は村長であって社長じゃないだろ? 根っこが商人でも、流石にこれはおかしいとわかる。
というか、村人を従業員呼ばわりはどうなのだ? そもそも、給料ってのも何だ?
「ああ、村に居た頃は子供じゃったし、知らんかったのか。この村の住人は全員、ワシと雇用契約を結んだ従業員じゃよ。皆の住む家もワシの資産である社宅じゃしな。逆らったら首になって、村から出行くしかないってわけじゃよ」
「ふふふ、土地を手に入れるのに、表向きは村にする必要があったの。でも本当の所は、この人を社長とした観光会社。フェイカー村の実態は、フェイカー社ってわけね」
とんでもない事実が発覚した。俺の故郷は『偽装』村だと言うのだ。
つまり、村長が譲ろうとしているのは、表向きは村だが、実態は観光会社だという事になる。正直、俺は何を言っているのか、自分でもよくわからなくなっている。
「まあ、それに避けられてるってのはアレじゃろ? ワシが皆に箝口令を敷いておったからな。村から追い出されん様にと、ソリッドちゃんの前では緊張しとっただけじゃろうな」
「ええ、戸籍の件は成人までタブーでしたからね。うっかり話したら解雇って通達したら、村の皆が真っ青になっていましたもの」
つまり、黒目黒髪が原因で、俺を避けていた訳では無い? うっかり口を滑らせるのが怖くて、俺との会話を避けていたという事なのか?
俺の根源を揺るがしかねない新事実に、俺は内心で動揺してしまう。しかし、俺はゴクリと喉をならし、村長へと念のために確認を行う。
「大人達が避けていた理由はわかった。となると、子供達が俺を避けた理由についても……?」
「いや、そりゃあ別の原因じゃろうな。ソリッドちゃん不愛想じゃし、話し掛けにくいからね」
――そっちは誤解じゃ無かったかぁ……。
いや、黒目黒髪では無く、不愛想なのが原因? 俺ってそんなに不愛想なのだろうか?
複雑な心境ではあるが、いずれにしても心にダメージは残る。どう捉えるのが正解なのか、すぐに判断出来そうになかった。
だが、そんな俺の内情など知らず、村長は身を乗り出して問い掛けてくる。
「それで、この村を引き継ぐ件なのじゃがな……」
「――すまない。一旦、その件は保留にしてくれ」
それこそ、この場で結論を出せる問題ではない。アレックスとの関係も、まだ決着が付いていないのだから。
それに、戸籍上の息子であるが、それで継ぐのが良いのかもわからない。俺に村長や社長が向いているかも、甚だ疑問ではあるしな……。
村長夫妻は残念そうな表情だが、俺の要望を聞き入れてくれる。しかし、この件もまた保留となっただけ。増えた問題を考え、俺は内心で大きく息を吐いた。