フェイカー村
俺達の故郷の名はフェイカー村と言う。開拓者である村長の名が、そのまま付けられた村である。
管轄としてはパール王国の直轄領。東大陸の中央がパール王国で、王国直轄領のギリギリ南端にフェイカー村は存在している。
そこから更に南に進むと、小さな男爵量を挟んでエルフ達の国となる。ただ、国とは言っても、大半が森林であり、いくつかの集落が点在する様な社会である。彼ら自身には、自国と言う認識は無いみたいだ。
それはさて置き、フェイカー村のある場所は、元々が森林であった。利用価値が低く、誰からも見向きもされない土地。三十年前までは、そういう場所だったのだ。
しかし、三十年前にエルフ達の族長が変わり、彼らの方針が変わったらしい。森に引き籠っていたエルフ達が、パール王国に数多くやって来る様になった。
そうなると、彼らの行きかうこの地にも価値が出てくる。交易路としての価値が生まれ、宿や食事の需要が生まれる。村長であるパイオン=フェイカーはそこに目を付けた。
元々、旅商人であった村長は、私財を投げうって村を興した。森を切り開いて宿を立ち上げ、畑を耕して食料を自給した。それがこの村の始まりなのである。
しかし、残念な事にエルフ達との往来は、思ったより増えなかった。村を興してすぐに、エルフ達の往来が落ち着いてしまったのだ。
将来的には宿場町にしたかったそうだが、現状はそこまで大きな発展が見込めない村……。
「――それが、俺達のフェイカー村だ。理解したか?」
「……興味ない。どうして今更、私に説明するのさ?」
それはパッフェルが覚えようとしないからだ。自分達の生まれ育った故郷について、余りにも興味がなさ過ぎる。
俺なんて三日に一度は村長から聞かされて育った。興味を示さないパッフェルに対し、俺から説明する様にと頼まれながらな。
毎度、悲しそうな顔で頼まれる、俺の身にもなって欲しい。ぷいっとそっぽを向く妹に対して、俺は内心で大きなため息を吐いた。
だが、そこで俺はふと気付く。村が近くなったみたいで、見覚えのある景色が目に飛び込んで来たのだ。
――大きく抉られたクレーター
――無残にも切り倒された木々
――焼け溶けて固まった溶岩岩
いずれも、かつてのパッフェルが修行した傷跡。魔法の練習によって出来た、自然破壊の跡地である。
それが、そのままの姿で残されていた。街道脇のその光景を目にし、俺は戸惑いながら呟いた。
「五年間、誰も整備しなかったのか? 仮にも王都に繋がる街道だと言うのに……」
少数ではあるが、エルフの往来もある。旅の商人が訪れる事もある。彼らが目にすれば、何事かと驚くはずである。
もしや、人の往来が減少したのだろうか? 或いは、整備に人員を割けない程に、村に余裕が無い状況なのか?
村の現状に不安を覚えて、俺は内心で推察を続ける。しかし、隣のパッフェルが俺の袖を引き、村の方に指を指していた。
「あれを見れば、わかるんじゃない?」
「あれを見えれば――って、え……?」
パッフェルの指さす先には村の入り口が見えていた。そして、俺はその光景に絶句する。
五年ぶりに戻って来たフェイカー村。その出入り口には、こんな看板が立っていたからだ。
『ようこそフェイカー村へ! ~勇者&大魔導士 誕生の村~』
でかでかとアーチ状の看板が、村の出入り口に設置されていた。カラフルな文字で彩られた、見事な看板が存在していたのだ。
そして、村の中では多くの人々が歩き回っている。村人とは思えない、そこそこ身なりの良い恰好の人達である。
俺が状況を理解出来ずにいると、パッフェルが自慢げな表情で説明を始める。
「今のフェイカー村って観光で儲かってるんだよ。さっきの跡地も観光名所。むしろ、現状維持する様にメンテナンスされてるよ?」
「俺達の故郷が、観光名所に……?」
流石にそれは想定外である。修行の傷跡を消さない所か、観光の目玉にされているとか……。
と言う事は、村の中に居る人々は観光客? こんな小さな村に、観光する場所があるのか?
「ちなみに、私とお兄ちゃんのグッズも売られてるよ。ご当地限定のプリントTシャツとか、クッキーやサブレとかね。その収益の一割はロイヤリティーとして、私の口座に入ってるね」
「……ロイヤリティー?」
妹の口から、また聞きなれない言葉が飛び出した。確か著作権とか、使用料とか、そういう奴だったか?
というか、アレックスの分は? ――いや、彼はお金に興味が無いか。パッフェルの好きにしたら良いと言いそうだな……。
説明を聞いても混乱は増すばかり。しかし、村の入り口に到着した俺に、更なる混乱が襲い掛かる。
――パン! パンパン! パン!
「大魔導士パッフェル様、ご帰還です!」
「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」
見覚えのある村人達が、クラッカーや紙吹雪で出迎えてくれる。俺が子供の時から村に居る、宿の職員や畑の管理を任されていた村人達である。
更には彼等の出迎えに合わせ、観光客達が盛り上がる。何かを懸命に叫びながら、懸命に手を振っていた。
「パッフェル様! 握手をお願いします!」
「サ、サイン! サインをお願いします!」
「こっち見た! 今、目があったよねっ?!」
警備員っぽい村人が観光客を抑える中、パッフェルは手を振りながら村へと進み入る。俺は戸惑いながら、パッフェルの後ろをついて歩く。
パッフェルはチラリとこちらへ視線を向けると、ニッと笑みを浮かべてこう告げた。
「私は集会場でサイン会やってるから。ソリッドは先に実家戻ってて?」
「ああ、わかった……。――いや、サイン会だと?」
呆然と立ち尽くす俺を残し、パッフェルは村の中心部へと向かっていく。観光客や警備員も、それを取り巻く様にして去って行った。
そして、そちらには確かに、昔からの集会場があった。何故だか遠目に見える程に、綺麗で大きな造りに建て直されていたが……。
「あ、ソリッド君。ご家族がお待ちですよ?」
「……ん?」
声を掛けられ振り返ると、見覚えのある人物が立っていた。確か彼もこの村の住人。村長に誘われて移住した、農園の管理人の一人だったはず。
ニコニコと笑みを浮かべる中年男性を前に、俺はやはり戸惑いを覚える。かつては避けられていたはずなのに、どうしてこんな笑顔を俺に向ける?
「……わかった。実家へ向かおう」
「はい、確かに伝えましたからね」
交流が無かったので、名前までは憶えていない。ただ、その男性は嬉しそうに笑みを浮かべ、そのまま走り去っていった。
向かった先は、村長の家の方角。恐らくは、俺に伝えた事を含め、俺達の帰還を伝えに行ったのだろう。
「……ふむ。まずは実家に戻るか」
状況はまったくわからない。しかし、確認するなら実家に戻る方が早そうだ。育ての親である母さんなら、今のこの状況を説明してくれるはずである。
俺は知らぬ間に見違えた村に戸惑いながら、一人で実家へと足を向けるのであった。